第22話
「あれ? 誰も死んでないじゃん? もしかして俺たちが来るの、バレてた?」
そう言ったのは、箒を使わず飛行魔法を自在に操る魔法使いだった。
男の名はザナトス。
オルディア王国の第一王子にして第一魔法小隊の隊長。
魔法の強さだけなら、あの学院長をも上回るオルディア最強の魔法使いである。
「ザナトスっ……!」
フラットが自身の実の父親である彼を鋭く睨みつけた。
「……ん? なんであのガキがこんなトコにいんの? しかも、なんかすげえダセェ戦闘服まで着てるし」
ザナトスが、自身と同じく箒を使わずに飛行している魔法使いの老人にたずねた。
「ほっほっほっ……。ここにいるのは例の小僧だけではありません。――――どうやら、うちの〝孫〟まで世話になっているようです」
そう言って魔法使いの老人がキースの方を見た。
「おじい様……」
「「「っ――⁉」」」
隊員や生徒たちの注目がキースに集まる。
「あれが、お前のじいさんだって⁉」
クラウスが言った。
「ということは――――あの方が、かの有名なギルベルト・ブラウン……」
「先々代の時代から、オルディア王家を支え続けてきた伝説の宮廷魔導士じゃない⁉」
フラットとリリアは開いた口が塞がらない様子だった。
「……それだけではない!」
「「「っ――⁉」」」
「キース。貴君が私に真実を話せなかった理由は――――あれか?」
ティゼルの視線の先には一人の女性の姿があった。
フラットが言った通り、ザナトスに仕える魔法小隊の副官は二人いる。
一人は今話したギルベルト・ブラウンである。
そして、もう一人の副官はティゼルが見ていた白い礼服姿の女性だった。
その女性は盲目で常に目を閉じており、白髪でヴァネッサにも劣らぬ美貌を兼ね備えていた。
「あれって、まさか……」
レミも、その女性には見覚えがあった。
近くでは一度も見たことがない。
しかし、その存在を忘れられるはずがなかった。
「ここで出てくるか――――聖女エレノア……」
ティゼルが言った。
彼もオルディア潜入時に一度しか目にしたことがない。
だが、その名前は何度も耳にしていた。
正確には、実の兄であるルキウスの口からだ。
――――――――――――――――――――
時は少し遡る――――
「ルキウス殿! 敵襲にございます!」
ヴァネッサが走りながら言った。
彼女は他の【第2班】の隊員や生徒たちに避難誘導の指示を出し、自らはルキウスやアルゼリウスにオルディアの魔法使いの襲撃を報せに戻っていた。
「敵襲……? ――――どこの部隊だ? 敵の数は?」
ルキウスがたずねる。
彼女は足を止め、ルキウスに向かってひざまずいた。
「相手はオルディアの強襲部隊と思われますが、数は不明。敵の姿は未だ発見できておりません」
「……街の雰囲気だけで敵の存在がわかったのか? 相変わらずすごいね、君たち……」
ルキウスは呆れたように言った。
「話はわかった。父上には私から話しておく。君はすぐに現場に戻れ。住民の避難が最優先だ」
「はっ」
ヴァネッサが返事を返し、ルキウスが身をひるがえす。
「――――それと」
「……?」
「これはあくまで私個人の勘なのですが、敵はオルディア第一魔法小隊の可能性が……」
「っ――⁉」
その瞬間にルキウスや彼の護衛騎士たちが大きく目を見開いた。
ルキウスは明らかに動揺しており、護衛騎士たちが彼を心配している。
「殿下……」
「……大丈夫だ。何も問題はない」
「……」
護衛の騎士たちは、ルキウスの諸事情について詳しく知っている。
だからこそ彼が冷静さを失わないか、とても心配だった。
「そうか……。この街にエレノアが攻めてくるかもしれないのか……」
聖女エレノア。
オルディアとリュオールの交渉の場でルキウスと知り合い、彼がこの世で愛した唯一の女性だった。
「かと言って、私が何もしないわけにはいかない……。父上に報告が済み次第、私もすぐに現場に出る。お前たちもその準備をしておけ」
ルキウスが護衛の騎士たちに言った。
「で、殿下自ら……?」
「第一魔法小隊は飛行部隊だ。ティゼルたちだけでは荷が重い。ヤツらに対抗するには魔銃使いを主力にする必要がある」
「それについては理解できますが、殿下がこの戦闘に出陣されるということは……」
「ああ、わかっている……。必要とあらば、私がエレノアを討つ。彼女は手加減して勝てる相手ではない」
「「「……」」」
「……何をしている? 命令は既に下したはずだ。今の我々には一刻の猶予もない」
すると護衛の騎士の一人が拳をギュッと握り締めた。
「ルキウス殿下。ご命令には従います。しかし、納得はできません。私は貴殿のご命令に従うことしかできない自分が許せない……」
「……」
すると彼の隣に立っていたもう一人の護衛騎士が、その肩に手を置いた。
「行くぞ」
「……」
そして彼は相棒の護衛騎士と共に姿勢を正す。
「貴殿のお覚悟、しかと受け取りました。我々は直ちに行動に移ります」
そう言って護衛の騎士たちは、その場から走り去っていった。
ルキウスが大きな溜め息を吐き、ヴァネッサの方に振り向く。
「君はいつから知っていたの? ――――っていうか、誰から聞いた?」
「以前にティゼル殿下とお話されているところを偶然耳にしました……。決して故意ではありません」
「……その話を聞いて君はどう思った?」
「……」
「あ、やっぱ今の質問はナシね。その答えは君の胸の内に仕舞っておいてくれ」
そう言ってルキウスはヴァネッサに対し、背中を向けた。
「でも、このまま去るのはさすがにズルいかな……。最後に君に一つだけ言っておく」
――――と、彼が何かを言いかけた瞬間。
「いえ。今の私に貴殿のお言葉は、もう必要ありません」
「……?」
ルキウスが再び彼女の方に振り返る。
「私の隣にはティゼル殿下がおります。過去の想いなど今はどうでもいい。あの方の側にいるだけで、私は毎日が幸せにございます」
そう言ってヴァネッサが、ティゼルから新たに授かった仮面を取り外した。
「――――ティゼルはあなた様よりずっと良い男ですよ」
「……」
曇りのないまっすぐな瞳。
ルキウスは実に美しいと思った。
ヴァネッサが彼に背を向ける。
「(一時……。それは本当に一時の感情でした……)」
ティゼルにスカウトされ、この城に来て間もない頃の話だ。
ヴァネッサは自分を助けてくれたティゼルに尊敬の念を抱き――――
彼が敬愛するルキウスに対しては憧れの念を抱いていた。
しかし、彼には既に想い人が存在し、彼女は自身の想いが決して叶わぬ恋心であることを悟った。
そしてルキウスもヴァネッサの気持ちに気づいていたが、その当時はエレノアに対する未練が残っていたため、彼女の想いに応えることはなかった。
「(ルキウス殿……。貴殿のご指導のおかげでティゼルは立派な殿方に成長されました……。私は貴殿にとても感謝しております……。――――次は私が貴殿に恩返しをする番です……)」
ルキウスにエレノアは殺させない。
彼女を捕虜にすることができれば、今回の戦いで戦争を終結へ導き、ルキウスとエレノアの関係を修復できるかもしれない。
ヴァネッサはその切なる想いを胸に、再び現場へと向かった。
「はあ……。完全に塗り替えられてしまったか……。我が弟ながら見事にやり遂げたもんだ……」
そのときルキウスは思った。
好意を抱いていない女性にフラれて、こんなにショックを受けるとは思わなかったと……。
「(ティゼル……。お前の嫁さんはとても良い女に育った……。最期の瞬間までしっかりと責任を果たせよ……)」
ルキウスがヴァネッサに背を向け、彼女とは反対側へと歩いていく。
互いの想いが重なることは一度もなかったが、二人は今とても清々しい気分だった。




