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第18話

 そして、話は現在へ戻る。



「「「……」」」



「……あの、みなさま。いかがなさいましたか?」



 ヴァネッサが、生徒たちの顔をのぞき込む。



「すげえよ……、その話……」



 クラウスがぽつりと漏らす。



「なんか、すごく感動した……」



 リリアが続いた。



「うぅぅ……、キースさまぁ……」



 メリーは食卓に突っ伏して大泣きした。


 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。


 キースはその頭をそっと撫でる。



「なんで戦争なんかしちゃうんですかぁぁぁ~~⁉ 死んじゃダメですぅぅぅ~~!」



「そうだね。戦争なんか、絶対にダメだ」



 ヴァネッサの話は、戦争そのものとは直接つながらない。


 だが、キースは否定しなかった。



「戦争が始まれば、ティゼル殿下や副隊長殿と同じ想いを抱えた人たちが大勢死ぬ。――――それも、無差別に」



 フラットが静かに言う。



「人が死んだり生まれたり、そんなのは当たり前だと思ってたけど……。戦争ってのは、そういうのも全部ひっくるめて、ぶち壊しちまうもんなんだよな……」



「それがわかってて、なんで人は戦争を()められないのかな? 同じ人間同士なのに……」



 ゲイルとエニスがこぼした。



「昔、じいちゃんが言ってた。人が戦争を止められないのは、人間が賢すぎる生き物だからだって。賢い生き物は自分一人でも生きていける。だけど、集団で動くにはルールが必要だ」



「一人では生きていけないのに、一人で動けてしまう。一人でいるときの自分と、群れの中の自分。守れるルールと守れないルールは、人によって違う」



 オゼットとステイルが、どこか哲学めいた話を始めた。



「その些細なすれ違いが争いを呼ぶ。だから、この世から戦争も犯罪もなくならない。人が人である限り、人間同士の争いは決して消えない」



 言葉が落ちると、生徒たちが黙り込んだ。


 ヴァネッサは静かに耳を傾けている。


 やがて、レミが口を開いた。



「戦争を止めるって、私たちが思ってるほど簡単じゃないんだね……」



「身内のケンカですら、冷静な話し合いに持ち込むのは容易ではない。ティゼル殿下は初めからそれが分かっておられた。殿下は自らを仲裁役とし、身を呈してガス抜きを行うつもりだったのだろう」



 フラットが続ける。



「ある程度、感情を吐き出して互いに傷つけば、頭は冷える……。最小限の犠牲で戦争を止める。現実的に見れば、殿下のやり方は決して間違っていなかった。私たちの考えが甘すぎたのかもしれない」



 二人は悔しそうに唇を噛んだ。



「……だったら、なんでルキウス殿下はシンクを止めたんだ?」



 クラウスの問いに、フラットが答えようと口を開く。




 ――――――――――――――――――――




「お久しぶりにございます、父上」



 ルキウスは深く頭を垂れた。


 ここはアルゼリウスの執務室。


 アルゼリウスは椅子に腰を下ろし、机を挟んで二人の息子と向かい合う。



「久しいな、ルキウス。無事で何よりだ。よくティゼルの暴走を止めてくれた」



「暴走というほどではありませんでしたが……。ティゼルは終始、冷静でしたよ」



 やれやれと肩をすくめるルキウス。



「ティゼル、話がある。内容は分かっておろう?」



「はい、父上……」



「お前の計画はルキウスから聞いた。何故ルキウスがお前を止めたか――――わかるか?」



 沈黙。


 ティゼルがちらとルキウスを見る。


 結局、ルキウスは計画の内容をアルゼリウスに伝えてしまったようだ。



「お前は多くの民を守るために戦争を止めようとした。それ自体は間違っていない」



「え?」



「どうした? 意外そうだな」



「私の行いは我が国の利益を損なう所業。父上は此度(こたび)の戦争に肯定的だと……」



「それを真に望むのは、暴君だけだ」



 アルゼリウスの声が刃になる。



「お前の立案は見事だった。成れば、戦争をこの世から一つ消せたやもしれん。――――だが、お前は最後の一手を誤った」



 アルゼリウスは立ち上がり、窓に手をかける。



「お前は王族だ。平和のために人を(あや)め、国を滅ぼすのもまた我々の務めだ。無論、人々の恨みを買うことも含めて、な」



 その瞬間、ティゼルは父の意を悟る。



「お前の計画はオルディアに革新をもたらし、今を生きる人々の運命を大きく変えただろう。ならば王族として、その変えた世界の行く末を最期まで見届ける義務がある。戦争を一つ止めたくらいでなんだというのだ? ――――王族なら、その程度は当たり前だ!」



 アルゼリウスが拳を机に叩きつけた。


 ティゼルが威に臆することはない。


 だが、その怒りの本気に、ティゼルとルキウスは目を見張る。



「今のお前ならやりおおせると思ったが、まだ早い……。ティゼル、お前から全軍の指揮権を剥奪する。当面、アイネスヴェルグの外には一歩も出るな」



「はい、父上……。ご期待に沿えず、申し訳ありません……」



 ティゼルが頭を下げ、退室する。


 扉が閉まると、アルゼリウスは額に手を当てて息を吐いた。



「お疲れ様でございます、父上」



「ルキウス……。私はどこか間違っていたか……?」



「私が申し上げたいことは、すべて父上が。――――強いて言うなら、私も父上も、あの子に完璧を求め過ぎているのかもしれません」



 アルゼリウスが苦笑する。



「……そうだな。ティゼルは今でも十分にやっている」



「可愛い弟ですから、つい良い子に育てたくなる。父上のお気持ちは、よくわかります」



「だが今回だけは、絶対に許さん。戦争は止めるより、その後の方が大変なのだ。人々の心と真摯に向き合い、新たな戦争の火種を――――」



「父上。建前は不要です」



「……」



 ルキウスに遮られ、アルゼリウスは小さく嘆息した。



「まったく……。少しは残される側の身にもなってほしいものだ……」



 本音を言えば、アルゼリウスは二人の息子が無事に戻ったことに心底ほっとしていた。


 もしものことがあれば、アルゼリウスは単身でも敵地(オルディア)に乗り込んでいただろう。



「今回、ティゼルに唯一足りなかったのは――――まさに、それなのかもしれません」



 説教は終わった。


 だが、ティゼルにはもう一つの修羅場が待っている。


 ルキウスは、無事に乗り切ることを祈るばかりだ。


           


 ――――――――――――――――――――




「私たちが認識している戦争など、氷山の一角に過ぎない。王族は民に不安を与えぬよう、いつも水面下で火種を摘んでいる」



 フラットが言った。



「もしかして、私たち――――王国政府に、日頃の感謝が足りなかったりする?」



 レミがたずねる。



「平和維持は決して楽ではない。私たちの知らぬところで、常に誰かが動いている。(ゆえ)に、平和な日常を当たり前だと思わない方がいい」



「さすがフラット。カイネル殿下の右腕は伊達じゃねえな」



 クラウスが笑った。



「けど、そんなお前でもシンクに及ばないことがある。逆に、お前の方が優れている面もある。――――お前らって、不思議な関係だよな?」



「だから友だちとして、うまく噛み合ってたんじゃない?」



 リリアが返す。



「友だち……か。殿下は今でも、そう思ってくださっているのか……」



「ルキウス殿下も、そう言ってたじゃない?」



「直接本人に聞いたわけじゃないからな。――――不安か、フラット?」



 フラットは答えられない。



「ご安心を。殿下はフラット殿を利用するためだけに近づかれたのではありません」



 ヴァネッサが、きっぱりと言い切った。



「殿下とどのようなご関係をお築きになったのかは分かりません。ですが、殿下は今でも貴殿を友として慕っておいでです」



「……」



「しかし、私はどうなのでしょう……。私は部下として本当に信頼されているのか……」



 不安が彼女の顔を曇らせる。



「それこそ、直接本人と話すしかないっしょ」



 クラウスが頭の後ろで手を組みながら言った。



「どうせ副隊長さんのことが好きすぎて、自分でもワケわかんなくなってる――ってのがオチだろ?」



 その瞬間、ヴァネッサの頬が紅潮する。



「クラウス。アンタ……」



「……?」



「ただのバカだと思ってたけど、たまには良いこと言うじゃない」



「なっ⁉ バカにしてんのか⁉」



「だから、そう言ったじゃない」



 クラウスが拳を振り上げ、ギャーギャーと騒ぎ始めた。



「オゼット隊長。ここにも新たな恋の予感が……」



「君もそう思うか、ステイル隊員?」



 悪ノリコンビが、クラウスとリリアをどうからかうか、ひそひそと相談を始める。



「副隊長さん。私が言うのも変ですが――」



 レミはヴァネッサに、ぺこりと頭を下げた。



「シンクのこと、どうかよろしくお願いします」



 その瞬間、全員がぽかんとした表情を浮かべる。



「れ、レミさん……?」



「このままだと、シンクはまた一人で無茶をします。どうか目を離さないであげてください」



「……」



 ヴァネッサは一瞬戸惑い、ふっと口元を緩ませた。



「……わかりました」



 レミが顔を上げる。



「でも、どうして私にそこまで? 私は王立魔法学院で、みなさんを――――」



「シンクにとって、副隊長さんが特別な人だからです」



「……」



「だから、一度ゆっくり話し合ってみてください。シンクが心変わりしたなんて、絶対にないです」



 レミは、そう確信している。


 ヴァネッサはきっと不安だったのだ。


 遠ざかるティゼルの背中。


 彼の気持ちをつなぎ止めるため、(ゆえ)に彼女は“あんなこと”を――――



「私が今いちばん怖いのは、オゼットたちの言う〝すれ違い〟です。だから、シンクの口から直接聞くまで――――どうか嫌いにならないであげてください」



 レミの言葉が、ヴァネッサに勇気を与える。



「レミさん……。あなたは、まさか……」



「いえ、そういうのじゃないです。シンクって入学当初から、どこか危なっかしくて……。同じクラスメイトとして、ほっとけなかったというか……」



「殿下は誰に対しても強気であられた。武力にも権力にも頼らず、己の身一つで」



 フラットが言った。



「そのせいで、有力貴族のボンボンにいつも目をつけられてたよな。見てるこっちは、ハラハラしっぱなしだ。――――なあ、キース?」



 クラウスがいやらしい笑みを浮かべる。



「シンクには本当に申し訳ないことをした……。――――ああ、あの頃の自分を殴りたい……」



「おいおい、マジで凹むなよ……。冗談だって……」



 クラウスが少し慌てる。



「キース様。あの人とケンカでもしたんですか?」



 メリーが首を傾げた。



「ああ。そして、僕はいつも彼に負けていた。――――ケンカが始まる前から、ね」



「ダメですよ、キース様。ケンカばかりしてたら、いつか戦争になっちゃいます」



「うっ……!(グサッ!)」



 キースがテーブルの上に崩れ落ちる。


 彼は魂の抜け殻のように真っ白になっていた。


 メリーが、そんなキースの頭をなでなでする。


 するとヴァネッサが、美しく微笑んだ。



「ありがとうございます、みなさん。私も一度、殿下と本気でケンカしてみたいと思います」



「いや、ケンカはダメですよ……。あくまで冷静な話し合いを……」



 レミが言う。



「いいじゃねえか。一度や二度のケンカくらい。夫婦ってのは、そうやって絆を深めるもんだろ?」



 クラウスは、どこか楽しげだ。



「そ、そんな……。夫婦だなんて……」



 ヴァネッサは惚気顔(のろけがお)になっていた。



「副隊長さん。感情が表に出てますよ」



 レミの指摘に、ヴァネッサははっとして姿勢を正す。



「私は殿下から恩寵を賜った成り上がり者に過ぎません。副隊長として殿下をお支えするのが私の使命――――それ以上でも、それ以下でもない」



「今さらそんなこと言われても――――なあ?」



「さっきまで、あんなに惚気てたのに。説得力ないよ」



 ゲイルとエニスの一言で、ヴァネッサは再び真っ赤になった。



「と、とにかく――――私は殿下と一度、話し合ってきます!」



 彼女が勢いよく立ち上がる――――が。



「ふ、副隊長さん! 私たちを置いてかないでください!」



「せめてルキウス殿下と合流するまでご一緒を。オルディアの民である私たちは、ここを自由に動けない」



 その声に、ヴァネッサは足を止める。



「そうでしたね。私としたことが……つい、冷静な判断を欠いておりました」



「ルキウス殿は殿下を連れて陛下の御前へ。近くまでご案内します」



 一同は廊下へ。



「シンクは今ごろ、王様から大目玉だろうな」



「床に正座して泣きべそかいてたりして」



 オゼットとステイルが笑った。


 そのときである。



「あっ、シンク!」



 レミの声。


 進行方向から、ティゼルが一人で歩いてくる。


 オゼットとステイルが、そ~っと後ろに隠れた。



「副隊長。その者たちをどこへ連れていく?」



「食事を終えましたので、ルキウス殿のおられる陛下の部屋へ。――――殿下はどちらへ?」



鍛冶師(カマト)のところだ。そなたの新しい仮面を作らせる」



 ヴァネッサの仮面は砕けた。


 新調が必要だ。



「殿下。その前に、少しお時間をいただけますか?」



「……構わぬが、その者たちの案内が先ではないか?」



 生徒たちは、陛下の部屋の場所を知らない。


 城内でウロウロしていれば、怪しまれる。



「それなら問題ないよ」



 ティゼルの背後から、ルキウスが姿を現した。



「その様子だと、まだケジメはついてないんだろ? 彼らは私に任せて、二人は存分に話すといい」



「……わかりました。――――副隊長は私の部屋へ」



 ティゼルがヴァネッサを伴い、歩き出す。



「(副隊長さん、頑張って……!)」



 レミが心の中で強く念じた。



「レミちゃん。二人が心配かい?」



 ルキウスが問う。



「あの二人なら大丈夫。みんなが思ってるより、ずっとLOVEだから」



 互いへの想いは本物。


 だが、レミの心配は別にある。



「……好きだからこそ、許せないこともある」



「……?」



「あの二人は、まだ本当の意味で結ばれていません。愛の形は人それぞれですけど、シンクが仮面を脱ぎ捨てない限り、心の距離は決してゼロにならない」



 今のレミには、ルキウスすら気づかぬ何かが見えている。



「実のところ――――副隊長さんが頑張るだけじゃダメなんです。シンクは恋愛ごとになると、いきなり臆病になりますから」



「フッ、確かに……」



 ルキウスの口元に、かすかな笑み。



「心の壁を越えるか、それとも壁ごとぶち壊すか――――そこが課題になりそうだね」



 修羅場は避けられない。


 けれど、きっと乗り越えられる。


 追い詰められたネズミが生き残る道は、前へ出ることだけ。


 今こそ、本気でネコと向き合い――――立ち向かう時だ。



「(今回ばかりは、骨を拾ってやることもできない。自分自身にだけは負けるなよ――――ティゼル)」



 ルキウスは、戦場へ向かう二人の背を、温かな眼差しで見送った。

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