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第2話

「今回の関係悪化の原因はオルディア側にあると聞く。おそらく国家間の話し合いにおける不用意な発言が元だろうが、上層部の連中はリュオール側に対して謝罪の意を示していない。いざ戦争になっても圧倒的な勝利を得られると確信しているのだろう」



 フラットが言った。


 授業の合間の休み時間にシンクたち三人は教室の中で再び集まっていた。



「実際はどうなの?」



 レミがフラットにたずねる。



「確かに魔法使いの数も質もこちらの方が上だ。同じ土俵なら決して負けることはない」



「……」



「しかし、オルディアの戦闘部隊には致命的な弱点がある。それがなんだかわかるか?」



 レミが首を横に振り、シンクが代わりにその問いかけに答えた。



「オルディアは絶対魔法主義の国。全ての戦闘員が魔法使いで占められている」



「……」



「魔法は万能だけど、魔法使いはそうじゃない。僕たちリュオール人と同じ、普通の人間だ。必ず体力よりも先に魔力が尽きる」



「っ――⁉」



 レミがハッとした表情を浮かべた。



「そう。魔法使いは長時間の戦闘にとても弱い。必ず短時間で決着をつける必要がある。しかし、リュオールの軍隊にも魔法使いの部隊が存在する」



「魔法部隊の強さはオルディアの方が上だけど、徹底した防御抗戦を選択されたら短時間で勝負をつけるのは無理だ。魔力切れした部隊から一つずつ潰されて、そのまま物量で押し切られて終わりだよ」



 フラットとシンクが言った。



「なら逆にこっちから攻めなきゃいいんじゃない? 悪いのはこっちだけど戦争を仕掛けてくるのは向こうなんだし、魔法部隊で守りを固めれば――――」



「自分から長丁場に持ち込んでどうすんのさ? それこそリュオールの思うつぼだよ」



 シンクがレミにツッコむ。



「オルディアが勝利するには、やはり魔法の強みである万能さを生かす他ないだろう。――――それに短時間で決着をつけたいのは他にも理由がある」



「理由?」



 レミがフラットに向かって首を傾げる。



「忘れたの? リュオールにはあのドレッドノートがいるんだよ?」



「ヤツらはおそらく、オルディア国内に既に潜入している。戦争が始まると同時に内側からオルディア軍を瓦解させにくるだろう」



「そんな……。それじゃあ最初からオルディアに勝ち目なんてないじゃない……」



 そう言ってレミが沈んだ表情を浮かべた。



「どうやらお困りのようだね?」



 すると一人の男子生徒が取り巻きたちを連れて三人の前に現れた。



「何か心配ごとかい? 我が愛しの麗しき姫君――――レミ・イスタンブル嬢」



 レミはその男性生徒の顔を見た瞬間に「げっ……!」といった表情を浮かべた。


 男子生徒の名前はキース。


 クラス内ではフラットに次いで優秀な成績を収めている高貴な家柄のお貴族様だ。



「いえ、大丈夫です……。いつもお気遣いいただき、ありがとうございます……」



 そう言ってレミがキースに頭を下げるが、彼女は明らかに引いていた。


 するとキースがシンクの方に顔を向け、侮蔑(ぶべつ)の笑みを浮かべる。



「おや? 誰かと思えば、かの有名な魔法使いもどきのシンク君じゃないか。まさか君が僕と同じクラスメイトだったとは……。僕としたことが今日まで気づきませんでしたよ」



 キースの皮肉を聞いて取り巻きたちがニヤニヤと笑う。



「へいへい、そうですか……」



 そう言ってシンクが連中から顔を背けた。



「基礎魔法も使えない無能者ごときが……。この僕にそんな態度を取って許されると思うな」



 キースがシンクに向かって高圧的な態度を取る。


 しかし、シンクは彼の顔を見ようともしなかった。



「フン。そんな強気でいられるのも今のうちだ。君の存在はこの学院にとって害でしかない。さっさとこの学院から消えてほしいものだ」



 そう言ってキースは取り巻きたちを連れてその場から立ち去ろうとした。


 するとフラットがキースたちの前に立ちふさがり、彼らを睨みつける。



「何か言いたそうだね、フラット君。この僕を相手にいい度胸だ」



「……」



「成績は君の方が上だけど、実戦ではどうかな? 僕は幼い頃から実戦を想定した訓練を受けてきた紛れもないエリートだ。成り上がりもどきの君に負ける要素は一つもない」



 そう言ってキースは懐から杖を取り出した。



「(なんにも知らないで、よくもまあ……)」



 シンクが心の中でつぶやく。



「……試してみるか、キース? 君に本当の私をわからせてやる」



 フラットも杖を取り出し、両者が至近距離で睨み合う。


 この二人が本気でやり合えば、どちらもただでは済まない。



「よせよ、フラット。僕みたいな無能者のために争ってなんになる?」



 シンクが言った。



「キース、君もだ。君は誇り高いオルディアの貴族だろ? 僕のことをバカにするのは勝手だが、くだらないケンカで家名に泥を塗るのは君も望むところじゃないはずだ」



「「……」」



「それに僕は学院(ここ)を辞めて実家に帰るつもりなんだ。目障りな僕が消えれば、それで君も満足だろ?」



 シンクのその言葉は、キースに杖を引かせるには十分だった。



「ほう。ようやく身の程を理解したということか。――――だが君はまだ自分の立場がわかってない」



 キースがシンクの目の前にまで移動する。



「平民の君が貴族の僕に説教など――――おこがましいにもほどがある」



 そう言って彼はシンクを冷たい目で見下ろした。


 だが、やはりシンクはキースの圧に臆していない。


 ――――そのときである。


 教室に次の授業の先生が入ってきた。



「何を騒いでいる? さっさと席に着け」



 キースが舌を打ち、シンクを睨みつける。


 そして彼は自分の席へと戻っていった。



「(このままでは済まさぬぞ、シンク・レイナルド……。フラット・バミルス……。この僕に楯突いたことを必ず後悔させてやる……)」



 キースは密かにシンクたちへの復讐を誓っていた。




 ――――――――――――――――――――




 その日は学院全体の授業が早めに切り上げられていた。


 学院の外からやって来た特別講師や卒業生などが招待され、盛大なパーティーが開かれる日である。



「シンク。本当に今日で辞めちゃうの?」



 レミが言った。


 パーティーは学院の生徒が全員収まる講堂内で行われていた。


 レミとフラットの周りにはいつもいろんな生徒が集まるのだが、最近はシンクと一緒にいることが多い。


 そのためシンクは人気のある2人を独り占めしている無能者として周囲からさらに嫌な目を向けられていた。



「うん。もう決めたことだから」



 シンクがそう答える。


 戦争を理由に在学期間を伸ばすよう勧められたシンクだったが、彼は自分の意思で故郷に帰ると決めたのだ。


 しかし、そこにはキチンとした理由がある。



「フラット。今日でお別れだね」



 シンクが言った。



「君とは短い付き合いだったが、私にとってこの一週間はとても有意義な時間だった。もっと早くに自分の気持ちを素直に伝えていればと、今さらながら後悔しているよ」



「その場合、僕はもっと早くにこの学院を去ることになっていただろうね」



「フッ、確かにそうだ……」



 この一週間でシンクとフラットは互いに友人と呼べる間柄を築いていた。


 そこには当然レミも含まれる。



「ねえ、シンク。このあと先生たちに挨拶して回るんじゃなかったの?」



「うん。そろそろ頃合いかもね」



 学院長の周りから大人たちの数が減っていた。


 学院長はシンクにとって数少ない理解者であり、指導者側で唯一味方をしてくれる人物でもあった。


 ちなみに学院長は四十代後半の女性である。



「シンク。〝例の件〟について頼んだぞ」



 フラットが言った。


 シンクは無言で彼に頷く。



「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」



 彼は生徒たちの間をすり抜け、ステージの上にいる学院長の方へと向かった。


 だが、その途中で一人の生徒とぶつかってしまう。



「おっと、失礼」



 ぶつかった際にシンクの制服が相手のグラスから飛び出したジュースで汚れてしまった。


 そしてシンクはすぐにそれがわざとだと気付いた。



「申し訳ない、シンク君。僕としたことが君の薄汚れた制服をさらにダメにしてしまった」



「キース……」



 キースは自身の取り巻きたちと一緒に薄笑いを浮かべていた。


 さすがのシンクもかなり苛立っている。



「……なんだ、その目は?」



「……」



「今日の日に合わせ、軽い余興で済ませてやろうかと思ったが――――気が変わった」



 そう言ってキースは懐から杖を取り出した。



「せっかくだ。制服の汚れと共に君自身の汚れも僕が落としてあげよう」



「っ――⁉」



 次の瞬間、シンクの頭上から大量の水が降り注いだ。


 キースが使用した水魔法である。


 シンクは水魔法の重みに耐え切れず、床に膝をついた。


 当然、彼の全身はずぶ濡れである。



「はははっ! これで少しはキレイになっただろう!」



 キースは取り巻きたちと一緒に大笑いしていた。


 シンクは床にうつむいたまま黙り込んでいる。



「いい機会だ。君たちもぜひ彼の汚れを落としてやってくれ」


 

 キースが取り巻きたちに言った。


 取り巻きたちは言われるがままに杖を取り出し、シンクの頭上に次々と水魔法を落としていった。



「っ――!」



 連続して水魔法を浴びたシンクはついに床に倒れ込んでしまう。


 うつ伏せに倒れたシンクの頭をキースが踏みつけた。



「これでわかったろ? 無能者の平民ごときが貴族の僕に逆らうからこうなる」



「……」



 シンクは完全に無抵抗だった。


 近くにいた生徒たちはその騒ぎに気づいているが、誰も彼の味方をする者はいない。


 ――――はずだった。



「シンク!」



 レミがキースたちを押しのけ、床に倒れるシンクの側に駆け寄った。



「酷い……。なんでこんな……」



 そしてすぐにフラットもやって来る。



「キース! これは一体どういうことだ⁉」



 そう言って彼はキースの胸ぐらを掴み上げた。



「いつもの君らしくないね、フラット君。――――君も彼と同じ目に遭いたいのか?」



 キースの取り巻きたちがフラットを囲い込んだ。


 取り巻きの数がいつもより多い。


 その分、キースはフラットに対しても強気に出ていた。



「これが誇り高きオルディアの貴族のやることか?」



「平民の君が貴族の何たるかを語るんじゃない。今すぐこの汚い手を離せ」



 一触即発。


 今この瞬間に生徒同士の殺し合いが始まってもおかしくない雰囲気だった。



「これっ! 一体なんの騒ぎです⁉」



「「っ――⁉」」



 そこへ現れたのは数人の教師を引き連れた学院長だった。


 フラットはすぐにキースの胸ぐらから手を離す。



「これはミス・マドール。お騒がせして申し訳ありません」



 そう言ってキースが学院長に頭を下げた。



「キース・ブラウン。この状況をなんと説明しますか?」



 学院長は少し怒っている。



「ご覧の通り、スパイ容疑がかかった生徒を我々の手で取り調べていたまで」



 キースがそう言った瞬間、教師を含む周囲の生徒たちがざわめき始めた。


 レミとフラットはその反応を見て「マズい……」と思う。



「一体何を根拠にレイナルドが他国のスパイであると?」



「ミス・マドールならご存じのはず。彼がリュオールの出身であることを」



 教師や生徒たちの動揺がさらに大きくなる。


 フラットはキースにしてやられたと思った。


 キースは自身の取り巻きを使ってシンクに関する情報を事前に調べ上げていたのだ。



「それだけで彼をスパイと断定するには、いささか性急すぎるのでは?」



「仰る通りです、ミス・マドール。無論、彼の疑わしき点はそれだけではない」



「……と言いますと?」



「彼は本日を境にこの学院から去るつもりのようです」



「「「っ――⁉」」」



 レミとフラットを除く全員の視線がシンクに集まった。



「それは本当ですか、レイナルド?」



「……」



 シンクは下を向いたまま一言も発しない。



「当人曰く、魔法使いとしての自分に見切りをつけたそうですが、魔法の素質がないことは新学期の時点でわかっていたはず。――――何故このタイミングなのですか?」



 キースが言った。



「ミス・マドール。私はオルディアの貴族として当然の義務を果たしたまで。この学院でリュオール出身の生徒は彼一人。前回の騒動と彼の入学希望の時期も一致します。――――学院長。私の行動は彼に関するあらゆる情報を照らし合わせた上での判断であることを、どうかご理解いただきたい」



 キースと一緒に取り巻きたちが学院長に頭を下げる。


 すると周囲の生徒たちからキースたちを擁護する声が上がり始めた。


 その声を聞いたキースがニヤリと笑みを浮かべる。



「ちょっと……。何よ、これ……?」



 レミが言った。



「これじゃあ本当にシンクが悪者みたいじゃない……」



 フラットがギリッと歯を噛み締め、キースを睨みつける。



「(キース・ブラウン……。シンク一人を陥れるためにここまでやるか……!)」



 この状況でキースを糾弾するのは、もはや不可能だ。


 今のフラットにできるのは、シンクを無実の罪から救い出すことだけだ。

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