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第11話

「キースの実家ぁ――⁉」



 フラットから衝撃の事実を聞かされ、クラウスが思わず声を上げた。



「ああ。侯爵家の子息とはいえ、オルディア王家に対してキースの人質としての効果は薄い。ならばブラウン家の当主に交渉を持ちかけるほうが効果的だ」



 フラットが言った。



「でも、シンクはキースを王都まで移送してオルディアの情報を吐かせるって……」



 リリアがそうたずねた。



「以前のキースならそうかもしれない。だが今の彼はどうだ? 死を覚悟した“本物”の貴族から有益な情報を引き出すのは難しい。逆に昔のキースならブラウン家の当主は彼を見捨てたかもしれない。だが侯爵家の跡継ぎにふさわしい器へと覚醒した今の彼なら――――当主は我が身に代えてでも彼を守ろうとするはずだ」



「つまり、キースの“ブラウン家に対する”人質としての価値が爆上がりしたってことか?」



 クラウスの質問にフラットが頷いた。



「そういうことだ。殿下は以前おっしゃっていた。アルゼリウス王に奏上する前に、私たちを生かしたことへの言い訳を用意しなければならない、と」



「「「……」」」



「過程よりも結果。どこの国でも上層部はそれを望む。殿下は私たちを人質として捕らえた理由を“結果とともに”示すつもりなのだろう」



 フラットは小さく息を吐いた。



「すまない。王族であるカイネル殿下に仕える身でありながら、私はシンクの思考を読み切ることができなかった……」



「フラット一人の責任じゃないよ。みんな同じ話を聞いてたのに、誰もシンクの嘘を見抜けなかったんだから……」



 そう感じているのはレミだけではない。


 生徒一人ひとりが、自分の胸に重さを覚えていた。



「けどよ、実際どうする? 今から追いかけても、交渉までとても間に合わねえぞ?」



 クラウスが現実を突きつける。



「クラウス。通信用リングを使わせてもらえないか? 念のため確認したいことがある」



「ああ」



「それと、みんなにも少し手伝ってほしい。私一人の魔力では、おそらく距離が届かない。ついでに話も頭に入れておいてくれ」



 フラットが生徒たちに言った。


 生徒たちは手をつないで輪を作り、魔力と通信用リングを通して意識を重ねた。


 フラットはとある人物へと通信をつなげる。



「〈レンガさん。聞こえますか?〉」



「〈ん、連絡通信じゃねえのか? ――――誰だ、おめえさん?〉」



 レンガの意識が、生徒たちの輪に滑り込んでくる。



「〈先日お世話になった、王立魔法学院の者です〉」



「〈おお、あのボーズと一緒にいたヤツか……。そっちから連絡を寄こしてくれて助かったぜ〉」



「〈……そちらで何かありましたか?〉」



「〈おめえさんたちの動きはティゼル殿下に読まれてた。俺も(あと)から聞いた話だが、殿下は去り際に大量の金貨を塔内に置いてったらしい〉」



「〈金貨……? 一体なんで?〉」



 レミの思考が、通信の輪に混じる。



「〈おそらく塔の屋根や天牢の間の修理代――――それから、ケガ人が出た場合の治療費。マジック・アイテムを補充するための資金でもあるはずだ〉」



 フラットが即座に整理した。



「〈おまけに殿下は“看守の中からおめえさんたちに協力する者が現れた場合、今回に限り不問に付す”って伝言まで残していきやがった。噂には聞いていたが、ありゃとんでもねえバケモンだぜ……〉」



「「「〈……〉」」」



「〈おめえさんたち、殿下から仲間を取り戻す気なんだろ? お仲間さんには気の毒だが、相手が悪すぎる。このままじゃ、いくつ命があっても足りやしねえぞ〉」



 レンガの声音は真剣だった。



「〈おっちゃん、わかってんだろ……? 仲間一人助けられねえようなヤツが、どうやって戦争からみんなを救うって言うんだよ?〉」



 クラウスが応じる。



「〈俺たちがアイツに敵わねえことは最初からわかってる。俺たちの目的はアイツに勝つことじゃねえ。戦争を止めることだ。そのための一歩はもう踏み出した。――――俺たちは、もう引き返せねえところまで来ちまってんだよ〉」



「〈……〉」



「〈キースの居所は掴んだ。あとはなるようになるだけさ。あの化け物が一緒にいねえ俺たちの思考までは、さすがに読めねえだろ〉」



「〈こっちの動きがバレてることは、もうわかってるんだし〉」



「〈こっちはこっちで対策を練るだけだ〉」



 オゼットとステイルが続ける。



「〈止めても無駄か……〉」



 レンガが低くつぶやいた。



「〈――――死ぬなよ、ボーズども。もし途中でくたばりやがったら、ただじゃおかねえ〉」



「〈ああ。この約束は死亡フラグなんかじゃねえ。次に会うときは、今回の借りも必ず返させてもらう〉」



「〈ぜひ、そうしてくれ。おめえさんたちのおかげで、今月の給料が全部吹っ飛んじまった。――――賭け金は必ず倍にして返してくれ〉」



「〈男の約束だ、おっちゃん!〉」



「〈ああ。これは男と男の約束だ〉」



「〈……〉」



「〈……〉」



「〈じゃあな、おっちゃん〉」

「〈じゃあな、ボーズ〉」



 二人は同時に通信を切った。


 生徒たちがつないでいた手を、そっと離す。



「……予想以上の収穫だ。やはり私たちの動きは殿下に読まれていた」



「キースの居所はほぼ確定したけど、今からじゃ馬車を使ってもシンクたちにはとても追いつけないよ」



 レミがフラットを見る。



「……となると、やはり飛行魔法か。しかし、人数分のサポートアイテムを買う資金が、まるで足りない」



「二人乗りじゃ大した距離は稼げねえからな。――――かと言って、おっちゃんからもらったアイテムを売るわけにもいかねえし」



「最終手段として売ったところで、おそらく目標金額には届かない。それに売却時に必要なこの国の身分証も持っていない」



「そっか……。そうだったぜ……」



 フラットとクラウスは眉間にしわを寄せた。


 完全に手詰まりだ。



「(……ん? この音は……)」


 そのときだった。


 街の広場の中心からギターの音色が広がってきた。


 フラットがそちらへ目を向けると、吟遊詩人風の優男が一人――――弦をつま弾いている。



「何かお困りのようだね、王立魔法学院の学生諸君?」



 男はギターを奏でながら、こちらへ歩み寄ってくる。



「っ――⁉」



 男の顔を見た瞬間、フラットの瞳が大きく見開かれた。



「何だ、コイツ?」



「旅芸人か何かだろ」



 事情を知らないオゼットとステイルが気の抜けた調子で言う。



「あ、あなたは……」



「フラット。この人のこと、知ってんの?」



 リリアが彼にたずねる。



「知ってるも何も……。この方はリュオール王国の第一王子、ティゼル殿下の兄君であるルキウス殿下だ」



「「「っ――⁉」」」



 生徒たちの間に驚愕が走る。



「ルキウス殿下って、確か世界中を旅して回っているっていう……」



「マジかよ」



 リリアとクラウスが息をのむ。



「ずいぶん久しぶりだね、“カイネル殿下”。――――それとも今はフラット君とお呼びしたほうがよろしいかな?」



「……」



「フラット……。今の、どういうこと……?」



 レミが不安げに見上げる。



「おや、少々まずいことを口にしたかな。どうやら他の生徒諸君は、何も知らないようだ」



「お久しぶりにございます、ルキウス殿下。ちょうどよい機会です。ここにいる彼らにも、私のことを話しておくべきかと存じます」



 フラットは一歩進み出て、静かに頭を下げた。



「みんな、聞いてくれ。私はかつて、オルディアの第三王子カイネル殿下のお側で働いていた。――――だが、今は違う」



「「「……」」」



「私は前回の騒動の際に強硬派の襲撃でお亡くなりになったカイネル殿下の“影武者”だ」



「「「えっ――⁉」」」



 どよめきが広がる。



「亡くなられたって……。それじゃあカイネル殿下は半年以上も前に死んでたってのか⁉」



 クラウスが叫ぶ。



「ああ」



「それで、カイネル殿下の側近だったフラットが身代わりを……」



「――――でも、なんで⁉ なんでフラットがそんなことを⁉」



 ゲイルの隣で、エニスが叫ぶように問いただした。



「それは――――」



 フラットは一拍置き、静かに言う。



「私の正体が――――オルディアの第一王子、ザナトスの落胤(らくいん)だからだ」



「「「なっ――⁉」」」



 驚きで誰もが言葉を失った。



「フラットが……、ザナトス殿下の息子……?」



「ってことは、フラットには王族の血が流れてるってことか⁉」



「しかし、王族としての扱いは受けていない。私の母は〝あの男〟の若気の至りとやらで無理やり孕まされた、側室でもなんでもない――没落寸前の貴族令嬢だった」



 フラットはオゼットとステイルに視線を向け、淡々と続けた。



「母は〝王族をたぶらかした汚い雌豚(めすぶた)〟と周囲から(ののし)られ、私を産んで間もなく心を病んだ。カイネル殿下が私と母をご自身の庇護下に置いてくださらなければ、私も今頃どうなっていたか……」



「「「……」」」



 生徒たちは息を呑むしかなかった。



「カイネル殿下は、王族の名に恥じない立派なお方だった。彼にお目にかかる機会がなく、まことに残念だよ」



 ルキウスが静かに言葉を添える。



「しかし、殿下は何故このような場所に? 旅を終えられてのご帰還の途上でございますか?」



 フラットがたずねると、ルキウスは水晶玉型のマジック・アイテムを取り出した。



「リュオールとオルディアの戦争が始まるという良からぬ噂を耳にしてね。たまたま近くにいたものだから、これを通じて父や弟の動きをしばらく見ていたのさ」



「「「……」」」



「このマジック・アイテムは、任意の対象をリアルタイム映像で映し出すことができる。私が最初に見たのは――――弟が王立魔法学院の生徒を魔刃の剣(アルス・ブレード)で斬り刻む瞬間だった」



 オルディアとの和平を望んでいた彼にとって、その光景はあまりに重かった。



「弟が理由もなく人を殺すなんてありえない。私はすぐに護衛の騎士に調査を命じた。その間、私が見たのは――――弟が私と同じマジック・アイテムで君たちを監視している姿だった」



 その一言で、生徒たちは全てに合点がいった。



「やはりそうか……。道理で私たちと同じ目線で会話が噛み合うわけだ……」



「私たちの動きが読まれていたのも、そのためだったんだね」



 フラットとレミがうなずく。



「……調査の結果、私は今回の事件の顛末(てんまつ)を知り、その後も弟の動きを監視し続けた。アイツが一体何を考えているのか――――そればかりが気になってね」



「「「……」」」



「そしてキース君を連れてブラウン領に向かったとき、私は確信した。――――まったく、我が弟ながらとんでもない計画を立てたものだよ」



 ルキウスは小さく首を振る。


 次の瞬間、彼の目つきが一変した。


 表情から甘さが消え、ただ真剣さだけが残る。



「……君たちに一つ頼みがある」



「頼み……ですか?」



 フラットが質問を返す。



「私の弟を――――ティゼルを止めてくれ」



 そう言ってルキウスは深々と頭を下げた。

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