第30話
「殿下っ!」
突然、ヴァネッサが現れ、ティゼルを地面に押し倒した。
だが、ザナトスのビームが彼女の背に深い傷を刻んだ。
「うぐっ――!」
彼女に身を覆われても、ティゼルは無反応だった。
「ジャガーノート隊! 殿下をお守りしろ!」
「「「っ――⁉」」」
我に返った生徒たちが素早く囲い込む。
マジック・シールドを多重に展開。
追撃に備えた。
「ちっ、またかよ……。なんでみんなしてこうも俺をイラつかせる?」
ザナトスの機嫌がさらに悪化する。
地上ではヴァネッサがティゼルに何度も呼びかけていた。
「殿下! お気を確かに!」
「……」
ティゼルは、なお放心状態のまま。
このままでは危険だ。
「ドレッドノートおよびジャガーノート全隊員に告ぐ! ただちにこの場を離脱! 陛下と殿下の身を最優先に!」
ヴァネッサの号令。
それに従い、部隊が動き出す――が。
「セリフが被るのは少し癪だけど、そうはさせないよ」
次の瞬間――
「「「っ――⁉」」」
広場の全員が、見えない手で押し潰されるよう一斉に地へ伏した。
第一魔法小隊の魔法使いも同様だ。
「こ、これは……」
「ちっ、ザナトスの野郎……!」
「俺たちごと重力魔法で押し潰す気か⁉」
強烈な重力に縫い留められ、誰一人動けない。
「言ったよね? 残りは俺が殺るからすぐに下がれって。いつまでもモタついてるお前らが悪い」
ザナトスは味方ごとリュオールの部隊を皆殺しにするつもりだ。
「く、苦しい……」
「相手は一人なのに、ここまで力の差があんのかよ……」
おおよそ二対百。
生徒たちは戦意こそ失っていないものの、ザナトスの圧倒的な力の前に心が折れかけていた。
「おのれ、ザナトス……」
「陛下……。お守りできず、申し訳ありません……」
ザナトスの重力魔法には、あのアルゼリウスですら逆らうことが出来なかった。
フラットのマジック・シールドも、ザナトスの魔力の前では紙も同然。
ドレッドノートの隊員たちも痛みに耐えるのがやっとだった。
「念のためだ、エレノア。反撃に備えてシールドを張れ」
「はい、ザナトス様……」
エレノアが周囲に防御シールドを展開。
もはや誰も近づけない。
「なぶり殺しも悪くないけど、腕を吹き飛ばされた件があるからね……。確実に殺し切る」
重力魔法の圧力がさらに強まった。
「「「があああああああああああぁぁぁぁっっ――‼‼」」」
骨や内臓が押し潰され、悲鳴が飛び交う。
ヴァネッサはティゼルに腕を伸ばそうとするが、指一本動かせない。
するとティゼルの仮面にひびが走る。
まさに彼の現状の写し鏡のように。
「(で……んか……)」
新調したヴァネッサの仮面は、まだ耐える。
だが、それも時間の問題だ。
このままでは、ここにいる者たち全員が死ぬ。
――――そのときである。
薄れゆく意識の底で、ティゼルは未来の光景を目の当たりにした。
広場に積み上がる死体の山。
縁ある者の顔が、その中に幾つも存在する。
「ヴァネッサ……」
目の前に転がる彼女は、誰かを求めるように遠くへ手を伸ばしていた。
そして、その未来はすぐそこまで迫っている。
「ザナトス……」
死体の山の上で、ザナトスが高らかに笑っている。
彼を中心とした世界は底なしの闇。
そこには夢も希望もない。
すべてが絶望の色に染まっていた。
これを決して現実にしてはならない。
ティゼルは上空に手を伸ばし、その手に太陽の光を求めた。
かの力を手にすれば、この世から全ての闇を打ち払うことが出来る。
どうすればあの太陽に手が届く?
不可能だと知りながら、彼は手を伸ばし続けた。
《――やれやれ、話の聞かない親子じゃ》
闇の中、ティゼルの背後に人影が現れる。
《言ったはずじゃ。目に見えるものだけが世の全てではないと。――アルゼリウスの倅。貴様は天上の光だけが世の闇を打ち払う術だと思っておるのか?》
「……」
《貴様は見るべきものを間違えておる。目に映る力や技などたかが知れたもの。――まことに見るべきは〝内なる光〟じゃ》
そして、人影はふっと消えた。
内なる光とは一体?
それは人の心を指しているのか?
そもそもにおいて光とはなんだ?
闇とはなんだ?
光があれば影が生まれる。
だが影から光は生まれない。
生と無。
光と闇の原点。
ならば内なる光とは、人の心が生む新たな可能性――。
ザナトスがこの世の闇なら、それに打ち勝つには心の可能性に賭けるしかない。
絶望の最中。
ティゼルは心に灯る光を掴み、現実に覚醒する。
重力に砕かれた仮面と同時に、ティゼルの身体から凄烈な光のオーラが噴き上がった。
「「「っ――⁉」」」
広場の中で何かが起きている。
それは誰の目にも明らかだ。
だが動けない今、その光を直視できたのは、目の前のヴァネッサだけ。
「でん……か……?」
光のオーラをまとったティゼルが立ち上がる。
今の彼にはザナトスの重力が通じていない。
「――まさか、アイツ⁉」
一番驚いていたのはザナトスだった。
彼が最も恐れていた事態が、目の前で起こっている。
ティゼルが心に秘めていた内なる光――新たなる可能性。
人はそれを、ときに〝奇跡〟と呼ぶ。
心の光に目覚めたティゼルは、新たな段に覚醒する。
そう。
この世界の人々は、その奇跡の力を扱う者たちをこう呼ぶ。
――――魔法使い、と。
「くそ……。くそ、くそ、くそぉっ――‼」
ザナトスは重力魔法を解除し、両手に新たな魔法を構築する。
広場ごと吹き飛ばす黒い太陽。
オルディア最強の魔法使いが誇る最大級の術式だ。
「広場もろとも全員、消し飛べ――‼」
巨大な黒球が撃ち放たれ、唸りを上げて迫る。
ティゼルは懐から魔刃の剣を引き抜き、起動させた。
得意の超加速に飛行魔法を重ねる。
「っ――⁉」
気づけば、黒球は魔刃の剣で真っ二つに裂かれ、ティゼルはザナトスのはるか上空にいた。
「こんな……。こんなことが……!」
現実を拒むザナトス。
広場の者たちが次々と立ち上がり、上空を見上げた。
「陛下!」
「ああ」
「ティゼル殿下が、ついに魔法を――!」
アルゼリウスを守っていたフラットが声を震わせる。
「シンク……」
レミはティゼルの圧倒的な力に言葉を失う。
「凄すぎるぜ、あの野郎……!」
「アイツは前から強かったけど、まさかここまで行っちゃうなんて……」
クラウスとリリアが唸る。
「すごい……本当にすごいよ、シンク!」
「今のアイツなら、ザナトスに勝てる!」
ゲイルとエニスの胸に、逆転の火が灯る。
「殿下……」
ヴァネッサは喜びと、ほんのわずかな不安を覚えた。
あまりに強くなり過ぎた背中。
もう自分の支えを要さないのではないか、という不安を。
「見下してんじゃねえぞ、クソがぁぁ――‼」
ザナトスが吠える。
彼がティゼルを特に嫌う理由。
それはもしティゼルが魔法使いなら、最強の自分すら殺せる器だからだ。
それは単なる魔力量の話ではない。
純粋な戦士としての資質。
例え魔法がなくても、策を弄せばアルゼリウスやルキウスすら殺せる自信がある。
――だが、ティゼルだけは違う。
「おらあああぁっっ――‼」
ザナトスの高速・高貫通のビーム連射。
ティゼルは最小の動きだけでその全てを回避した。
ザナトスには彼のような反応速度も動体視力もない。
続けて黒い魔弾が散弾のように拡散。
ティゼルは一瞬で“穴”を見抜き、一直線に潜り抜ける。
そしてザナトスには、彼のような超加速もない。
「ちぃぃっ――‼」
接近戦に備え、杖と拳を構える。
――が、次の瞬間にティゼルはザナトスの懐へ。
エレノアのシールドごと、ザナトスの胴が斬り裂かれた。
「があああああぁぁぁっっ――‼」
鮮血が胸を染める。
エレノアのシールドが通じず、動きもまったく付いていけない。
ザナトスはティゼルの剣技に対抗する術を持たない。
アルゼリウスは一撃目でギルベルトのシールドを破り、二撃目で仕留めようとしていた。
それは彼の主武装が魔装の拳ゆえ、接近の二段攻撃が必要だったからだ。
だがティゼルの剣はアルゼリウスの拳より速く、射程が長い。
一度の斬撃でシールド・ブレイクと本体への致命を同時に成す。
「この俺が、あんなガキに……」
深手を負っても、彼のプライドが倒れることを許さない。
エレノアを重力魔法で引き寄せ、彼女からエネルギーを吸い上げる。
その瞬間に闇のオーラが増幅。
ザナトスの手足が闇の魔力に包まれ、一気に巨大化した。
「……哀れだな、ザナトス」
太陽を背に、ティゼルは光と熱を吸い上げる。
右手の魔刃の剣が緑から青白い空の色に。
そして巨大な刃へと姿を変えた。
「貴君は力の使い道を誤った。貴君ほどの逸材ならギルベルト殿をも越える英雄になれたはずだ」
「……ギルベルトを越える? 今の俺がヤツに劣るとでも?」
「ギルベルト殿は強かった。しかし、彼が魔道に求めたのは“強さ”そのものではない。彼は純粋に魔法を愛していた」
「……」
「そして貴君は、いずれオルディアの王となる男。貴君はもっと人を愛するべきだった」
闇が沸き立ち、ザナトスの全身を黒い魔力が覆い尽くす。
「世を動かすは富と権力、そして純粋なる力! 口先だけの王に一体誰が従う⁉ 世は実力こそ全て! 他者を結ぶ唯一の信頼だ!」
ザナトスの矜持が轟く。
「正論だな、ザナトス。――だが、貴君の目に映る世界が世の全てではない」
「っ――」
「貴君の実力を知らぬ民は、どう評価する? 力だけでは全ての民と繋がることはできん」
ギルベルトなら、きっと同じことを言うだろう――と、ティゼルは思った。
「民との繋がり? 目に映らぬ力こそ愛だと抜かす気か、小僧!」
ザナトスが突進する。
巨大化した手足がティゼルに襲いかかった。
「貴君の実力が全人類の信頼を勝ち取っていたなら、世界は魔法使いの破滅など望まなかったはずだ」
ティゼルが巨大化した魔刃の剣を横一文字に振る。
それだけで巨大な手足がバラバラに裂けた。
「このガキィィィ――‼」
直後にザナトスの手足が再生する。
それ自体は彼の本体ではない。
「愛が全てを救い、導く――そのような綺麗事を並べるつもりはない」
ティゼルは静かに続けた。
「だが、それを否定できるほど貴君は人の愛に向き合ってきたか?」
「黙れぇぇっ――‼」
怒気が極まり、ザナトスは切り札を切る。
「ならば証明してみせろ! 貴様の言う愛とやらで、この女を救ってみせろ!」
ザナトスはエレノアの体を引っ掴み、またも彼女を盾にする。
ティゼルが溜息をついた。
「……残念だが、その役目は私ではない」
瞬間、ザナトスの腕が弾け飛んだ。
それは地上からの魔弾の銃の狙撃。
「っ――⁉」
地上を見るザナトス。
「――ルキウスっ‼」
広場近くの屋根の上。
ボロボロのルキウスが魔弾の銃を構えていた。
そう。
彼は死んでなどいなかった。
視線が逸れた刹那、ティゼルが動いた。
巨大な魔刃の剣を両手に構え、急接近。
「っ――⁉」
ザナトスは巨大な手足を丸め、全力でガードする。
「魔法使いが無能者を見下す時代は終わりだ、ザナトス。これ以上、魔法に人間の罪を背負わせるな」
ティゼルが刃を大上段に。
「「「いけえぇ、シンク~~っ‼‼」」」
生徒たちの声が重なる。
「ぜああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ――――‼‼」
全身全霊の一撃がザナトスに降りかかる。
巨大な手足が裂け、その奥のマジック・シールドに亀裂が走った。
「この俺が……、こんなガキに……!」
世界がスローモーションになる。
亀裂が広がるたび、闇一色の世界に光が差し込んでいく。
同時に、エレノアの額のマジック・アイテムにも大きなひびが入った。
「おれ……は……」
ザナトスの肉体は、刃の光熱に焼かれて塵となった。
エレノアを縛っていたマジック・アイテムが砕ける。
同時に気を失った彼女が地上へと落下していった。
「エレノア――!」
ルキウスの叫び。
ティゼルは魔刃の剣を収束し、急降下。
空中で彼女を抱きとめた。
「か、勝った……」
「ああ……。ザナトスの野郎をやりやがった……」
リリアとクラウスがつぶやく。
エレノアを抱えたティゼルが広場に降り立った。
「あのシンクが……、オルディア最強の魔法使いを……」
「本当に、やっつけちゃった……」
ゲイルとエニスはまだ夢見心地だ。
「ティゼル……。お前はついに、この父をも超えたか……」
「ここ数日、殿下には驚かされてばかりです……」
アルゼリウスとフラットが感嘆する。
「シンク……」
レミは学院で交わした話を思い出し、胸の前で手を固く結んだ。
「殿下……」
ヴァネッサは確かに喜び、同時に大きな差に膝が震えた。
この先、彼の足かせにならないか――それだけが怖い。
「ティゼル……。お前は本当にすごいヤツだよ……」
屋根の上でルキウスが空を仰ぐ。
すると彼の膝がふらりと揺らいだ。
「殿下!」
護衛騎士が駆け寄り、肩を支える。
「……大丈夫だ。問題ない」
「……とてもそうは見えませんが?」
「彼女を迎えに行かねば……。少しは強がらせてくれ……」
ルキウスは自ら階段へ向かう。
「――――はあ。ようやく静かになった」
自室のベッドで、カマトは毛布にくるまる。
そして彼は眠りに落ちた。
エレノアを抱くティゼルのもとに、人々が集まる。
「ティゼル。見事な戦いぶりだった」
アルゼリウスが言った。
「あのザナトスを倒すとは、未だに信じられません」
フラットの声が震える。
他の者も同じ思いだった。
「出迎えは嬉しいが、道を開けてくれ。私にはまだやることがある」
「「「……?」」」
フラットにエレノアの身を預け、ティゼルが歩き出す。
向かったのはキースとメリーのもと。
「……」
膝をつき、二人の容体を確かめる。
「(息はある……。だが、このままでは……)」
急所は外れたが傷は深く、出血も激しい。
今の医療ではとても追いつかない。
「私に、お任せください」
「……?」
意識を取り戻したエレノアがフラットに支えられ、やってくる。
この二人を救える可能性――それは彼女の奇跡の力だけだ。
「エレノア殿。そなたは先の戦いでかなりの体力を消耗している。これ以上は危険だ」
「いえ、やらせてください。今の私にできることは、全て」
エレノアがキースたちに癒しの術を施す。
その間にティゼルはアルゼリウスと現実的な話を交わした。
「父上。この一件、一体どうなるのでしょう?」
「難しいな。我らは戦に敗れたが、前線指揮官のザナトスは降伏を認めなかった。加えて中枢の要であるギルベルト殿も亡くなった。――可能性は五分といったところだ」
「……」
終戦か、継戦か。
鍵はオルディア側にある。
広場にいる誰もが、終わりを願っていた。
「……申し訳ございません、ティゼル王子」
エレノアの声に、ティゼルとアルゼリウスが振り向く。
その場に生徒たちも集まっていた。
「どうやら私にできるのは……、ここまでのようです……」
彼女の声が震えている。
「男の子の方は、このまま治癒を続ければ助かります。ですが、こちらの少女は……」
「そんな……」
レミが口を押さえる。
「残念ながら、彼女は――〝魔核〟を撃ち抜かれております」
「……そうか」
ティゼルが静かに目を閉じた。
「おい! なんだよ、その魔核って⁉」
クラウスが問う。
「魔核は魔法使いにおける〝第二の心臓〟と呼ばれる器官です。これを失うことは、文字通り魔法使いの死に直結します」
「つまり、もう二度と魔法が……?」
エレノアが首を横に振る。
「それだけではありません。魔法に覚醒した瞬間から、魔核は人体の生命活動器官に組み込まれていきます。元より小さなお体です。おそらく覚醒の時期も早かったのでしょう。魔核から伸びる魔力回路が全身に浸食しております」
「それじゃあ、メリーはもう……」
「はい。今の彼女は本来の心臓を失った無能者と同じ状態。魔核の再生手段がない以上は……」
重い沈黙。
そこへルキウスがやってくる。
「話は聞かせてもらった」
「る、ルキウス様……⁉」
久方ぶりの再会。
しかし、とても喜べる気分ではない。
「君が悪いわけじゃない。……子どもたちを巻き込んだ私の責任だ」
そう言って彼はエレノアの肩に手を置いた。
……誰も彼を責めはしない。
戦場では誰がこうなってもおかしくなかった。
ティゼルを連れ戻した後、戦場に残ると決めたのは生徒たち自身。
メリーもキースのために自分の意思で来たのだ。
「俺は認めねえぞ……、こんなの……」
クラウスが拳を震わせる。
「おい、メリー! てめえはキースのメイドだろ⁉ 主人の許可なしに勝手に死んでんじゃねえよ!」
「よせ、クラウス!」
フラットに止められ、クラウスの目から大粒の涙がこぼれた。
「あんまりだろ……、こんなの……」
クラウスの膝が崩れ、彼は両ひざをついて顔を伏せる。
「俺たちは誰も死なせないためにここまで来たんだぞ……。なのに、なんで……。よりによってお前なんだよ……!」
彼の叫びは、大人たちの胸にも刺さる。
第一魔法小隊の魔法使いたちは思った。
この悲劇を招いたのは自分たち大人の責任だと。
学院の件もそうだ。
例え職や命を失おうと、決して子どもたちを巻き込んではならなかったのだ。
しかし、その後悔はあまりにも遅すぎた。
「一つだけ、彼女を救う手立てがあります……」
「「「っ――⁉」」」
エレノアの言葉に、その場の全員が食いつく。
「……」
ある一人の男を除いて……。




