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第23話

 第一魔法小隊の副官として現れた聖女エレノアに、ティゼルが舌を打つ。



「あの者が何故ここに……? 彼女は正規の軍人ではなかったはずだ」



 フラットが答える。



「いえ、それは彼女が第一王子(ザナトス)と〝婚約を結ぶ〟以前までの話です。彼女は魔法使いではありませんが、聖導師としては一級の使い手。オルディア王家は聖女の血を取り込むだけでなく、彼女自身の力までも軍事利用してしまったのです」



 魔法使いの治癒魔法と聖女(エレノア)の癒しの力――。


 同じ治癒でも回復力は雲泥の差だ。


 しかも彼女の神聖術による防御シールドは、魔法使いのマジック・シールドを大きく上回る。



「しかし、穏健派の彼女が何故それを了承した?」



「彼女の額をご覧ください」



 ティゼルは指摘どおり、エレノアの額を注視した。


 宝石型のマジック・アイテムが取り付けられている。



「あの魔晶石は取り付けた相手の意志を封じ、文字どおり操り人形にしてしまう禁忌の遺物です」



「つまり聖女エレノアは、あのマジック・アイテムでザナトスに操られているということか……」



 状況を一言で言えば、大ピンチだ。


 ただでさえ空からの魔法飛行部隊は厄介。


 こちらの対抗手段は地上からの狙撃と、経験の浅い生徒たちの飛行魔法のみ。



「そんなことより、どうにか言ってアイツら追い返せないの⁉」



 リリアが叫ぶ。



「いきなり攻撃してくるなんて、どう考えても条約違反じゃない⁉」



「……いや、場合によってはそうはならない」



 ティゼルが低く答えた。



「これは私の責任だ。私はザナトスの力を甘く見過ぎていた」



「……どういうこと?」



「最初の事件。私は学院の生徒たちから手を出させるために罠を張った。おそらくザナトスは、あの日の光景を〝水晶玉〟のマジック・アイテム越しに見ていたのだ」



「「「っ――⁉」」」



「だがザナトスは敢えて諸国間問題にはせず、反撃の機会を待った。そして今回、奴は私の宣戦布告を逆手に取り、外交ルートで『それを受諾していた』ことにしてしまった。実際どうであるかは関係ない。現に奴らは我々の攻撃で被害を受けている。それを口実に我々の口を封じ、あとは思いどおりに事を運ぶつもりだ」



「……つーことは、アイツは人質に取られた俺たちを助ける気なんて最初からなかったってことか?」



 クラウスが唸る。



「真実を知る者は邪魔になる。奴らの攻撃対象には、王立魔法学院の生徒たちも含まれているはずだ」



「くそっ! 戦争に勝つためなら何でもアリかよ……」



 ザナトスは女子供を含む民間人への攻撃に一片のためらいもない。


 むしろ殺し自体を楽しんでいる節すらあった。



「学院のひよっこ共は別口で探す予定だったけど、手間が省けた。ここで全員まとめて()っちゃうよ」



 ザナトスが笑う。



「各員、好きにやっちゃっていいよ。死にたくなかったら高度はこれ以上下げるな」



 第一魔法小隊の隊員たちが左右に展開。


 空からの一斉射撃で全てを殲滅するつもりだ。



「私たちが奴らを抑えます。ジャガーノート隊、出撃準備――」



「待て、早まるな!」



 ティゼルがフラットを制した。



「相手はオルディア屈指の精鋭。数も力も劣る諸君らでは相手にならん」



「しかし、誰かが止めなければ、この街は!」



「今は耐えろ。間もなく副隊長が援軍を連れてくる。それまで自分の身を守ることだけに専念しろ」



 ここは王都アイネスヴェルグ。


 ここにはアルゼリウスやルキウスもいる。


 味方を揃えれば、力量差も数で覆せる。



「じゃあ早く建物の陰に――」



「いや、建物の側は瓦礫の下敷きになる可能性が高い」



 ティゼルがレミを制す。



「低空飛行で周囲に散開しろ。各班の隊員を発見次第、現状を通達。奴らの射程には絶対に踏み込ませるな」



「……シンクたちはどうするの?」



「我々はここで奴らを引き付ける。遠方射撃にやられるほど、我々はヤワではない」



「そんな! それじゃあシンクたちを囮にして逃げろって言ってるようなもんじゃない⁉」



「自分の身くらい自分で守れる。私はそのように鍛えてきた。だが諸君らを庇いながらでは、それができない」



「……」



「さあ、早く行けっ! 私とてこのような場所で死ぬつもりはない! 〝我々〟はまだ始まったばかりだ!」



 ヴァネッサを置いて一人で死ぬつもりはない。


 ティゼルの言葉に、レミは彼の本気を感じた。



「その言葉、信じるよ、シンク……」



「……」



「……みんな、シンクの言うとおりにしよう!」



 レミが声を張る。



「各班、二人ずつに分かれて行動! その方が連携が取りやすい」



 フラットが指示を重ね、生徒たちは箒に(またが)り、速やかに散開を開始した。



「……あれ? ガキ共を逃がすつもりかな?」



 上空のザナトスが目を細める。



「足手まといを外すのはわかるけど、面倒だな……」



「ほっほっほっ、そうはさせません」



 ギルベルトが両手のひらを合わせた瞬間、彼を中心に巨大な魔法陣が幾重にも展開される。



「バカな、あれは――⁉」



「大魔法術式――⁉」



 ギルベルトが両手を広げると、広場一帯を覆い尽くす規模のバリアが張り巡らされた。



「ちょっ、なにこれ⁉」



 リリアが悲鳴を上げ、生徒たちも異変に気づく。



「このバリアは外側からの侵入は可能ですが、内側からは出られない」



 ギルベルトが告げる。


 

「さあ、殿下。やるならお早めに。大魔法術式の長時間維持は、この老体にはさすがに堪えますでな……」



「やるじゃん、ギルベルト。……でも、いいの? あの中にはアンタの孫もいるんだろ?」



「この程度の苦難を乗り切れぬようでは、あなた様に仕えさせる価値もない。キース・ブラウンが〝まことに〟私の孫なら、何かしら可能性を見せましょう」



「なるほど、悪くない趣向だ。この試練を無事に乗り切れたら、俺の配下に加えてやらんでもない」



「ほっほっほっ。ありがたきお言葉。あなた様のご満足を得られんことを願うばかり」



「……少しやる気が出ちゃったな。――この俺が直々に試してやる」



 ザナトスは隊員への一斉射撃命令を撤回する合図を出した。



「なんだこのバリア⁉ 外に出られねえぞ!」



 地上のクラウスが拳で叩く。



「ちょっと、クラウス……」



「あん?」



「あれ……、何?」



「……?」



 リリアの視線の先。


 広場上空。


 ザナトスが右手を掲げ、手のひらに黒い魔力を凝集させている。


 黒い塊はみるみる膨張し、黒い太陽のごとく巨大化。


 広場を凌ぐ規模にまで肥大していた。



「あんなのを落とされたら、骨も残らねえぞ……」



「私たち……ここで死ぬの?」



「誰かが止めなきゃ、そうなる……」



 二人は半ば覚悟しかけていた。



「ザナトス……。市街地のど真ん中であれを放つ気か……」



 フラットが呻く。



「フラット、あれって一体……」



「あれは周囲の大気を一点に圧縮する重力魔法。圧縮した大気を一気に解放し、凄まじい衝撃波を生む――強大な魔力を誇るザナトスにしか扱えない、奴独自の魔法だ」



「殿下、我々はどうすれば?」


「……」



「殿下⁉」



 ティゼルは答えられなかった。


 ザナトスの力は、想像をはるかに超えている。



「(やはり手段を選ばず、オルディア王家の暗殺を速やかに完了しておくべきだったのか……)」



 後悔が喉を焦がす。



「(すまん、ヴァネッサ……。私は、あまりに無力だ……)」



 ティゼルは拳を固く握りしめた。



「それじゃあ、いっくよ~♪」



 ザナトスが魔法を地上へ放とうとした、その瞬間――――



「――――がぁっ⁉」



「「「っ――⁉」」」



 突如、ザナトスの右腕が吹き飛んだ。



「殿下っ‼」



 ギルベルトが大魔法術式を解除し、傾いだザナトスの体を支える。


 第一魔法小隊に動揺が走った。



「殿下、お気を確かに……!」



「っ~~!」



 地上でその光景を見たティゼルは、心の底から安堵の息を漏らす。



「……さすがです、兄上」



 上空でギルベルトは襲撃者を必死に探る。



「くっ、どこから……⁉」



 ザナトスは歯噛みし、左手で懐から水晶玉型のマジック・アイテムを取り出した。


 それを使い、襲撃者の正体を探る。



「やはり、お前か……。ルキウス……」



 水晶玉に映ったのは、城の屋上で魔弾の銃(アルス・バレット)のスコープを覗くルキウスの姿。


 ルキウスが再び引き金(トリガー)を絞る。


 次の瞬間、ザナトスの左手にあった水晶玉が砕け散った。


 ザナトスが目を見開き、ギルベルトが彼を庇う。



「ルキウス・オーギュスト・アイネスヴェルグ……。まさか、あやつがこの国に戻っていたとは……」



「……」



「殿下、ここは一時撤退を!」



 ザナトスは首を振る。



「ギルベルト……。この俺に恥をかかせたまま引き下がれと言うのか?」



「しかし、その傷では!」



「少しは落ち着け。何のためにエレノアを第一魔法小隊に加えた?」



 ザナトスの命で、エレノアが癒しの光を注ぐ。


 白光が腕を包み、失われた右腕がみるみる再生していった。



「……今のはさすがに痛かったな。このままじゃ気が収まらない。――――ギルベルト、広場の連中はお前が一掃しろ。ルキウスは俺とエレノアで片づける」



「御意」



「来い、エレノア。ヤツもろとも、城にいる連中を全員吹き飛ばしてやる」



 エレノアは無言で頷いた。

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