きっと多分よく居るタイプの狂研究者たち
今日のバーテンダー:リリィ(口笛が吹ける)
ココ(口笛が吹ける)
ママ(口笛が吹けない)
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「つーかサソリねぇもさぁ、アタシにちょっとは資金援助とかしてくれていいんだぜぇ? アタシの研究が進んだら絶対サソリねぇの作品にも役立つって!!」
「ハッハッハ、断る。今は私もカツカツなんだよ蟻夜。その代わり今度、魔獣化寸前の所までいった竜人の被検体が確保出来そうなんだ。こっちで使い終わったら送っておいてやろう」
「お、マジかよサソリねぇ! そいつはバラシ甲斐がありそうだなぁ……やっぱ持つべきもんはカッコいい姉だなぁ!!」
「ハッハッハ。誰もタダとは言ってないぞ」
「ケチ!!!!」
「だから言っているだろう。貴様の実験に手を貸して私に何の得がある? 姫蛇。無い、皆無だ。大体貴様の実験など、毒か薬に被検体を漬けて壊して『失敗しちゃった』だのとほざいて終わりだろう。時間の無駄だ」
「そうならない様に百足ちゃんに監督して欲しいって話じゃなぁい! 『魔人すら一発で殺せる毒』を作りたいっていう私の夢を叶えるにはどうしても百足ちゃんの力が必要なのよぉ! お願い百足ちゃん!!」
「断る。蟻夜にでも頼め」
「それじゃあ余計に壊しちゃうじゃないのよぉ!!」
「はぁ~、やはりドリルは美しいですわね……」
「口を開けばそればっかっすね蜂奈っち。そういえばこないだのトンネル工事とやらは上手く行ったんすか?」
「えぇ、それはもう。わたくしの新作ドリルで岩山に美しい大穴を空けていく様は、まさしく芸術的と言わざるを得ませんでしたわ~」
「途中で魔獣が襲って来たって話、本当っすか?」
「本当ですわ。そっちは私がコレで蜂の巣にしてやりましたわ~」
「魔獣を単騎でヤッたんすか? そりゃあ中々……」
「おほほほほ~ですわ~」
胡散臭いお嬢様口調の白衣の女性が、両腕をドリルに変形させて激しく掻き鳴らす。
ギュイィィィィィィッッギュイィィィィィィィィィィィィィィンン!!!
うるさ。
「お客様。店内……蕩湯屋でのドリルの使用はご勘弁ください」
「え!!!?!?!?!? なんて!?!?!?」
ギュルギュルギュルギィィィィィィィィィッィィィ……!!!!!!!
「店内でのぉ!! ドリルの使用はぁ!!!!! ご勘弁くださぁあああい!!!!」
「え!!?!?!?!?!?」
「ドリル止めて!! 止めてドリル!! 止めてドリルドリル止めてドリル!! ドリルッッ!!」
私の必死の懇願がようやく通じたのかは分からないけど、遠くに座っていた長身の女性(またしても白衣)がカツカツと近づいて来て、お嬢様白衣の頭をペシンと叩いてドリルを止めた。素手でドリルを掴んで止めた。どういう原理かは知らない。
「うるさいんだよ蜂奈ぁ!! そういうのはラボでやれ! いやラボでもやるなうるさいから!! 森とかでやれ!!」
「ハァ……サソリおねぇさまもこのドリルの奏でし音色の美しさを理解して下さらないのですわね……歯がゆいですわ」
蜂奈と呼ばれたお嬢様白衣はシュンとした表情でドリルを納めた。二度とやらないで欲しい。
「ウチの愚妹が悪いな、バーテンダー。あとこっちにお代わりをくれ。同じのでいい」
「あ、はい。ただいま」
私はサソリおねぇさまこと長身白衣美人さんのお代わりを作りながら、チラリと店全体を見回した。
何なのこの人達は。
開店してしばらくは暇すぎてもうこの世には客なんてものは存在しないのではないかと真剣に考えていたのだけど。
急に沢山お客がやってきた。しかもほぼ全員白衣を身に纏っている。白衣集団現る。現れた。この人達以外にお客は居ない。実質貸し切りだ。
ココだけじゃなく、ママも前に出て来て。3人体制で注文に対応している。
「リリィさん! 手が空いてたらこっちのオーダー手伝ってください☆」
「了解」
ココもテキパキと注文に対応している。多少休んだ程度じゃ腕は鈍らないらしい。
そして嵐の様な注文ラッシュが一旦収まり。店内は打って変わって静かに……は特になっていなかったけど。めちゃめちゃ白衣たちが白衣同士で喋ってるし。けど少なくともバーテンダー各位は一旦落ち着く事が出来た。
「…………」
私が内心ほっと息を吐いていると、私の真ん前の席に座る当然白衣の女性――というか女の子。
いや女の子じゃん。ちっちゃい女の子じゃん。白衣の袖ダボダボだし。それにそういえばさっきからジュースしか飲んでないけど。ならいいのか。いいか? まあいいか。
ともかくその銀髪白衣女の子が、なんだか申し訳なさそうな顔で私の顔を見つめていた。
「えっと……どうかされましたか? お客様」
銀髪白衣可愛い女の子はピクリと眉を上げ、逡巡の後に口を開いた。
「その……私の兄妹達が騒がしくしてごめんなさい。せっかくすてきなお店なのに」
「あ、ああ……いえ、全然構いませんよ。むしろ沢山のお客さんが来て嬉しい位で」
「そう、ですか? そう言ってくれるとありがたいですけど……その、なんというか。見ての通り私の兄妹達は……オブラートを100枚位包んで言えば個性的、ですし」
確かに。最早オブラートの味しかしない表現だ。
「ちなみにオブラートに包まず言えば倫理観ゼロのクルクルパー達です」
やっぱりオブラートにはしっかり包んで欲しいかもしれない。
反応に困った結果、とりあえず笑っておくことにした。私はこの方法でいくつもの対人関係における難問を乗り越えて来た。
「アハハ……」
「ハハ……」
「んん、ん」
窒息しそうな空気感になりそうな所を、私は鮮やかな咳払いでごまかした。これがベテランバーテンダーの業という奴だ。そうに違いない。きっと銀髪美少女ダボダボ白衣ちゃんもそう思ってるに違いない。
……。
話題を変えよう。そうしよう。
「今ご来店されている方たちは皆、ご家族なんですか?」
「厳密には全員では無いですけど……そうですね。家族……兄妹です。私達は。オオツキって、知ってますか? 魔人オオツキ」
魔人。また魔人か。
だけどその単語を耳にしても、私はそれほど驚かなかった。
この店にこの人達が足を踏み入れた瞬間、分かった。その異様性が。
少なくとも普通ではない。明らかに何かを逸脱したヒト達なのだと。
「オオツキっていう名前をよく聞く事はありますが、あまり詳しくは……もしかして皆さんが?」
やたらと顔が可愛い銀髪白衣美少女はコクリと頷いた。
「私達はみんな魔人オオツキの……子供……? なんです。世間でよく言われるオオツキの1人、なんて表現は。魔人オオツキの子供達である私達の事を指す言葉で」
すごく表現に迷っていた気がしたけど、その部分はあまり突っ込まれたくないような、そんな気配を感じ取った。
私は頷いた。
「なるほど……オオツキ……ええと、ごめんなさい、本当に詳しく無くて。オオツキのヒト達は皆さん研究者……なんですか?」
「研究者……大体合ってると思います。それぞれ追い求めているものは違いますけど、みんな何かを突き詰めているのは間違いないですね」
銀髪可愛い美少女は店内を見回す。
「例えばさっき蜂奈お姉ちゃん……ドリルのヒトをひっ叩いたサソリお姉ちゃんは、精密な絡繰……ロボット、っていうらしいですけど。それを造っていて……」
「ろぼ……」
「あっちのボサボサ頭の百足お兄ちゃんは、最近は魔物を皆殺しに出来るニンゲン兵器を造ろうとしていて……」
「にんげんへいき……」
「姫蛇お姉ちゃんは魔人を殺せる毒の研究、蟻夜お姉ちゃんは……よく分かんないや。あとドリルのヒトはドリル……みたいに。それぞれ違ったテーマで研究を続けているんです」
「なるほど……」
変なヒト達だという事は分かった。
あれ、そういえば……。
「お客さんの……」
「あ、そういえば自己紹介してなかったですね。私、ホタルっていいます。オオツキホタル、ですね」
銀髪可愛い美少女ダボダボ白衣ことホタルちゃんがぺこりと頭を下げたので、私も慌てて頭を下げ返す。
「私はリリィです。それで……ホタルさんは、何の研究をしているんですか? っていうか、見た所一番年下みたいですけど……もう何かの研究をしているんですか?」
「んー……」
ホタルちゃんはオレンジジュースを飲みながら視線を彷徨わせ、しかし再び私の目を覗き込んだ。
「ちょっと恥ずかしいですけど……お姉さん、イイ人そうですし。特別に教えちゃいますね」
ホタルちゃんはイタズラっぽく微笑んだ。
さっきからこの子可愛いな。なんなんだ。
「私の研究テーマは……運命」
「…………運命?」
意外な単語が飛び出して来たので、私は思わずマヌケな声を上げてしまった。
「はい。運命、です」
「運命を研究……未来予知みたいな事が出来るとか、そういう感じですか?」
「実はそれもちょっとなら出来ます。多少なら運命を左右する様な魔法も……使える筈、です。輪郭はおぼろげで、正直魔法として成立しているかも証明出来てはいないんですけど。でも大事なのはそこじゃなくて」
ホタルちゃんは一拍間を空けて、微笑んだ。
「私は……運命なんて下らないものがもしこの世界に存在しているとするなら。確かに存在しているのなら。そんなもの、粉々にぶち壊してやりたいんです。徹底的に」
もしこれがプライベートなら、思わず口笛を鳴らしていたかもしれない。
それは、それはなんというか……。
この店の白衣の中で誰よりもロックな研究だな、と私は思った。
今日の白衣系お客様:オオツキ各位(全員口笛が吹けない)