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第3話

「〈学院長! 私の話を聞いてください!〉」



 フラットが自身の声を魔法で拡声し、生徒たちを黙らせた。



「確かに彼は本日を境にこの学院から去ろうとしていた! ですが彼がこの日を選んだのは遠方からお越しになった特別講師の方や、これまでお世話になった先生方にご挨拶をするためです!」



 彼に注目が集まった。



「フン。そのような言い訳はいくらでも用意できる」



 フラットの説明に対し、キースが言った。



「キース・ブラウン。少し口を閉じていなさい」



 そう言って学院長がキースを黙らせる。



「――――続けなさい、バミルス」



「彼が学院を去るのは魔法使いとしての自分に見切りをつけた――――それは事実です。しかし、彼は学院を去る前に私の大切な願いを聞き入れてくれた」



 フラットがシンクに近づき、彼に向かって右手を差し出した。



「シンク。〝例のもの〟を」



「……」



 シンクが懐からずぶ濡れの手紙を取り出し、それをフラットに手渡した。



「こちらをご覧ください」



 そう言ってフラットは学院長に手紙を差し出した。



「状況が状況ですので、できれば他の先生方にも確認していただきたい」



「……」



 学院長が魔法で手紙を乾かし、封を切る。


 その中身を見た瞬間に学院長の目が大きく見開かれた。



「こ、これは――⁉」



 学院長が手紙とフラットを交互に見比べる。



「学院長……。もしやこの手紙は……」



「ええ、間違いありません……」



 学院長がサポートアイテムのモノクルを使って手紙を再確認した。



「これはオルディアの第三王子――――カイネル殿下の直筆の手紙です」



「「「っ――⁉」」」



 かつてないほどの動揺が広がった。



「手紙の内容は――――なるほど。確かにこれは彼にしかできない仕事ですね」



 一同の視線がシンクに向けられる。


 手紙の要旨はこうだ。



〈王立魔法学院にリュオール出身の生徒がいると聞いた。その者にリュオールの穏健派である第二王子のティゼル殿下に宛てた親書を託したい。そのための同意書に学院長の署名が必要だ。戦争回避のためにぜひご協力願いたい〉



 つまりシンクは戦争回避のため、カイネル殿下の(めい)に従ったに過ぎない。


 学院長たちの目に哀れみの色が浮かんだ。



「フン。そんなものは偽物に決まっている!」



 キースが言った。



「なぜ平民の君がカイネル殿下から手紙など預かっている⁉」



「……」



 一拍置いてからフラットが彼の質問に答えた。



「それは――――私がカイネル殿下と縁のある貴族だからだ」



「「「っ――⁉」」」



 事情を知らない教師や生徒は驚きの連続である。


 実力は元よりフラットは顔立ちの良い気品のある生徒だ。


 彼の正体が貴族だとしても不思議はない。



「キース・ブラウン。あなたの言う通り、今はこのような状況です。(ゆえ)に、今回の過失については大目に見るとします」



 学院長が言った。



「しかし、これ以上の身勝手な振る舞いはこのわたくしが断じて許しません。たとえそれがブラウン家のご子息であるあなたであっても」



 学院長に釘を刺され、キースは頭を下げながら渋々引き下がっていった。



「シンク。大丈夫……?」



 レミがシンクを気遣うが、彼は何も答えない。



「どうやら大きな誤解があったようだ」



 キースが二人に歩み寄る。



「このキース・ブラウンが代表して謝罪しよう。貴族としての僕の名に免じて、どうかこの不始末を水に流してほしい」



 キースに差し出された右手に対しても、シンクはやはり無反応だ。



「……まあいい。今回はこちらに非がある。いかなる無礼もこの僕は許そう」



 キースは偽りの笑みを残し、二人に背を向けた。



「何よ、偉そうに……。どこまで上から目線なのよ……」



 レミが小さく愚痴をこぼす。


 するとシンクがようやく口を開いた。



「許してもらわなくて構わないよ、キース……。僕は君たち魔法使いに失望した……」



 そう言って彼はゆっくりと床から立ち上がる。



「はて……。それは一体どういう意味かな?」



 キースが足を止め、後ろに振り返った。



「そうだね。もっとわかりやすく言うなら――――」



 一拍。



「〝貴君はこの私を本気で怒らせた〟」



「「っ――⁉」」



 シンクの声や口調が別人のように変わっていた。


 レミとキースはいつもと違う彼の雰囲気に驚いている。



「(シンク……?)」



 学院長たちの側にいたフラットもシンクから異様な気配を感じていた。


 すると次の瞬間――――



「「「っ――⁉」」」



 講堂の窓を突き破り、黒いマントの集団が講堂内になだれ込んできた。


 黒いマントの集団は、その全員が特徴的な仮面をつけている。



「(まさか、コイツら……⁉)」



 その存在に心当たりがあったフラットは即座に察した。


 対魔法使い戦に特化した特殊機動部隊――――ドレッドノート。


 教師陣や卒業生は辛うじて冷静だが、在学生はパニック状態だ。



「出入り口を封鎖しろ! 誰一人ここから出すな!」



 ドレッドノートのリーダーらしき女性が号令を出す。


 出入り口に構成員が立ちふさがり、生徒たちは中央へと追いやられていった。



「学院長! シールドが機能していません! 講堂の外は既に制圧されている模様!」



「……」



 教師の一人から報告を受けた学院長が苦い顔をする。


 学院内の全生徒が人質に取られている状況だ。



「シンク……?」



 レミは不思議に思った。


 何故かシンクだけは他の生徒とは違い、自由を許されていたのだ。


 するとリーダー格の女性がシンクの前でひざまずく。



「お迎えに上がりました、殿下。――――こちらをお召しください」



「ご苦労、副隊長。私はこれより原隊に復帰する」



 そう言ってシンクは〝副隊長〟から受け取った仮面をつけ、同じく黒いマントを羽織った。



「陛下から伝言を承っております。――――〝全ての判断は殿下に委ねる〟と」



「……」



 それらの光景からフラットは全てを悟った。


 シンクの言葉に潜んでいた伏線が一本に繋がる。



「ねえ、シンク! なんでその人たちと同じ格好してるの⁉ なんでその人と親しげに話してんのよ⁉」



 レミが叫んだ。


 周囲も同じ疑問を抱いている。



「シンクなどではない――――」



 そう言って彼は、そこに集う全ての者たちの前で正体を明かした。



「我が名はティゼル・オーギュスト・アイネスヴェルグ! リュオール王国第二王子にして、我が父――――アルゼリウス・オーギュスト・アイネスヴェルグの名のもとにリュオール全軍の指揮を委ねられし者!」



「「「っ――⁉」」」



 学院の教師や生徒は自身の愚かさを激しく呪った。


 彼らは戦争回避の唯一の希望を失ったばかりか、決して怒らせてはいけない人物の逆鱗に触れてしまったのだ。



「ウソだろ……。こんなのアリかよ……」



 キースの取り巻きの一人がそうつぶやいた。


 かつてのティゼル王子は〝私兵〟(ドレッドノート)を率いる少数精鋭の隊長に過ぎなかった。


 だが今は違う。


 彼はリュオールの全軍を統べる指揮官として国王に任命されるほどに成長していたのだ。



「我はここに宣言する! 我がリュオール王国は、貴国オルディア王国に対して――――宣戦布告する!」



 ティゼルの声が講堂に響き渡る。


 宣戦布告。


 それがただの冗談でないことは誰の目にも明らかだった。



「み、見ろ……! やっぱりだ……!」



 キースが全身を震わせながらティゼルを指さす。



「アイツはリュオールから送り込まれたスパイだったんだ!」



「「「……」」」



 自分は悪くないとでも言いたげな物言いに周囲が怒りを募らせる。



「……確かに私はオルディアの内情を探るべく王立魔法学院に潜入した。だがそれは貴国の機密情報を得るためでも、我が軍を密かに引き入れるためでもない」



 情報を探るだけなら王子自ら動く必要はない。


 ティゼルは自分自身の目でどうしても確かめたいことがあったのだ。



「我が敬愛する兄上の意志を継ぎ、戦争回避のための手がかりを集める。それが私本来の目的だった」



 彼の兄こそ前回の騒動を収め、今は世界を見て回る旅に出ている第一王子(ルキウス)その人である。


 レミとフラットだけは、ティゼルの言葉に偽りがないことがわかった。



「リュオールだけではない。世界は諸君ら――――魔法使いの破滅を望んでいる。オルディアの思想に囚われし愚かなる魔法使いたちの破滅を」



「「「……」」」



「しかし、我が兄は武力による解決など望んでいなかった。(ゆえ)に私は父上の反対を押し切り、私自らオルディアの魔法使いを見定めんと決意した。――――魔法使いとしての素質がない無能者としてな」



 ティゼルが最後の言葉に強い圧をこめる。


 「そしてその結果がこれだ……」と、彼は(あと)からつけ加えた。



学院(ここ)で得られた情報は戦争を回避するどころかそれを後押しするものばかりだった。世界は魔法使いの存在を決して許さない。(ゆえ)に諸君らには――――ここで死んでもらう」



「「「っ――⁉」」」



 生徒たちの間に大きな動揺が広がった。


 中には泣きべそをかく者までいた。


 しかし、ここは王立魔法学院。


 大人しく死を受け入れる生徒ばかりではない。



「ふざけんな! 誰がてめえみたいな無能者に殺されてやっかよ!」



「そうだ! いくら全軍の指揮官つったって、所詮はただの無能者だろ!」



 それらの言葉を皮切りに、腕に自信のある生徒たちに火が点き始めた。



「〈よせ、やめろっ!〉」



 フラットが魔法で声を拡声するが、周囲の罵声にかき消されてしまう。



「〈皆さん、お静かに!〉」



 それは学院長についても同様だった。



「いかがなさいますか?」



 副隊長がティゼルにたずねた。



「耳障りだ。ヤツらを少し黙らせる」



 そう言ってティゼルは生徒たちの方へと歩き出した。



「殿下自ら?」



「その方が効率的だ」



 ティゼルが懐に忍ばせていた剣を抜く。


 しかし、その剣には刃がついていない。


 それが戦闘用のマジック・アイテムだと気づけたのは、実戦経験のある教師や卒業生だけだった。



「いくぞ、みんな!」



 やる気のある生徒たちがティゼルの前に出る。


 そこはまだティゼルの剣が届く距離ではなかった。


 すると次の瞬間――――


 ティゼルの姿が消えた。



「「「っ――⁉」」」



 その動きは杖を構えるよりも速く、普通の人間では目で追うことすらできない。


 気づいたときには――――死。 


 ティゼルに歯向かった十数人の生徒たちは、一瞬でバラバラに斬り裂かれていた。


 直前まで人の形をなしていた肉塊が床に折り重なる。


 生徒たちは何が起きたのか理解が追いついていない。



「弱い……。この程度の実力でよく無能者を見下せたものだ」



 ティゼルの剣から緑色に光る刃が出現していた。


 彼が愛用している武器の名は魔刃の剣(アルス・ブレード)


 使用者の魔力を高密度の刃に変化させる戦闘用のマジック・アイテムだ。



「うそ……」



 レミはその場で腰を抜かしてしまった。


 彼女の目には涙が滲んでいる。


 あの〝シンク〟がなんの躊躇もなく人を殺してしまった。


 彼女はその事実を現実として受け入れられなかった。


 

「(噂には聞いていたが、まさかこれほどとは……)」



 フラットの額から冷や汗が流れる。



「(ティゼル・オーギュスト・アイネスヴェルグ……。リュオール王国第二王子にして国王アルゼリウスをも上回る最強の魔刀使い(アルス・ブレーダー)……」



 ティゼルの強さはフラットの想像をはるかに超えていた。


 それでも彼は現状を切り抜ける方法を必死に考え続ける。



「(ドレッドノートの構成員は全部で二十人足らず……。ここにいるのはその半分……。おそらく講堂の外にも見張りがいるはずだ……)」



 頭の中で学院の構図を描き、見張りの配置場所などを予測する。



「(ヤツらの武器は全て戦闘用のマジック・アイテム……。ヤツらの機動力に対抗するのは難しい……。だが箒を使って空中戦に持ち込むことができれば……)」



 しかし、魔法使いたちの箒は全て自室に置いてあった。


 ドレッドノートが講堂内に魔法使いを閉じ込めた一番の理由は、まさにそこにある。


 空を自在に飛び回る魔法使いに対抗できるのは〝基本的に〟同じ魔法使いだけである。


 地上から空の敵を撃ち落とすのは、対魔法使い戦に特化した戦闘部隊(ドレッドノート)といえど至難の業だ。



「な、何なんだよ、お前は……!」



 ティゼルの強さに恐怖した男子生徒の一人がいきなり叫び始めた。



「魔法使いの存在を否定しておいて、自分は魔法を使ってんじゃねえか……!」



 残念ながら、それはあまりに的外れな見解である。



「フン。無知な発言は己の愚かさを余計に(さら)け出すだけだぞ」



 ティゼルが言った。


 そして学院長が彼の代わりに説明する。



「ティゼル殿下の武器は魔法ではありません。そもそもマジック・アイテムとは内部に施された術式が使用者の魔力に反応し、様々な〝魔術〟を展開させる――――いわば誰にでも扱える汎用器具です」



「「「……」」」



「無論、殿下みたく魔法が使えない無能者が術式の展開速度を上げるにはかなりの鍛錬が必要です。一度に多くの教え子を失ったのは非常に残念ですが、先ほどの剣技は見事という他ありません」



 そう言って学院長はティゼルの方を見た。



「お褒めに預かり光栄です、ミス・マドール」



 ティゼルが学院長に向かって頭を下げる。



「さらに礼を申し上げるならば、ご説明のおかげで私は愚か者を相手に無駄な体力を消耗せずに済んだ」



「……」



「聞いたか、愚かな魔法使いたちよ。つまりこれは、魔力のある者なら素人でも扱える平凡な武器に過ぎない。そしてそれは我がリュオールの理念でもある平等を示すものだ」



 そう言って彼は生徒たちに魔刃の剣(アルス・ブレード)の切っ先を向けた。



「それでは戦いの続きだ。戦争は既に始まっている」



 ティゼルの言葉に生徒たちは絶望の表情を浮かべた。



「なんでだ……。どうして俺たちがこんな目に……」



 男子生徒の一人がそうつぶやく。



「お願い、シンク! もう止めてっ!」



 レミが叫んだ。



「殿下! 我々にはあなた方に対する抵抗の意思はない! 私に機会をお与えください! 必ずやカイネル殿下と共に上層部を説得し、我が国の現状を変えてご覧に入れます!」



 フラットが大声でティゼルを説得した。


 しかし、二人の必死の訴えすら今の彼には届かない。



「何を言う? 私はこの場で戦いの意思こそ示したが、実際にそれを始めたのは諸君らの方ではないか」



「っ――」



「全ては無能者を見下し続けた魔法使いの傲慢さが招いたこと。今さら諸君らの話に耳を貸すつもりはない」



 仮面の奥に映るティゼルの瞳はあまりに冷たく、そして誰よりも激しい怒りの炎に燃えていた。


 フラットは悟った。


 もう何を言っても無駄なのだと。


 そして彼は覚悟を決める。


 こうなったら力づくでもティゼルを止めるしかない、と。


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