第28話
時は少し遡る。
生徒たちが広場から逃走を始めて間もない頃。
「キース様! 敵が来ます!」
「ああ、わかっている!」
キースは箒の後ろにメリーを乗せ、二人乗りで逃げていた。
相手は第一魔法小隊所属の優秀な魔法使い。
いくらメリーが小柄でも、二人乗りではすぐに追いつかれてしまう。
「メリー! かなり手荒い運転になる! 絶対に手を離すなよ!」
「はい、いつでも――!」
メリーがキースの体にぎゅっとしがみつく。
追手は五人。
キースは数の利が働きにくい狭い路地を選んで逃げたが、こちらは二人乗り。
どうしても小回りが利きにくい。
やがて二人は、あっという間に射程圏内へと捉えられてしまった。
「キース様は前だけ見ててください! 私が後ろのヤツらをやっつけます!」
「ダメだ、メリー! 君は防御魔法だけに集中するんだ!」
魔法使いたちは遠慮なく攻撃魔法を撃ち込んでくる。
「な、なんで攻撃しちゃダメなんですか⁉」
「君の攻撃魔法じゃヤツらは倒せない! 相手の火に油を注ぐだけだ! こちらから手を出して良いことなんて一つもない!」
かといって、それで敵が手を抜くわけでもない。
反撃しなければ追いつかれるのは時間の問題だ。
「……何か手はあるんですか?」
「……」
一番現実的なのは、敵が目を離した隙に身を隠すこと。
まともにやり合って勝てる相手ではない。
二人の間に長い沈黙が流れる。
「キース様……。私を降ろしてください……」
「っ――⁉」
「二人は無理でも、キース様お一人なら――――私が必ず何とかしてみせます!」
「バカ言うな! 君を置いて僕一人で逃げろと言うのか⁉ 僕にそのような選択肢は必要ない!」
「キース様!」
「そんなことより、これから建物の窓に突っ込む! 君は全力でサポートしてくれ!」
狭い路地から大通りに出る瞬間が一番危ない。
先回りの待ち伏せを食らう可能性が高いからだ。
キースには、こちらの行動が相手に読まれ始めている感覚があった。
敵が仕掛けてくるなら、そろそろ。
ならば、このタイミングで賭けに出るしかない。
「メリー! 今だっ!」
「っ――!」
キースは路地から大通りへ飛び出し、速度を落とさず正面の建物の窓へ突入。
室内に転がり込むと同時に攻撃魔法を叩き込み、奥の壁を破壊――その爆風を逆手に取って急制動をかけた。
すると大通りで待ち伏せていた魔法使いたちが言った。
「……俺たちは上から建物の反対側に回り込む。お前らはここで見張っててくれ」
「わかった」
追跡隊は二手に分かれ、キースたちを完全に包囲する。
「メリー。……無事か?」
「はい。問題ありません」
派手に転んだものの、大きな怪我はない。
「メリー。今から僕の言うことをよく聞いてくれ」
キースはメリーの両肩に手を置いた。
「……残念だけど、僕たちはここでお別れだ」
「え……?」
キースがメリーの額に杖先を当てる。
「キース様……。いったい……」
その瞬間、柔らかな眠気がメリーを包み込んだ。
彼女はキースの眠りの魔法で、その場で静かに意識を手放した。
キースは素早くメリーを背負い、階下へ向かう。
「……どうする? 建物ごと吹き飛ばすか?」
「それも一つの手だが……」
外では魔法使いたちが相談していた。
二階は土煙で視界が塞がっている。
やがて、一階の出入口からメリーをおぶったキースが姿を現す。
「……何だ? 投降する気か?」
「だが、上の命は生徒の皆殺しだろ? このまま始末した方がいいんじゃねえか?」
「……判断を急ぐな。とりあえず下に降りよう」
魔法使いたちは地上へ降下した。
「あなたはギルベルト様のお孫様――――キース・ブラウン殿ですね?」
「はい」
「この場に姿を現した以上、投降の意思があると見てよろしいですね?」
「はい。僕たちはあなた方に投降いたします」
「「「……」」」
「捕虜となる前に、僕から一つお願いがあります」
「……内容次第ではありますが、聞きましょう」
「この娘はメリー・ルーク。僕の仲間ですが、王立魔法学院の生徒ではありません。ブラウン家に仕えるメイド見習いです」
キースはメリーを紹介し、深く頭を下げた。
「僕は大人しくあなた方の命に従います。その代わり、彼女の命だけはどうか見逃していただきたい」
「「「……」」」
魔法使いたちは少し考える。
「……それは、ここにいる我々だけでは判断できません。上の許可が下りれば叶うかもしれませんが、もし不可とされたなら――――」
そこから先は言葉が続かなかった。
「そう……ですか…………」
キースの表情が陰る。
「……杖をお渡しいただけますか?」
「……」
キースは素直に従った。
「何だよ、この空気……? まるで俺たちが悪者みたいじゃねえか……」
後方で待機していた魔法使いがぼやく。
「せめて女の子だけでも逃がしてやりたいが、そんなことをしたら今度は俺たちの首が飛ぶ」
魔法使いたちは上の命令には逆らえない。
「それではキース殿。ご同行願います」
キースが広場へ連行されかけた――――その瞬間。
「「「っ――⁉」」」
魔法使いたちの足元で一発の魔弾が弾けた。
「何者だっ⁉」
魔弾の銃を構えながら現れたのは、住民の避難を優先して動いていた【第2班】を率いるヴァネッサだった。
周囲の建物の屋上にドレッドノート隊員が一斉に姿を現す。
「あなた方にはキース・ブラウンとメリー・ルークの身柄の引き渡しを要求します。建物の裏に回っていたあなた方のお仲間は、こちらが片づけました」
「「「っ――」」」
「ご心配なく。彼らはまだ生きております。――――〝今はまだ〟」
仲間を人質に取られた魔法使いたちに選択肢はない。
――――ところが。
「待ってください!」
キースがメリーを背負ったまま前に出る。
「彼らは皆殺しの命が出ているのにも拘わらず、僕の投降を受け入れてくれました。このタイミングで銃を向けるのは、道理に反します」
「一体何がおっしゃりたいのです?」
ヴァネッサが問う。
「助けに来てくれたことには感謝しています。しかし、それは今ではない。刃を再び交えるのは、僕たちの引き渡しが終わってからにしていただきたい」
「……」
キースの言葉は確かに筋が通っている。
しかし、ここは戦場だ。
戦争に道理は必要ない。
「キース・ブラウン。あなた方の行く先には、彼らの仲間が大勢います。今が最後の好機かもしれないのですよ?」
「それでも構いません。僕はオルディアの貴族として、あなた方の撤退を申し願います」
短い沈黙の後、ヴァネッサは魔弾の銃を下げた。
「そこまでおっしゃるのなら、この場は手を引きましょう。我々は一足先に広場へ向かいます」
建物の屋上にいたドレッドノート隊員は、そのまま撤収。
ヴァネッサも速やかにその場から去ろうとした。
「お待ちください」
キースの杖を預かっていた魔法使いが口を開く。
「我々はキース・ブラウンおよびメリー・ルークの引き渡しに応じます。――記録上は『投降を受け入れていない』という前提を整えたうえで」
「「「――⁉」」」
「代わりに、あなた方が捕らえた我々の仲間を解放していただきたい。彼らは我々にとって大切な仲間です」
予想外の提案に、ヴァネッサはわずかに目を細める。
「……キース・ブラウン。いかがいたしますか?」
「え……?」
「私はこの交渉に応じても良いと考えます。少なくとも、我々が捕らえた魔法使いたちは本戦には復帰できません」
すなわち、人質を返しても戦力差は広がらない。
対してキースとメリーはすぐ前線に戻れる。
ヴァネッサにとっても悪くない条件だ。
「彼らが無事に帰還できるなら、僕はそれで構いません」
「……交渉成立です」
【第2班】は捕らえた魔法使いたちを解放し、魔法使いたちはキースとメリーをヴァネッサへ引き渡した。
「それでは、我々はこれで……」
ヴァネッサたちはキースらを伴い、その場を離れる。
「すまねえ……。俺らがドジ踏んだせいで、せっかくの捕虜が……」
戦闘不能にされた魔法使いが謝罪の言葉を口にする。
「いいって。お前らが無事で何よりだ……」
「……」
「そもそも子持ち世代の俺らに“ガキの皆殺し”なんて作戦が無理な話だったんだ。兵士としては落第かもしれねえが、そこまで非情にはなれねえよ」
交渉を持ちかけた魔法使いが、本音を漏らす。
「……はあ。情けねえ話だ」
「……?」
「今のを聞いて、すっかり安心しちまった。みんな考えてることは同じだったんだな……ってよ」
ドレッドノートに叩きのめされたことよりも、“子どもを殺さずに済んだ”ことに彼らは心底ほっとしていた。




