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第10話

「みんな、あと少しだ!」



 フラットが言った。


 生徒たちは見渡す限りの平原を一日中歩き続け、監獄塔から二番目に近い街に到着した。



「さすがにくたびれたぜ……」



「一日歩くだけでこんなにしんどいなんて……」



 オゼットとステイルが先頭を歩いていたフラットとクラウスに追いついた。



「ゲイル」



「うん。わかってる」



 続いてゲイルとエニスがフラットたちに合流した。



「リリアさん。着いたよ」



「……」



 生徒たちは全員靴擦れを起こしており、それぞれが足に痛みを抱えていた。


 レミにはまだ少し余力があるが、リリアにはしゃべる元気も残されていなかった。



「もう疲れた。足が痛くて動けない。早く家に帰りたい」



 そんな思いがリリアの表情から滲み出ていた。


 貴族である彼らは馬車での移動が当たり前。


 魔法使いは飛行魔法に頼るのが日常。


 丸一日歩き続けただけでも十分な頑張りを見せたと言えるだろう。



「みんな、まずは一言〝お疲れさま〟と言わせてほしい。今までの生活から考えれば、地獄に等しい一日だったと思う」



「「「……」」」



「特にリリア。君はもともと体力に恵まれているわけではない。それなのによくここまでついてきてくれた。疲労が重なると気分が落ちやすくなる。今日一日はこの街でゆっくり休もう」



 フラットの言葉がリリアの胸に響き、彼女はその場で涙を流し始めた。



「リリアさん……?」



「ごめん……。なん……か……、すごく感動しちゃって……」



 レミがリリアの体を抱き寄せ、彼女の泣き顔を周りに見せないようにした。



「私、また……、自分が被害者だって思い始めてた……。貴族の私が……、なんでこんな辛い思いをしなきゃならないんだって……」



 生徒たちにはリリアの気持ちが痛いほどわかった。


 貴族の自分が……、魔法使いの自分が……。


 自問自答しながら歩き続けたのは彼女だけではない。



「みんながいてくれて良かった……。私一人じゃ絶対に無理だった……」



 彼女の言葉は他の生徒たちの胸にも静かに響いていた。



「ら、らしくねえこと言うなよ……。俺まで泣きそうになってくるじゃねえか」



 クラウスが言った。



「気持ちはわかるよ。今までの俺たちじゃ考えられない一日だった」



「昨日の今日でここまで変われるなんて、自分でも笑えてきちゃう」



 そう言ってゲイルとエニスが笑みを浮かべた。



「宿まであと少しの辛抱だ。レンガさんに譲ってもらったお金のおかげで野宿は避けられる。――――みんな、ここからは魔法で顔を隠すんだ」



 生徒たちは監獄塔からの脱獄囚扱いを受けている。


 フラットの発言は手配書が出回っている可能性を見越した判断だった。



「ゲッ、そうだ……。俺たち脱獄犯だった……」



「これからは人前に出るたびにビクビクしなきゃなんねえのか……」



 オゼットとステイルが言った。



「俺たち何も悪いことしてないのに……」



「無能者に対する暴言の数々。器物損壊。看守に向けた攻撃魔法の使用。おまけに強盗……」



「って、俺たち結構ヤバいことやってんじゃん!」



「あら、今さら気づいたの?」



 ゲイルとエニスが夫婦漫才みたいなやり取りを繰り広げていた。



「私たちはともかく、今のリリアに変身魔法は無理だよ」



 レミが言った。



「クラウス。レンガさんから譲り受けたマジック・アイテムの中に使えそうなものはあるか?」



「いや、囚人を取り押さえるための捕縛リングと仲間との通信用リング。あとは制限付きの回復アイテムしかねえ」



「……戦闘には役立ちそうだが、逃走用としては心もとないな」



 フラットとクラウスが言葉を交わした。



「回復アイテムでリリアの体力を全快させることはできるが……」



「先のことを考えれば、さすがにもったいねえ気がする」



 そう言ってクラウスはリリアの方を見た。



「リリアの容姿は目立つからな……。どうにかして顔を隠さねえと……」



 するとリリアが言った。



「ねえ、目立つってどういう意味?」



「ああ?」



「一応、言い訳を聞いといてあげる。私の顔がなんだって言うのよ?」



 リリアの目が少し細くなる。



「なんだ? 可愛いとでも言ってほしいのか?」



「っ――⁉」



「実際、目立つんだからしょうがねえだろ。周りの目を引かれちゃ色々と面倒だ」



 クラウスが言った。



「なあ、クラウス。一つ聞いてもいいか?」



 悪ノリのコンビの片割れであるオゼットがたずねた。



「レミの顔をどう思う?」



「なっ――⁉」



 オゼットの言葉にレミが困惑する。



「かなり可愛い」



「っ――⁉」



 クラウスは普通に答えてしまった。



「それじゃあ、エニスは?」



 続いてステイルがクラウスにたずねる。



「普通に可愛い」



「なっ――⁉」



 あまり容姿を褒められたことのないエニスが顔を真っ赤にする。



「「それで――――リリアは?」」



 調子に乗った悪ノリコンビが畳みかけた。



「この中で一番可愛い」



「っ――⁉」



「つーか、なんなんだよさっきから……? お前らワケわかんねえぞ」



 クラウスがオゼットたちに言った。


 するとリリアがクラウスのお尻を後ろから蹴っ飛ばした。



()っ……。いきなり何しやがんだ⁉」



 前のめりに転んだクラウスが振り向きざまにリリアに怒鳴りつける。


 顔を真っ赤にしたリリアがクラウスの体に連続して蹴りを入れた。



「ちょ、こら、やめろ――!」



 二人のやり取りを悪ノリコンビは面白そうに眺めていた。


 オゼットがゲイルの肩に腕を絡ませる。



「ゲイル。お前も気をつけろよ」



「は?」



「女性は素直な褒め言葉にとても弱い」



 そう言ってステイルも反対側からゲイルの肩に手を置いた。



「オゼット! ステイル!」



 エニスが怒った。


 悪ノリコンビはすぐさま彼女から距離を取る。



「みんな、まだまだ元気そうだね……」



「これなら変装についても問題なさそうだな……」



 レミとフラットが苦笑いを浮かべながら言った。


 その後、生徒たちは街に入り、手頃な価格の宿屋を探して二人一組で別々の部屋に泊まった。


 レミとフラット。


 オゼットとステイル。


 ゲイルとエニス。


 クラウスとリリアのペアである。


 残念ながら、そこで読者が期待するような恋愛イベントは発生しなかった。


 そして次の日――――


 フラットは明朝に宿を抜け出し、街で情報収集を行った。



「(どういうことだ……?)」



 街の住人たちから話を聞き終えた彼が宿に戻る。



「フラット。部屋にいないから心配したよ」



 宿の受付にいたレミがフラットのもとまでやって来た。



「すまない。ドレッドノートの動向について情報を集めていたんだ」



 フラットの表情が冴えない。


 レミは何か問題が起きたことを察した。



「……何かあったの?」



「おそらくだが――――ドレッドノートはこの街に来ていない」



「え?」



「監獄塔から最短ルートで王都を目指した場合、馬を休ませるために必ずこの街を経由する必要がある。――――私たちはまたも殿下の罠にはめられた」



「それって、どういう……」



「ドレッドノートはその恐ろしい見た目のせいで人々の印象に残りやすい。しかし、ここ数日、住人の中に彼らの姿を見た者は誰一人いない」



「それって、つまり――――」



「ああ。殿下率いるドレッドノートの部隊は、王都には向かわなかったということだ」



「そんな……」



 レミが愕然とした表情を浮かべる。



「みんな、ここまで来るのにすごく頑張ったのに……」



「これが殿下の目的なのかもしれない。私たちの心がここで折れるか否か、それを試すために……」



「……」



 生徒たちの覚悟はティゼルにも十分に伝わった。


 次に試されているのは絶望から這い上がる力である。


 一度や二度の挫折で諦めるようでは戦争は止められない。



「それじゃあシンクは、キースを連れて一体どこに……」



「そのことについてだが、私には一つ心当たりがある」



 フラットがティゼルたちの向かった場所についてレミに説明した。




 ――――――――――――――――――――




 一方その頃、ティゼルたちはというと――――



「……殿下。一つおたずねしたいことがあります」



 キースが言った。



「この馬車は一体どこに向かっているのです? 王都ではありませんよね?」



「ふっ、そろそろ気づく頃だと思っていた。――――そう。貴君の移送先は王都などではない」



 ティゼルが彼の質問に答える。



「これが殿下のおっしゃっていた保険ですか? 偽の情報を僕たちに与え、塔に残った生徒たちを別の場所に誘導するために……」



「ああ。時間稼ぎとしてはそれで十分だった。今頃あやつらも気づいているのではないか? 私が貴君を連れて向かった本当の行き先についても、な」



「一体なんのための時間稼ぎです? 私はこれからどこに連れていかれるのです?」



「質問が多いな。――――まあ、いい。いずれわかることだ。事前に話しておこう」



「……」



「我々が向かっているのはオルディア王国・ブラウン侯爵家が治める領地――――貴君が一番よく知っている場所だ」



「……まさか」



「そう。我々の真の目的地はブラウン領の中心――――貴君の生家だ」



 そう言ってティゼルは仮面の奥で不敵な笑みを浮かべた。

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