第5話
「私たち、これからどうなっちゃうのかな……?」
レミが言った。
生き残りの生徒たちはリュオールに向かう馬車の荷台の檻の中に閉じ込められていた。
気絶していたレミとフラットは意識を取り戻し、フラットの左肩には白い包帯が巻かれていた。
「ティゼル殿下は聡明な方だと聞いている。私たちに人質としての利用価値がある限り、簡単には殺さないはずだ」
フラットが彼女の質問に答える。
「――――もっとも、私たちを捕らえた理由が復讐なら話は別だが」
その言葉に他の生徒たちが震え上がった。
「嫌だ……。家に帰りたい……」
「どうせ死ぬなら今死んだ方が案外楽かもな。俺は首を落とされるより拷問の方が恐ろしい」
「ご、拷問……⁉」
「中には平民も混じってるが、俺たちはオルディアの貴族だ」
「リュオールにとって俺たちはまさに情報の宝庫ってワケさ」
生徒たちが言葉を交わしていると、一人の男子生徒が突然怒鳴り始めた。
「キース、てめえのせいだぞ! てめえが調子に乗ってリュオールの王族を怒らせたりするから!」
「僕一人に責任を押し付けるつもりか⁉ 君たちだっていつも彼を笑い者にしてたじゃないか⁉」
「俺はてめえと違って直接アイツと関わってたワケじゃねえ! 周りに合わせて適当に相槌を打ってただけだ!」
「僕だって彼を直接傷つけた覚えはない! ちょっと恥をかかせてやりたかっただけだ! 今回だって彼がケガをしないよう水魔法を使って――――」
その瞬間、二人の頭に冷たい水がぱしゃりとかかった。
フラットの水魔法である。
檻には攻撃魔法を遮断する抑制陣が刻まれ、生活系の微弱な術だけが通る――フラットの水もその範疇だった。
「こんな狭いところで醜い言い争いはよしてくれ」
彼がそう告げた。
「てめえ、いきなり何しやがる――⁉」
「僕にこんなことをしてただで済むと思うな!」
言い争いをしていた二人がフラットに食ってかかった。
「何を怒っているんだ、キース? 私は〝ただ水魔法を浴びせただけ〟に過ぎない」
「っ――」
「クラウス。君だって本当はわかっているはずだ。キースは確かに殿下を怒らせたが、それだけで戦争を始めるほど彼は愚かではない。無能者に対する横暴な態度。我々が与えた長年の仕打ちが彼を――――いや、世界中の無能者を怒らせてしまったんだ」
「……」
「君は殿下と直接関わりがないと言った。だがそれは他の無能者に対しても言えるのか? 傷つけられた人々の怒りや憎しみは、そう簡単に消えるものじゃない」
フラットが言った。
クラウスは舌を打ち、それきり大人しくなる。
キースについても同様だ。
「ねえ、私の何がいけなかったの……?」
すると三角座りしていた生徒が独り言のようにつぶやいた。
「私はただ先生たちの言うことを聞いてただけなのに……」
「リリアさん……」
リリアが涙を流しながら膝に顔を埋め、レミがその隣に寄り添った。
「ドレッドノートのヤツら、まるで親の仇を見るような目つきだったよな……」
「くそっ! どんだけ恨まれてたんだよ、俺たち……」
二人の男子生徒が言った。
「今さら後悔しても遅い。だが、そこに気づけただけでも大きな前進だ」
フラットがそう答える。
「私たちは目の前で多くの同胞を失い、ようやく自分自身を見つめ直すことができた。そして今なら無能者の苦しみも理解できる」
「「「……」」」
「これから何をすべきか、何が正しい選択なのか、私たちはそれを考えるべきじゃないのか?」
「これからって、お前……」
「俺たちは敵国に連行されてる最中だぞ?」
「だが私たちはまだ生きている。全てをあきらめるのは死んでからでも遅くはない」
「「……」」
「みんなはどう思う? もし私たちに〝これから〟が許されるなら――――みんなはどうしたい?」
フラットが問いかける。
生徒たちは一人ひとり、真剣に考えた。
「……俺は昔のダチと仲直りしたい」
クラウスが言った。
「俺も昔は屋敷をよく抜け出して平民のヤツらと遊んでた。その中には当然、無能者もいた。けど貴族の俺はだんだん家のルールに縛られるようになって、いつの間にかソイツらに偉そうな態度を取るようになってた」
「「「……」」」
「だから俺はソイツらに謝りたい。――――謝って。いつかソイツらを屋敷に招いて、一緒に酒を楽しめるような関係を築きたい」
その言葉には素直な気持ちが込められていた。
オルディアの貴族社会や魔法界の常識に囚われていた彼は、かつての自分を取り戻しつつあるようだ。
「平民と肩を並べる貴族か……。――――なるほど。実に君らしい夢だ」
フラットが言った。
すると今度は他の男子生徒が自分の夢を語り出した。
「俺は、無能者ができない仕事を魔法で手伝う――――そんな職場をどんどん増やしたい。貴族としての地位を最大限に使って、みんなが生きやすい世の中を目指すんだ」
「ゲイルも昔はよく言ってたもんね。魔法は世界中のみんなを幸せにする、すごい力なんだって」
ゲイルの幼なじみである女子生徒が言った。
「そういやエニスも昔はよく言ってたな。あれは確か……」
「あわわわっ――! 私のことはいいから!」
エニスがその言葉を遮る。
「何を恥ずかしがることがあるんだ? 幼い子どもが大それた夢を持つなんて珍しいことじゃない」
フラットが言った。
「いや、別にそういうことじゃなくって…」
「「「……」」」
「ああ、もう……! わかったわよ! ――――一人じゃ大変だからゲイルの仕事を手伝うって言ったの!」
「「「ああ~……」」」
彼女の言葉で生徒たちはなんとなく事情を察した。
「そうだ、思い出した! 一緒に夢を叶えて家族みんなで幸せに暮らそうって言ったんだ!」
「「「……」」」
ゲイルは場の空気をあまり読めないキャラだった。
「家族で……ねえ」
クラウスが意味深な笑みを浮かべる。
「何よ、クラウス? 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」
エニスの目は余計なことをしゃべったら即座に殺すと言っていた。
「い~や、別に……。家族ってのもいろんな形があるからな」
「……?」
ゲイルだけは今の状況があまり読めていなかった。
「なあ、ゲイル」
ゲイルが自分に話しかけた男子生徒の方に振り向く。
「お前、絶対に浮気だけはすんなよ」
「っ――⁉」
その瞬間にエニスの顔が真っ赤になる。
「うん。オゼットの言う通りだ。一途な女の子を泣かせるなんて男のやることじゃない」
オゼットと仲の良い男子生徒が頷きながら言った。
「オゼット……。ステイル……」
「「……?」」
二人の男子生徒がエニスの方に振り向いた。
「そろそろ黙ってくんない?」
「「「っ――⁉」」」
とても怖い笑顔を浮かべたエニスに男子生徒たちは震え上がった。
途端に檻の中が静かになる。
「……」
ティゼルは生徒たちのやり取りを水晶玉型のマジック・アイテムを通して見ていた。
彼は馬車の座席に座っており、その隣に副隊長も同席していた。
「殿下。今の彼らをどう思いますか?」
副隊長がティゼルにたずねる。
「悪くない傾向だが、私は彼らを許すつもりはない。世界が魔法使いの破滅を望んでいる限り」
「……今の彼らはそれほど愚かでしょうか?」
「口先だけならなんとでも言える。現代における魔法使いの印象は最悪そのものだ。この程度で評価を変えられるほど世間は甘くはない」
そう言ってティゼルは水晶玉を通してフラットを見る。
「しかし、先ほどの演説は見事だったな。さすがは兄上の認めた男だ」
「落とし子とはいえ、一応彼にも王族の血が入っていますからね。人を導く才を色濃く受け継いでいるのでしょう」
副隊長の言葉にティゼルが眉をひそめる。
「側室でもない貴族令嬢を身ごもらせるとは、オルディアの王族にはやはりロクなヤツはいない」
「しかし、そのおかげで彼の家が没落を免れたのも事実です。今は第三王子の右腕として存分に力を発揮されております」
「右腕……?」
そう言ってティゼルが鼻で笑った。
「なぜ言葉を濁すのだ、副隊長? ハッキリ言えばよかろう」
「……」
「フラットは強硬派の一味に暗殺されたカイネル殿下の〝影武者〟だとな」
そう。
オルディアの第三王子であるカイネルは既に亡くなっている。
彼が殺されたのは前回の騒動が収まる直前。
ティゼルの兄である第一王子との面会のため、カイネルは右腕のフラットを伴い、国境付近の村に向かっていた。
だが道中で強硬派に襲撃され、カイネルは命を落とした。
本来ならその時点で交渉は決裂だった。
だがフラットは見事にカイネルの代役を果たし、戦争を止めることに成功した。
事後報告でフラットはオルディア王家から激しい怒りを買ったものの、交渉を成立させた手腕が評価され――――さらにリュオールの第一王子であるルキウスがフラットの顔をカイネルのものとして認識していたために、そのまま影武者として代役を演じ続けるよう命じられたのだ。
ちなみに、例の手紙はカイネル殿下が出立前にフラットへ託した予備の伝達手段としての親書だ。
「兄上は最後まで彼が代役だと気づかなかったそうだ。当時十四歳の子どもが、大したものだ」
「フラット・バミルスは第一王子の落とし子です。弟君である第三王子とも顔立ちがよく似ていたのでしょう」
「平民は遠目でしか王族を見ることができない。王族の影武者にはまさにうってつけだったわけだ」
「第三王子の影武者を演じながら、その右腕役としても活躍されているとは――――皮肉なものですね」
「事態に気づいたオルディアの王族どもは、今ごろてんやわんやだろう。第三王子の影武者を失った挙句、その情報源となる右腕がこちらの手に渡ったのだからな」
「……」
副隊長が少し間を置いてからティゼルにたずねた。
「殿下。彼の今後の処遇について、どうお考えですか?」
ティゼルが鋭い視線を向ける。
「副隊長。私がオルディアの情報を引き出すべく、彼に手荒な手段を用いぬか――――つまりはそう言いたいのか?」
心を見透かされ、副隊長が怯えた表情を見せる。
「言ったはずだ。我々の目的はオルディアの思想に囚われた愚かな魔法使いの殲滅。その筋を違えれば正義を失うとな」
「お許しください、殿下! 私は決して情に流されたわけでは……!」
副隊長が土下座する勢いで頭を下げる。
「案ずるな。私は怒っているわけではない」
「……」
「本音を申せば、私にもわからぬのだ。あやつの祖国に対する思い入れは〝本物〟以上だ。リュオールの王族にも決して引けを取らん」
ティゼルが副隊長から視線を逸らした。
「人質としても取り扱いが非常に難しい。場合によっては開き直られる可能性もある」
オルディアがフラットを見捨てれば、彼の人質としての価値は皆無だ。
「何より厄介なのは、本人がそれを望む可能性があるということだ。たとえ国に切り捨てられたとしても――――あやつは決してオルディアを裏切らない」
その一点だけは、ティゼルには確信があった。
「死に際に託された第三王子の意志――――ですか?」
副隊長がたずねる。
「カイネル殿下は何より和平を望んでおられた御方だ。我々の側に寝返れば、彼に託された使命が果たせなくなる。フラットは最後まで我々と対立し続けるだろう」
拷問という名の手荒な手段を使えば、味方に引き入れるのも不可能ではない。
だがそれでは〝正義〟の名のもとに始められた戦争に筋が通らなくなる。
ティゼルはリュオールの王子としてだけでなく、全軍の指揮官としても非常に難しい決断を迫られていた。
「まったく、厄介な友人を持ってしまったものだ……」
そう言ってティゼルが苦笑した。
「……殿下のご心境、お察しします」
そのとき副隊長は、自分が仕えるべき相手は決して間違っていなかったと心から思った。