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スターライトパレード5巻~Prisoner~  作者: 木風


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第8話「檻と牢獄」

『Prisoner』MV撮影当日。

場所は、都内スタジオの巨大なホリゾント。


テーマは“檻のない牢獄”。

光と影、沈黙と衝動。

一見静かな画の中に、激しい感情を潜ませる。

端のモニター席に座って、監督と小暮さんの横で、テスト撮影の様子を見守っていた。


「本番、5秒前……」

「よーい、スタート!」


照明が落ち、鼓動のようなイントロがスタジオに響く。

最初に映ったのは真央君。


黒のパーカーにフードを深く被り、膝を抱えて、暗い部屋の片隅に座り込んでいた。


誰かに閉じ込められているわけじゃない。

でも、自分から出ようともしない……

“無意識の服従”“誰かを恐れている少年”、そんな演出が与えられていた。


真央君の表情は決して強くない。

けれど、同じリズムで身体を小さく揺らし続ける姿が痛々しくて、目が離せなかった。


……閉じ込められてるんじゃなくて、閉じこもってる。

そんな印象だった。


次に映るのは、信さん。


真っ白な部屋。

壁一面に、誰かの写真をびっしりと貼り付けていた。


笑顔、後ろ姿、無防備な寝顔。

その一枚一枚を、剥がしては、また貼り直す。

ずっと、その繰り返し。


歌もセリフもないシーン。

けれど“記憶に縛られている男”というテーマを、静かに、強く、映し出していた。

演技というより、まるで“実際にそこにいる人”みたいで、息を呑んでしまう。


そして、蓮君へ。


彼のシーンは、屋上のような無機質なセット。

地平線のような背景をじっと見つめ、手に持ったネックレスを何度も指で弄ぶ。


「未練・呪縛・願い」という指示のもと、届かない視線や、微かに揺れる肩がすべてを物語っていた。


「振り向いてはいけない。でも、振り向きたい」

そんな想いが、仕草のひとつひとつから滲んでいた。


続くのは椿さん。


スタジオ内が少しだけざわつく。

彼のシーンだけは、空気が変わった。


セットは、壁一面が鏡張り。

その前に立ち尽くす椿さんが、自分自身と睨み合っている。


「罪悪感・反発・不安定さ」

……テーマはそれだけなのに、椿さんの目は強く、深かった。


一度、拳を振り上げる。

けれど、直前で止めた。


壊せない。

壊したくない。

けれど、壊してしまいそうな自分が怖い。


その葛藤が、たった10秒のシーンにすべて詰まっていた。


次は遊里君。


彼のシーンだけは、他と少し雰囲気が違っていた。


一面の花畑……

……のように見せかけた、造花だらけのセット。


ピンクや白、甘い色合いに囲まれた空間。

その中心に立つ遊里は、まるで“違和感を持っていない”かのように、穏やかに微笑んでいた。

彼はただ、花を一輪ずつ手に取り、くるくると回し、落として、拾い上げる。


……それだけ。


なのに、怖い。


笑っているのに、目が笑っていない。

“与えられる愛”に慣れすぎて、それを無自覚に壊してしまいそうな危うさがあった。


「逃がしてあげないよ」


そのフレーズを、耳元で囁くように歌った時……

背筋が凍るような感覚が走った。


……この子、危ない。

誰よりも若いのに、誰よりも残酷な愛を知っているような顔をしていた。


そして、画面は怜央さんへ。


黒のシャツに、艶のあるベルベットのジャケット。

手には、銀色の指輪が光るマイク。


背景は一面の闇。

その中で怜央さんのシルエットだけが、淡く浮かび上がるように照らされる。


最初のフレーズを口にした瞬間、空気が変わった。


その声には、“余裕”と“執着”が同時に存在していた。

まるで、すべてを見透かしているくせに、手に入らないものにだけ、どうしようもなく惹かれてしまうような。


「君が笑うだけで、全部壊れそうだった」


心臓が跳ねた。

誰も見ていないようで、でも、確実に“どこか”を見つめている視線。

それが怖いほど真っ直ぐで、目が逸らせなかった。


「もう誰のものにもなってほしくなかった」


一語一語、噛みしめるように歌う姿が、どこか哀しげで、深かった。


……そして、最後に登場したのは、セナ君。


真っ暗な空間に、ただ一筋のスポットライトが降り注ぐ。

衣装は黒。

でもその黒は“喪”ではなく、“支配”。

彼の目だけが、強く、鋭く光っていた。


ゆっくりと、カメラに向かって歩み寄るたび、足元の鎖がかすかに音を立てる。


何かから逃れようとしているようで、でもそれ以上に……

“誰かを逃がすつもりなんてない”と訴えるような足取りだった。


やがて、セナ君はカメラの真正面に立つ。


「誰にも渡したくない」


その歌詞と同時に、まるでモニター越しの私を見ているかのような視線で、真っ直ぐに歌った。


……心臓が、止まりそうになった。


これは、演出。

曲の世界観に沿ったパフォーマンス。


わかってる、ちゃんと、わかってる。

だけど。

この視線。

この声。

この熱。

全部、全部……

私に向けられているような気がしてしまった。


撮影も、いよいよ終盤。


「次がラストカットになります」

スタッフのその声に、スタジオの空気がぴんと張り詰めた。


最後のカットは、全員揃ってのダンスパート。

メンバーたちは黙って、それぞれの立ち位置へと歩いていく。


照明は一変。

レーザーとストロボが交差する、攻撃的なライティング。

静かな演技パートとは対照的に、空間は一気にエネルギーの塊へと変わった。


イントロが鳴る。

低く唸るようなベースラインが、空気を震わせる。


センターに立つのは、もちろんセナ君。


黒一色の衣装に、金属的なアクセサリーが幾重にも光を放つ。

動くたび、鈍く鋭く、光を反射して“武装”のように見えた。


他のメンバーも、それぞれの衣装のまま、フォーメーションに散らばる。


怜央さんがセンター左。

翔平さんが右を固める。

信さんと蓮さんが間を切り込み、真央君と遊里君が後方から全体を支えるように動く。


“囚われていた者たち”が……

“逃げようともがく者たち”に、変わる。

振り付けは、重く、鋭く、強い。

足枷を引きちぎるような脚の蹴り。

抗うように胸を叩く手。

心の奥底から噴き出すような動きのひとつひとつが、シンクロしていた。


バラバラじゃない。

でも、誰ひとりとして、誰かに埋もれてもいない。


その中で……

セナ君のターン。


鋭く踏み込むステップ。

しなやかさと暴力性が共存するような、腕の動き。

視線だけで、カメラを撃ち抜く。


その瞬間……私は思った。


……誰も、敵わない。


誰よりも欲深くて。

誰よりも真っ直ぐで。

誰よりも、“奪う覚悟”がある。


この曲の主人公は……

この人しかいない。


音が止まり、ストロボが最後の閃光を放つ。

カメラがセナ君のアップを捉えたまま、映像が、止まる。


『Prisoner』の世界は、彼の瞳の奥に焼きついたまま……

幕を下ろした。


「ラストテイク、カット!」


照明が戻り、スタジオに拍手が広がる。

だけど、メンバーたちは誰ひとり動かない。


誰もが息を切らし、しばらくの間、ただ静かに天井を見上げていた。

顔を見合わせるでもなく、水を飲むでもなく。

……まだ、熱が身体から抜けきっていない。


私は、モニター席でひとり、手のひらをぎゅっと握りしめた。


……燃え尽きた。

そんな空気が、そこにはあった。


やがて、ひとり、またひとりと動き始める。


真央君がふらっと座り込んで、「やば、脚ガクガク……」

すかさず信さんが、タオルで顔を拭きながら返す。


「いや、みんなバキバキだろ今日……」


蓮君が無言でペットボトルを投げた。


「はい、水。死ぬなよ」

「ありがと……うぐっ、冷たすぎッ!」


椿さんが笑いながら首をすくめる。


「さすがに遊里、今回マジで怖かったわ」

「え?なんで?笑ってただけだけど?」

「それがだよ!!!!!」


椿さんのツッコミに、ようやくスタジオが和む。

笑い声が、ぽつりぽつりと広がっていく。


怜央さんは無言のまま、額の髪を後ろへかき上げる。

そしてちらりと、セナ君の方へ視線を向けた。


セナ君は、まだ立ったままだった。

背を向け、肩で呼吸を繰り返している。

深く、深く、息を吐いていた。


「いや〜マジで燃え尽きた」


信さんの一言に、話題が再燃する。


「奏ちゃん、これヤバいよ。反響えぐいと思う」

「曲ってより……もう、世界観じゃん」

「てか、ダンスのラストさ、セナに全部持ってかれたよな」

「いつもだろ」

「やめなよ、怜央さん睨んでるから」

「誰がだよ」

「お前がだよ!!!!」


また笑いが広がって、さっきまでの緊張感が、すこしずつ溶けていく。

その中で、私はそっと胸に手を当てた。


「じゃあすみませーん、オフショット用のコメント、軽くお願いしまーす!」


「え、まだ息上がってるけど……?」

「まさかのここで来るやつ〜〜〜!!」

「ちょっと待って、髪だけ直していい!?」


笑いとざわめきのなかに、“仲間”の気配があった。

同じステージに立つ、同じ熱で、同じ曲を作る人たち。

私はその端っこに、ちゃんと……

いさせてもらってる気がした。

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