第4話
「……」
フラットは懐の杖を握り、機をうかがった。
チャンスは一瞬。
ティゼルが離れ際に背を向けた、その瞬間――――
「っ――!」
フラットは〝魔法を使わず〟――――全身でティゼルを取り押さえにかかった。
ティゼルが彼の動きに気づいた様子はない。
しかし、フラットがティゼルの体に触れるより先に、フラットの肩が何者かに撃ち抜かれてしまった。
「がぁっ――‼」
フラットは体勢を崩し、ティゼルの横を通り過ぎて床に倒れ、そのまま意識を失った。
「フラット!」
レミがフラットの方へ駆け寄る。
ティゼルは彼女が横を通り過ぎる刹那、振り返りもせず剣を振るった。
「かはっ――!」
魔刃の剣の柄頭がレミのみぞおちにめり込み、彼女もフラットと同じように床に崩れ落ち、気を失った。
「腕を上げたな、副隊長。以前よりも射撃の精度が上がっている」
ティゼルが言った。
副隊長の手には、フラットを狙撃する際に用いた戦闘用のマジック・アイテムが握られていた。
その名は魔弾の銃。
使用者の魔力を高密度の弾丸に変換し、目標に向かって撃ち出すハンドガン型のマジック・アイテムだ。
「致命傷は避けました。このお二方は〝決して殺すな〟とのお達しでしたので」
「この二人は魔法使いでありながら無能者である私に友人として接してくれた貴重な存在。――――ここで死なせるわけにはいかん」
「しかし、よろしいのですか? それでは陛下の命に背くことに……」
副隊長がティゼルの身を案じた。
「この国にも無能者に慕われる優秀な魔法使いが少なからず存在する。我々の目的はオルディアの思想に毒された愚かな魔法使いの殲滅。――――その筋を誤れば我々は正義を失うことになる」
「……」
「なに、案ずることはない。父上は王であるが故に、自国に不利益をもたらす不安要素に保険を打っているだけだ。その不安を国の利益に変えれば何も文句は言わん」
副隊長はティゼルが情に動かされたのではないと理解し、少し安堵した。
「しかし、この者はなぜ魔法を使わなかったのでしょう? 殿下に丸腰で挑むなど、あまりに無謀です」
副隊長が気絶したフラットを見下ろす。
「こやつもバカではない。魔法で私を制圧しても心は動かせない――――そう判断したのだろう」
フラットとは短い付き合いだが、ティゼルには彼の考えが手に取るようにわかった。
「あくまでも戦争を止めるため――――ですか。……なるほど。私も彼のような人間は嫌いではありません」
「……」
「それだけに残念です。彼がもう少し早く生まれていれば、少しはこの国も――――」
「言うな。仮定を述べても現実は変わらぬ」
ティゼルが振り返ると、生徒たちは恐怖に震え上がった。
「副隊長、私の側を離れるな。学院の教師陣および卒業生を殲滅する」
「はっ」
「講堂内の各隊員に告ぐ! 我らが正義の名のもとに、世界の秩序を乱す愚かな魔法使いたちを殲滅せよ!」
その瞬間、ドレッドノートの隊員たちが動き出した。
「ギャアッ!」
胸を刃で貫かれ、キースの取り巻きが一人死んだ。
「やめろっ! 僕はオルディアの誉れ高い一族――――うぎゃあっ‼」
キースも斬られ、あっけなく息絶えた。
講堂内のあちこちで悲鳴と血潮が飛び交い、生徒たちは次々と斬り伏せられていった。
「学院長をお守りしろっ!」
教師陣が陣形を組み、ティゼルたちの前に立ちはだかる。
「(やれやれ……)」
学院長は全てに呆れていた。
「(生徒たちの命より〝自分たち〟が大事ですか……)」
学院側で一番の使い手は学院長である。
つまり彼女の側から離れない方が生き残れる確率が高い。
「(王立魔法学院の教師ですらこの体たらく……。彼らの言う通り、我々の時代も終わりを迎えるときなのかもしれません……)」
教師と卒業生がティゼルたちに攻撃魔法を連続して放つ。
ティゼルが魔刃の剣でそれを弾き飛ばし、副隊長は2丁の魔弾の銃で援護射撃を行った。
彼女が放った魔弾は、敵の前衛がマジック・シールドで必死に防いでいた。
人数では学院側が勝っていたが、戦況を押していたのはティゼルたちだった。
「くっ、あの女――!」
「シールド隊は集中を切らすな!」
魔法はどんなに早くても一~二秒に一度しか放てない。
対して副隊長は一秒間に四発の魔弾を撃ち込んでいた。
ティゼルは魔刃の剣で敵の魔法を跳ね返すこともできるため、攻防の手数はほぼ互角だった。
「このままではシールドが保ちません!」
「殺せっ! 早くヤツらを殺すんだ!」
そして決定的な違いは副隊長の魔力量だった。
彼女の魔力はティゼルと学院長に次ぎ、この中で三番目に高い。
魔刃の剣は使用者の魔力が高いほど刃の強度と切れ味が増し、魔弾の銃は弾丸の速度・威力・強度が上がる。
そのため副隊長の放つ魔弾は極めて高い貫通力を誇り、連射速度の速さも相まって学院側の防御を大きく上回っていた。
「ダメだ! シールドが崩される!」
前衛のマジック・シールドに亀裂が入る。
「どうにかしろぉぉぉぉぉぉっっ――――‼‼」
シールドが砕け散ると同時に、ティゼルが敵陣へ飛び込んだ。
あとは生徒たちのときと同じである。
教師や卒業生も、ティゼルの魔刃の剣でバラバラに斬り裂かれてしまった。
思わず口を押さえたくなるような惨状だ。
学院側で生き残ったのは、後方で待機していた学院長ただ一人。
「学院長。ご覚悟を願います」
「……はて、一体なんの覚悟でしょう?」
学院長がティゼルにたずねた。
「我らの人質となる覚悟です」
「なるほど。私の命にもまだ利用価値があると」
学院長はその場で頭をひねった。
「ところで、殿下。私の首にはいかほどの値がつきましょう?」
「……それはどういう意味です?」
「私はこれでも王立魔法学院の長。魔法の腕には自信があります。全力で抵抗すれば、今からでも殿下のお仲間を道連れにできましょう」
「……でしょうな」
ティゼルは学院長の実力を素直に認めた。
「そこで一つご提案があります。私は大人しくこの首を殿下に差し出しましょう。その代わり、私が死んだ時点で生き残った生徒たちを殿下の保護下に置いていただきたいのです」
「……」
「隊員の命を預かる殿下なら、この意味をご理解いただけるかと存じます」
学院長の言葉に、ティゼルが仮面の奥で目を細める。
「殿下」
副隊長が近づいてくるのをティゼルが左手で制した。
「この学院の生徒に、あなた様が命を捧げるほどの価値がありますか?」
「私はこの学院の最高責任者です。生徒のために死ねるなら本望というもの。私は学院長としてこのような惨状を生み出してしまった責任を果たさねばなりません」
「しかし、これはあなた様だけの責任では――――」
「いえ、殿下にこのような選択をさせてしまったのは他ならぬ私の責任です。――――私にはわからないのです……。一体どのような形で生徒を導けば、この惨劇を回避できたのか……」
「……」
「〝シンク〟。私の最期の頼みを聞いてくださいますか?」
学院長の目は涙で潤んでいた。
二人はしばしの間、見つめ合い――――そしてティゼルが先に口を開いた。
「……よろしいでしょう。学院長のその願い、このティゼル・オーギュスト・アイネスヴェルグが承りました」
そう言ってティゼルは学院長に向かってひざまずいた。
「殿下!」
「副隊長。それ以上は何も口にするな。これは命令である」
ティゼルが言った。
「学院長。あなた様には私も恩義がある。生き残りの生徒を人質として有効活用はしますが、その命だけは必ず保証いたしましょう」
「……ありがとう、シンク。やはりあなたはあなたのままなのですね」
「……」
「これで思い残すことはない。私は最後の仕事をやり遂げるとしましょう」
そう言って学院長が目を瞑る。
「各員、戦闘を停止しろ!」
ドレッドノートの隊員たちがティゼルの命令に従い、戦いの手を止めた。
しかし、その時点で生き残った生徒はほとんどいなかった。
それでも決してゼロではない。
学院長が講堂の中央へと歩いていき、床に膝をついて一人の男子生徒の遺体を抱き上げる。
「……何故その者なのですか?」
ティゼルが学院長にたずねた。
「これはあくまで、わたくしの勘です。殿下に一番の影響を与えた生徒だからこそ、この子には殿下のお心を変える力があると思ったのです」
学院長が抱き上げた遺体の正体は――――キースだった。
彼女は自らの命と引き換えにキースを蘇らせようとしているのだ。
「殿下。彼女は一体何を?」
「禁断の蘇生魔法だ。学院長はその命と引き換えにキースを蘇らせるつもりのようだ」
副隊長が仮面の奥で驚いた表情を浮かべる。
「お言葉ですが、学院長――――それはありえませぬ。そやつが私に何をしたのかご存じのはずだ」
「シンク。生まれたての赤ん坊は何色にも染まるものです。初めから悪に染まっている者など誰一人として存在しないのですよ」
キースにも純粋でまっすぐに生きている時期があった。
人が悪に染まるのは、それだけの理由があるということだ。
「いずれあなたにもわかるときが来ます。人は理屈だけでは決して生きられぬ生き物ですから」
「……」
学院長がキースに向かって両手を合わせる。
「シンク。あとは頼みます」
すると彼女の全身から白い光があふれ出した。
その光が少しずつキースの体の中に入っていく。
「私も見るのは初めてだ。おそらくご自身の生命力をキースに移しているのだろう」
ティゼルが言った。
やがて学院長の体から白い光が失われる。
そして彼女は床に向かって横たわるように崩れ落ちていった。
学院長はキースの復活と引き換えに、その尊い命を天に捧げたのだ。
「……学院長。約束は必ず果たします」
そう言ってティゼルは学院長の死に黙祷を捧げた。
その瞬間にキースの魂が現世に蘇る。
「ん……、んん……」
キースが頭を押さえながらゆっくりと上体を起こした。
「僕は……、一体何を……」
復活したばかりで彼の頭は少しボケていた。
しかし、ティゼルの姿を見た瞬間に全てを思い出し、彼はゴキブリのように手足をバタつかせた。
「あわわわ――――く、来るなっ! この僕を誰だと思っている⁉ 僕はオルディアの誉れ高い一族――――ひっ!」
ティゼルが魔刃の剣の切っ先をキースの鼻先に突きつける。
「その汚い口を今すぐ閉じろ。――――耳障りだ!」
「……」
キースは大人しく口を閉ざした。
「フン。バカは死んでも治らぬか……。学院長は何故こんなヤツを……」
ティゼルは素早く剣を引き、キースに背を向けた。
「学院長に感謝しろ。彼女との約束がなければ、この場で斬り刻んでいたところだ」
キースは未だ現状を把握しきれていなかった。
自分が直前まで死んでいたことすら気づいていない。
「生き残りは10人足らずか……」
「はい。この人数なら我々の部隊だけでも移送が可能です」
ティゼルと副隊長が言った。
総勢150人もの魔法使いが、わずか十分で10人以下にその数を減らしていた。
生き残った生徒は全員フラットたちと同じ一年生だった。
「総員に通達。我が隊はただちに現場を離れ、リュオールに帰還する。人質の移送準備を急がせろ」
「「「はっ!」」」
ティゼルが隊員たちに命令を下し、隊員たちは生き残りの生徒を拘束した。