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殺戮者はかく語りき

今日のバーテンダー:リリィ(ナイフ・蹴り・含み針・ワイヤー・その他一杯)


「回復魔法の使い手が年々減少傾向……オオツキの1人ハチナが新作ドリルを用いた大規模なトンネル工事を指揮……ふ~ん……」


 バックヤードのいつもの椅子に腰かけながら、私は新聞を手に取りぼんやりと眺める。

 今は休憩中。店は今ママが回している。とはいえ、ほとんどお客さんは来てないみたいだけど。


「(さっきもタボさん以外誰も来なかったしな……でも、そのおかげでタボさんも話しやすそうだったし。そんな日があってもいいか)」


 ぐいっと背伸びをして時計を見る。そろそろ休憩時間も終わりだ。


「頑張りますか……ママ、休憩終わった。代わるよ」

「了解よ~」


 ささっと身なりを整え、私はカウンターへと戻った。



 休憩が終わってからまたしばらくの時間が過ぎ。中々お客さんが現れない。


「(そんな日があってもいいとは一瞬思ったけど……流石に暇だな。今日は早く店じまいする流れかも)」


 グラスもこれ以上ない位ピカピカに磨いたし、後なにかやる事、やる事……。

 と、無為に過ぎていく時間の消費方法を考えていると。瞬間、私の全身の皮膚がまるで電流で打たれた様に震えた。

 

「!!」


 それはどう表現するべきものか。直感、あるいは危機察知? 私は懐へ手を伸ばしていた。


「(形容出来ない……今まで感じた事の無い気配……いや殺気……かな。腕は鈍ってない、筈……いざという時は一瞬で終わらせないと……)」


 私は額から小さな汗が一筋流れているのを感じながら、店に近づいてくる何かに備えた。冷静に、冷静に、冷静に。冷静に唯こなすだけ。


「こんにちは。ここ……バーのサンクチュアリで合ってるかしら?」


 お客さん……? お客さん……か。女性のお客さん、だ。

 さっきまで感じ取っていた異様な何かは消え失せていた。私は乾いていた唇を湿らせ、咳払いする。


「違ったかしら……?」

「んん、いえ……ごめんなさい。合ってますよ。いらっしゃいませ、ようこそサンクチュアリへ」

「ありがとう……ここの席、座ってもいいかしら?」

「ええ、どうぞ」


 現れたのは女性のお客さん。黒いドレスと、燃えるような赤い髪に目を惹かれる……そしてすぐに、頭に生えた小さな2つの角と、しなやかな尻尾の存在に気が付いた。


「(角に尻尾、それ以外は人間に酷似した外見……恐らくはサキュバス、淫魔かな。中々珍しいお客さんだ……すごく綺麗なヒト……でもさっき感じ取ったのは一体……)」

「(と、見惚れてる場合じゃないや)」

「ご注文は如何なさいますか?」

「そうね……貴女が一番好きなカクテルを頂けるかしら」

「私の……? かしこまりました」


 一瞬戸惑ったが、私はすぐにカクテルを作り始めた。さっきまでの緊張はいつの間にか完全に解けていた。

 私の味の好みはやや尖っている自覚はあった。それをそのまま出すかは少し迷ったけど。このお客さんなら大丈夫だろう、という根拠の無い自信があった。


「お待たせ致しました。こちら『クリアリリィ』です」

「ありがとう」


 淫魔のお客さんは薄く微笑むとグラスを取り、小さくグラスを傾ける。

 そして一瞬だけ目を見開いたかと思うと、再び笑みを零す。


「混ざりっ気の無いストレートで強烈なお酒……でもほんの少しだけ甘みを帯びている……気に入ったわ」

「ありがとうございます」

「私はハーラン。あなたのお名前は? バーテンダーさん」

「リリィといいます」

「そう。よろしくね、リリィちゃん」


 お客さん、ハーランさんは先程までの妖艶な笑みではなく、なんだか無邪気とさえ思える笑みを浮かべる。

 私も一礼を返しながら思わず笑みが零れていた。

 けど、何か引っかかっていた。ハーラン。ハーラン……? 淫魔の、ハーラン……。


「(何だか……どこかで聞いた気が……)」


 思い出せそうで思い出せない、そんな微妙な心持ちでいた私に、ハーランさんは更に続ける。


「実はここの……蕩湯屋の長のマダムとは昔馴染みで。それで久しぶりに会いに来たんだけど……マダムはとっても忙しいみたいね」

「ええ、それはもう……私もかなり長い間このバーで働いてますけど、直接マダムの顔を見た事はほとんど無くて」

「まあ、そんなに……それで、マッサージとか、色々お店を回っていたら、ここのバーのママと蕩湯屋のマダムは姉弟だって聞いたの。それでせっかくならあの人の弟を見てみたいと思ったんだけど……」

「ああ、ママならバックヤードに居ますよ。呼んできましょうか?」

「最初はそうしてもらおうと思ってたんだけど……やっぱり今日はいいわ」

「そう……なんですか? それはまたどうして?」

「面白い娘を見つけたから。私、美味しい食べ物はちょっとずつ食べる主義なの」

「…………」


 面白い娘……それは確認するまでもなく私の事だろう。タボさんも似た様な事を言ってたけど。私の何がそんなに面白いのか。

 私は大した面白みも無い普通のバーテンダーなのに。


「それはその……ありがとうございます? で合ってますかね?」

「ふふ、褒めているのは間違いないわよ」


 ハーランさんはグラスを傾けて、私の目を覗き込む。


「さっき……」

「?」

「貴女が感じ取った殺気は、私のものよ」

「……」


 言葉の意図は分からなかったけど。私はとりあえず懐に手を伸ばしておいた。

 ハーランさんが現れる前に一瞬感じた違和、あれは確かに殺気で間違いなかったみたいだ。

 そして今、私が一瞬ハーランさんから感じ取ったものも。


「ほら、それよ」

「それ……とは?」

「私の本気の殺気に……あなたは正面から殺気と、殺意で返そうとしている」

「そんな事が出来る人、ほとんど居ないのよ。本当よ? 大抵は泡を吹くなり失禁するなりしてすくみ上がるか、パニックになっちゃうか」

「本当はここのママをからかうつもりだったんだけど……他に従業員がいる可能性をすっかり失念してて。うっかり貴女に当てちゃったんだけど……」


 ハーランさんは本当に面白い、という風に笑う。


「まさか逆にこっちに殺気を向けて来るなんて……アハハ、こんなの本当に久しぶりなの」

「愉しそうなのは結構ですけど……結局殺す気は無いって事でいいんですか? その答えを聞かないと、私としても得物から手を離せないものでして」

「ふふ……ええ、もちろん。ここでは暴力はご法度。ここにはこれからも遊びに来たいし……それに……蕩湯屋の全員とやり合ったら流石に私もタダじゃすまないわ。ここは手練れの巣窟だもの」


 勝ち目がない、とは言わない辺り余程自信があるらしい。

 けれど、誰かを殺す気じゃないというのも本当らしい。その言葉は本当だと、私にはわかった。

 私は懐から手を抜いた。


「ハーランさん……勘弁してくださいよ。流石に私だって嫌なんですから」

「血と死体の処理をするのは」

「まあ、言うじゃない……ウフフ」

「アハハ……」


 私達はしばし笑いあった。

 ついさっきタボさんとあんなに和やかに笑いあったのに……さっきと全然笑いの意味合いが違う……。いつからこのバーは戦場になったのだろうか。

 でも、私達が殺気を飛ばし合っているのはきっとママだって察知している筈。それでも出てこないという事は、この接客で問題ないのだろう。


「本当にごめんなさいね。私に出来るお詫びはあるかしら?」

「そうですね、それじゃあ飲み物のお代わりと……せっかくなのでこのままお話しましょう。私、お客さんとお話するの好きなんです」

「あら、そんなのでいいの? 勿論いいわよ……折角だからリリィちゃん、あなたにも奢るわ。一緒に愉しみましょう?」

「そう……ですね。分かりました」


 私はハーランさんと私の分、2杯の『クリアリリィ』を作り、グラスに注いだ。


「それで……お話だったかしら。非礼のお詫びに、私に聞きたい事があったらなんでも答えるわ」

「そうですか……では遠慮なく」

「私……多分ハーランさんと会ったのは初めてなんですけど。知識として知っている気がするんですよね。もしかしてハーランさん、有名な人ですか?」


 ハーランさんは唇の片方を釣り上げて笑い、再びグラスを傾けた。


「そうね……それなりに有名ではあるかしら」

「私は淫魔のハーランだけど……こうも呼ばれているわ。『魔人ハーラン』あるいは『殺戮の淫魔ハーラン』と」

「!」


 世情に疎い私ではあるが、流石にそこまで聞けば理解出来た。

 魔人。それは前振れなく世界に顕現する類まれなる強者たち。覚醒せしもの達。

 人間、エルフ、竜人、ゴブリンにドワーフに淫魔に犬に鳥。あらゆる生物が魔人となりうる。あらゆる生物が覚醒しうる。

 全ての魔人は他の追随を許さない圧倒的な力を持ち、時に世界を脅かし、時に世界の守護者となる。魔人が国を興し、治める事も決して珍しくない。現在も魔人が統制する国家は存在している。

 そして今目の前にいる相手はそんな魔人の1人、『魔人ハーラン』であるという。

 そんな事を聞かされて私は……思わず納得していた。


「私も……初めてだったんです」

「あら、何がかしら?」

「誰かの殺気に身が震えたのは」

「だからそれが最初殺気だとも思わなかった……けど、ハーランさんが魔人で、あの殺戮の淫魔だっていうなら納得です」

「そう……良かったわ。信じてくれるのね?」

「ええ」


 ハーランさんに合わせ、私もグラスを仰いだ。


「とは言っても、そんなに私も詳しくは無いんですけど……ハーランさんはヒトを殺すのが好きなんですか?」

「ええ、そうよ。私は誰かを殺すのが好き……いいえ、正確には殺したいと思った相手を殺すのが、ね。そして、そんな誰かを殺す事でしか快楽を、魔力を得る事が出来ないの」

「魔力……ああ、そういえば淫魔って」

「そう。淫魔は快楽を得る事でしか魔力を得られない呪われた種族……他の淫魔みたいに私も蕩湯屋では許されないアレやコレやで快楽を得られたら良かったのだけど……生憎私の趣味じゃなかったみたい」


 この世界にはいくつもの種族、生物がいる。全ての生物は魔力無くして生きられない。

 淫魔は他の種族とは違い、快楽を通してしか魔力を得る事が出来ない。

 ハーランさんは誰かを殺すことでしか快楽を得る事が出来ない。つまりは魔力を得る事が出来ない。

 だからハーランさんは誰かを殺す。

 …………。

 いや、違う……かな。


「もしも」

「ん?」

「もしもハーランさんが淫魔として生まれていなくても……あなたはヒトを殺していたんじゃないですか?」

「まあ……ふふ」

「正解よ……この話を聞いた人は『生きる為ならある程度はしょうがない』とか『妥協点を見つけられる筈』とか言うんだけどね……その通りよリリィちゃん。私は私が殺したいから殺すだけ。魔力がどうとかは正直どうだっていいの。ただ殺したいだけ」


 面白い。中々面白い話だ。こんなにも面白いヒトと話せる機会はそうないだろう。私は更に頭を回転させて言葉を探す。


「そういえば……噂を聞いた事があります」

「あら、なにかしら」

「世界中の治癒魔術士や医者が集まり世界を飛び回って、戦いや病で傷付いた人々を癒す活動を続ける『ヒーラー・ソサエティ』は、実は殺戮の淫魔が立ち上げたものだって。この噂は本当ですか?」

「あら……案外物知りじゃない、リリィちゃん。それも正解。あの子達は私が集め、私が活動を支援してるわ」

「理由を聞いても?」

「うーん……今のリリィちゃんなら分かるんじゃないかしら。気の向くままにヒトを殺す私が、どうしてわざわざ人を癒すだなんて活動を支援してるのか」

「…………」


 ハーランさんは魔人で、殺戮者だ。

 ハーランさんは殺したいと思った誰かを殺すのが好き。

 そんなハーランさんがわざわざ誰かを助けるような活動を支援するのは矛盾している様に思えた。

 さっきまでは。


「ハーランさんは恐らく……いえ、最初から何度も言っていましたね」

「……」

 

 ハーランさんはグラスを傾け、黙って私の言葉を待っている。


「ハーランさんは誰かを殺すのが好きなんです」

「けど、誰かが死ぬのは好ましくない」

「よく分からない説明ね」

「要するに、ハーランさんのあずかり知らない所で勝手に死なれちゃ困るって事なんじゃないですか? 『自分の手でヒトを殺したい』、これがハーランさんの望みなのに、自分の知らない所で勝手に戦いや病で死なれちゃ自分の望みは叶えられない。いつか自分で殺したいと思う相手だったかもしれないのに。そんなのはもったいない」

「…………」

「ハーランさんが自分の欲望を最大限満たす為には、世界が平和で、人々は元気に生きていなくちゃならないんです」

「………………」


 ハーランさんは答えなかった。代わりにグラスを飲み干し、ことりとグラスをカウンターに置いた。


「今日は本当に楽しかったわ、リリィちゃん」

「ありがとうございます、こちらこそとても楽しい時間でした……あ、でも殺気は気軽にヒトに向けちゃ駄目ですよ?」

「ふふ……ええ、気をつけるわ」


 ハーランさんは代金をカウンターに置き、スッと立ち上がった。


「また来るわね」

「お待ちしております、ハーランさん」


 ハーランさんは華麗な会釈をすると身を翻し、そのまま振り返らずに店を去っていった。


「魔人を相手したのは初めてだったな……色んな意味で」


 敵意が無いと理解していても、流石に無意識に身体は強張っていたのか。身体を伸ばすと全身がパキパキと音が鳴る。


「さて、と……」

「ママ―!! もう全然全くこれっぽっちもお客さん来る気配の無い歴史的客薄なんだけどもう締めちゃっていいー?」

『悲しい!! アタシ悲しいわ!! でももう締めちゃって!! アタシもさっきのお客様にずっと気ぃ張っててすごい疲れたからぁ! 焼肉でも食べに行きましょうリリィちゃん!!』

「ラッキー」

『奢るとは言ってないわよぅ!!』

「ケチ」

『奢らないとも言ってない!!』

「どっち?」


 全身の強張りに見合っていない売り上げを手に、今日の営業もこうして終わるのだった。

今日のお客様:淫魔ハーラン(素手)

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