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スターライトパレード5巻~Prisoner~  作者: 木風


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第7話「愛と呪い」

インターフォンを押す指先が、震えていた。


事前に連絡もせず来たのは初めてで。

来るんじゃなかった……って、今さら思ってしまう。


ひょっとしたらまだお仕事でいないかもしれない。

むしろその方がよかったかもしれない。

そしたらこのまま帰って……

こんな最低な自分を、なかったことにできたのに。


頭の中で、ぐるぐる同じことばかり考えてた。


しばらくして、ドアが開く。

セナ君が、そこに立っていた。


「……奏?」


何も言ってないのに、全部バレた顔をしていた。


「……なんか、泣いた?」


声も、いつもより優しかった。

「ううん」と首を振ろうとしたけど、うまくできなかった。


「入れよ」


手を取られた瞬間、張りつめてたものがまた音を立てて崩れていった。

靴を脱ぐ間もなく、抱きしめられる。

何も言わずに、ただ、ぎゅっと。


「……来たくなったら、いつでも来いよ」


その言葉が、全部を溶かしていった。

私、ほんとにダメなやつだ。

でも、どうしてもこの手を……

離せなかった。


「……っていうかさ、お前、めちゃくちゃ冷えてんじゃん」


そう言って、背中をさする手が止まる。


「指、氷みたい」


セナ君の手が、私の手を包む。

ほんとだ……感覚がほとんどない。


「……ほら、風呂。入ってこい。今すぐ」

「え……だ、大丈夫……」

「いーから。風邪ひくだろ」


あっさり却下された。


「入ってる間に、なんか作っとく。適当でいい?」

「……うん」


頷くと、セナ君はすぐ衣裳部屋から着替えを持ってきてくれた。


「ほら。タオルここな。あ、あと下着は……適当に持ってきた」


ほんとは笑っちゃいけない場面なのに。

こんなに心がぐちゃぐちゃなのに……

なんでだろう、ちょっとだけ笑ってしまった。


「……ありがとう」


かすれた声で、それだけ言った。

セナ君は、


「いいから。入ってこい」


それだけ言って、背中を向けた。


私はそっとドアを閉めて、脱衣所に立ちすくむ。

服を脱いだ瞬間、肌がじんと痺れた。

どれだけ冷えていたんだろう。


湯気の立つお風呂に浸かったとき、ようやく、“泣き疲れた今日”が少しずつ洗い流されていく気がした。


お風呂から上がると、リビングにほんのり出汁の匂いが漂っていた。


「……作れた?」

「たぶん」

「たぶん……?」


ダイニングテーブルの上には、湯気の立った丼がふたつ。


「冷凍うどん、レンチンしてさ。鍋にぶっこんで、めんつゆと卵で煮ただけ。あと、白ごまふっといた」

「白ごま……」

「なんか、それっぽいかなと思って」

「……うん、ありがとう」


見た目は……思ったよりちゃんとしてる。

味は……まあ、想像の範囲内。

でも、それがなんだかすごく、あたたかかった。


「……セナ君、食べるの?」

「うん。……なんか、腹減った」

「……18時以降、食べないって言ってたけど、ちょこちょこ食べてるよね」

「……うん。言ってたけど」


少しだけ視線を逸らして、でも気まずそうでもなく、自然に。


「お前といる時は……まあ、いっかって思っただけ」

「……そっか」


うれしい、って言ったら重いかな。

でも、うれしかった。


「……うどん、美味しかった」

「だろ?味、適当だけどな」

「うん、本当に麺つゆって凄いんだなって……」

「それ、褒めてんの麺つゆのことじゃねーか」


そんな他愛ない会話をしながら、ふたり並んでソファにもたれる。


テレビはついてるけど、音量は小さい。

画面の中の人たちの笑い声が、少し遠く感じた。


セナ君は、何も言わずに自分のカップに口をつけていた。

中身は、白湯。……白湯……やっぱりアイドルって意識高いんだな……

さっきまであんなにバタバタしてたのに、変なことをぼんやりと考えてしまう。


「……なあ、今日、レオのレコーディングだっただろ」

「……うん」

「『Prisoner』よかった。ほんとに」

「ありがとう」


もう、「ありがとう」の言葉もサラッと出てしまう……

でもその次の言葉で、空気が変わった。


「……でも、お前、大丈夫か?」

「……え?」


思わず、聞き返してしまう。

セナ君は、テレビから目を離さずに言った。


「いや……事務所でもちょっと話題になって、“刺さった”とか“エグい”とか、いろいろ」

「うん……」

「俺は、ちょっと……苦しくなった」


やっとこちらを見た目は、どこか曇っていた。


「聴いてるだけで、しんどくなる曲だなって。オレ、明日歌うんだろ……?」

「……うん……ごめん……」


謝ろうとしたら、首を振られた。


「ちげーよ。ごめんってことじゃなくて」

「お前さ、どんな気持ちでこれ、書いたの?」

「…………」


言葉が出なかった。

たぶん、今さら全部を説明することはできない。


「……無理しなくていいけど。

ただ、ちゃんと……お前の曲、聴いてるよ。オレは」


まるで、それだけを伝えるために今日を待ってたみたいに。

私は、カップの中の白湯を見つめながら、その言葉を、ゆっくりと飲み込んだ。




翌日、セナ君のレコーディング。

スタジオに入ってから、彼はずっと黙っていた。

ウォームアップのボーカルも短くて、モニター越しに見える表情は、どこかいつもと違っていた。


「じゃあ、Aメロから通していこうか」


小暮さんの声に、セナ君は短く「はい」とだけ答える。

ヘッドホンをつけて立つ、その背中。

そこには、もう何の迷いもなかった。


伴奏が流れた瞬間……空気が変わる。


……声が、刺さった。


どこまでも真っ直ぐで、どこまでも熱くて。

なのに決して、怒鳴ったりしない。

ただ、感情だけが静かに音に宿っていた。


静かに。だけど確実に……胸を撃つ声だった。


「“誰にも渡したくない”の“い”で、少しだけ息を乗せて。感情が滲むとこだから」

「……了解です」


それ以外に、修正の必要はなかった。

誰よりも早く、誰よりも深く、この曲に踏み込んでいた。

モニター越しに見る彼の目は、真っ直ぐで。

まるで、誰かに“答えを返す”ような……そんな目だった。


演技なんかじゃない。

その声は、まるで本物の恋の証明だった。

私は、ただ座って聴いているだけなのに。

胸の奥が、ぐらぐらと揺れ続けていた。

曲が終わっても、誰もすぐには口を開かなかった。


「……OK。文句なし。めちゃくちゃいい」


小暮さんの言葉に、セナ君は静かに「ありがとうございます」と一礼する。

拍手が起きたなかで、私は小さく息を吸って、吐いた。


……もう、このままじゃダメだ。


怜央さんを傷つけたまま、

セナ君との関係も、はっきりさせないままで。

逃げてるのは、全部、私だった。

こんな曖昧な関係を続けているのは、私がいちばん卑怯だ。

ちゃんと、言葉にしなきゃ。

もう一度だけ、ちゃんと向き合いたい。


……あの夜、セナ君が言っていた。


「ちゃんと、お前の曲、聴いてるよ」


……あれは、こういうことだったんだ。


誰よりもまっすぐに。

誰よりも、私の感情を拾い上げてくれて。

誰よりも、それを抱えて……歌にしてくれた。


ひょっとしたら、もう抱きしめてもらえないかもしれない。

私に、微笑んでくれなくなるかもしれない。

でも、それでも。

このままではいられない。

私も、ちゃんと答えを出さなきゃ。


誰のためにこの曲を書いたのか。

誰に、心が向いているのか。


セナ君の歌が、それを……

まっすぐ突きつけてきた。

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