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第9話

「――――くっ、なんだこの有り様は⁉」



「見ろ! まだ部屋の中にいるぞ!」



 看守たちが生徒たちの前に現れる。



「き、来たっ――!」



 レミが叫ぶ。



「おい、早くしろ!」



 クラウスが脱出の準備を()かす。



「ごめん、あと少し!」



「むむむむむむむむっ――――!」



 ゲイルとエニスは必死に準備を進めた。



「……仕方ない! ――――クラウス! 私と君でヤツらを足止めするぞ!」



「足止めつっても、相手はプロだぜ⁉」



 看守たちが生徒たちに向かって走ってくる。



「倒す必要はない! 時間さえ稼げれば――――!」



 フラットは水魔法を使って看守たちを部屋の外に押し戻した。



「「「のわあああああああぁぁぁぁ――――⁉」」」



「おそらくあの鎧はマジック・アイテムだ! 直接、彼らの体を傷つける類いの魔法は通じない!」



 フラットが言った。



「そういうことならっ――――!」



 クラウスは地面に両手を当て、分厚い岩壁を発生させて出入り口を塞いだ。



「おい、まだできねえのか⁉」



「ちょうどできたとこだよ! 先にステイルとオゼットが降りてった!」



 ゲイルがそう答える。



「ちっくしょう、アイツら……」



 クラウスがそう言った瞬間、出入り口を塞いでいた岩壁が崩された。



「お前らも早く行けっ!」



 そう言って彼は魔法で岩壁をもう一度作り直した。


 クラウスとフラット以外の生徒たちが下に降りていく。



「クラウス、もういい! 早く君も下に降りるんだ!」



 その瞬間、岩壁の隙間から一人の看守が抜けてきた。



「行くぞっ!」



 クラウスはフラットと共に、ゲイルとエニスが氷魔法で急造した地上まで続く長い〝すべり台〟に飛び乗った。



「逃がさねえぞ、クソガキっ――!」



 岩壁を抜けてきた看守が飛びついてクラウスの腰にしがみつく。



「え……?」



 ちなみにその看守は――――無能者であるため魔法は一切使えない。



「おお……」

「ひゃ~はっはっはっはっ――――‼」

「うぎゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――‼‼」



 摩擦が少ないため、フラットたちの速度がどんどん上がっていく。



「これはなかなかのスピードだな……。ものすごい風だ……」



「あ~っ⁉ 何言ってんのか全然わかんねえや!」



 クラウスが笑いながらフラットに言った。



「す、スピード――‼ スピード落としてくれぇぇぇぇぇ――――‼」



 看守が情けない悲鳴を上げる。



「そうだよ! これが魔法だ! これこそ魔法の本来あるべき姿じゃねえか!」



 クラウスが大空に向かって両手を広げ、彼の言葉にフラットが微笑んだ。



「戦争なんてクソくらえだ! 嫌なこと忘れてみんなで楽しもうぜ! ――――そうは思わねえか、おっちゃん⁉」



 クラウスが看守に言った。



「んなこと知るかっ――⁉ つーか、このすべり台いつまで続くんだっ――⁉」



「ああ⁉ それこそ知るかよ! 今を全力で楽しまねえと人生損するぜ⁉」



 クラウスの言葉に看守が歯を食いしばる。



「おっ! ――――おい、おっちゃん! あれが見えるか⁉」



「――⁉」



 看守が視線を上に向ける。


 空には美しい虹が架かっていた。



「すっげえキレイな虹だな! あれ見てっと辛い人生バカらしくなってこねえか⁉」



「……」



 看守は虹のあまりの美しさに目を奪われ、その瞬間だけ時間が止まったように思えた。



「クラウス、あれが見えるか⁉ 私たちの進路上だ!」



「ああ⁉」



 クラウスがフラットの視線をたどる。


 彼らの進路にはジェットコースターのようにぐるっと一回転する区間があった。



「な、なんで下に降りるだけであんなん造りやがった――⁉」



「おそらく一旦上昇してスピードを落とす計算だろう!」



「だからってわざわざ一回転させるやつがあるかっ――‼ 真上から落っこちたら即死じゃねえかっ――‼」



「時間がなかったんだ! 致し方あるまい!」



「……」



 クラウスが一呼吸置いて看守の方を見た。



「――――ところで、おっちゃんは魔法が使えんのか⁉」



「無能者の俺に、んなモン使えるわきゃねえだろっ――‼」



 看守がそう叫んだ。



「そっか! じゃあしっかり掴まっててくれ!」



「っ――⁉」



「俺に二人を同時に浮かせるだけの魔法技術はねえ! もしものときは俺がアンタをおんぶすっから、絶対に離すんじゃねえぞ!」



「……」



 クラウスたちが一回転区間に迫る。



「クラウス、気を(ゆる)めるな!」



「こっちは準備万端! いつでも来いってんだ!」



 そしてフラットたちは――――



「「「うあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――‼‼」」」



 見事に一回転区間をクリアした。


 そしてようやく長いすべり台が終わり、三人は無事に地上までたどり着いた。



「「「ぜえ、はあ……」」」



 地上に降り立ったクラウスたちが息を切らす。



「……どう? 楽しかった?」



「ゲイル……。てめえ……」



 今すぐゲイルをぶん殴りたいところだが、今のクラウスにそれだけの余力はない。



「どうせなら少しでもスリルを味わおうと思って」



「げ、減速のための仕掛けではなかったのか……?」



 フラットがゲイルにたずねた。



「もちろんそれもあるけど、やっぱ遊び心は大切じゃん?」



「……」



 もはやフラットは怒る気にもなれなかった。



「おい、ボーズ」



「……?」



「おめえさん、さっき言ったよな? もしものときは助けるって」



 地面に胡坐(あぐら)をかいた看守がクラウスに確認を取る。



「ああ」



「なんでだ? 俺はおめえさんたちの敵だぞ」



「……」



「その制服、おめえさんたち王立魔法学院の生徒だろ? 今がどういう状況なのか本当にわかってんのか?」



 オルディアとリュオールの戦争が近い。


 それは民の間でも既に噂になっていることだ。



「確かに、言われてみりゃあそうだな……。なんつーか、俺の中で助けるのが当たり前だったつーか……」



「……」



「たぶん、おっちゃんには死んでほしくなかったんだ。俺、別におっちゃんのこと嫌いじゃねえし」



 クラウスのそれはシンプルでわかりやすい答えだった。



「さてはおめえさん――――バカだな?」



「なっ――⁉」



 看守の言葉とクラウスの反応に他の生徒たちが笑い始める。



「ま、世の中には必要なバカとそうでないバカがいるもんだ。俺はおめえさんみたいなヤツは好きだぜ」



「……バカにされてんのか褒められてんのか、おっちゃんの言うことはよくわかんねえや」



 そう言ってクラウスが首をかしげる。



「おめえさんはそのままでいいって話さ」



「……」



「ところでおめえさんたち、これからどうする気だ?」



 看守がクラウスを含めた生徒たちにたずねた。



「んなもん決まってんだろ! キースを助けに行く!」



「……」



「んでもって、バカな俺たちのせいで始まっちまう戦争をみんなで止める。俺たちの目的は最初からそれだけだ」



 それを聞いた看守が目を細める。



「ボーズ。それ本気で言ってんのか?」



「ったりめーだろ!」



 クラウスは至って真面目だ。



「おめえさんがウソの()けないバカなのはわかっちゃいるが――――ヘタすりゃ死ぬぞ?」



「んなこたぁ、わかってる! けど戦争が始まっちまったら大勢の人が死ぬ! 俺とおっちゃんも本当の敵同士になっちまうんだぞ⁉」



「……」



「俺はそんなの死んでもごめんだ! 殺したくねえ人を殺す戦争なんてバカがやることだ!」



 クラウスはそう言い切った。


 看守は少し間を置いてから懐から煙草を取り出し、口に咥えてからそれに火を点ける。



「……この方角をまっすぐに進みな。二~三日もすりゃあ王都にたどり着く」



「「「っ――⁉」」」



 看守は煙草を持った手で王都の方角を指していた。



「どのみち俺一人じゃ、この人数の魔法使いは相手にできねえ。俺の気が変わらねえうちにとっとと行きな」



 そう言って看守は口から煙を吐き出した。



「おっちゃん……。恩に着るぜ」



 クラウスが看守に礼を言った。



「王都までここから二~三日か……」



「それまで歩き通しで飲まず食わずってのはキツいな……」



 オゼットとステイルがつぶやく。



「そもそも俺たちこの国のお金なんて持ってないし……」



「しかも昨日から何も食べてないしね……」



 そう言ってゲイルとエニスがお腹を押さえる。



「「「……」」」



 生徒たちが一斉に看守の方を見た。



「……クソガキ共が」




 ――――――――――――――――――――




 その後、生徒たちは王都に向かって出発し、看守は監獄塔に引き返した。


 監獄塔に戻った看守を二人の仲間が入り口付近で出迎える。



「おい、レンガ! あのガキ共はどうした?」



「悪い、取り逃がしちまった……」



 レンガが二人の仲間にそう言った。



「あの人数の魔法使いが相手だ。俺一人じゃどうしようもなかった」



「マジかよ……。オルディアの囚人を逃がしたなんて大問題じゃねえか……」



 二人の看守が青ざめる。



「責任は俺に取らせてくんねえか? 他にもマズいことがある」



「……なんだよ、マズいことって?」



 看守の一人がレンガにたずねた。



「ガキ共に脅されて、あり金と手持ちのマジック・アイテムを全部持ってかれちまった」



 そう言ってレンガはまいったと言わんばかりに両手を広げた。



「「アホ~~っ‼」」



 二人の看守の叫び声が空に響き渡る。


 看守たちは報告のためにすぐに塔内に戻った。



「……」



 レンガは胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。


 そして咥えた煙草に火を点ける。



「(ったく、最近のガキは遠慮ってモノを知らねえ……。 おかげでしばらく赤字続きだ……)」



 レンガが口から煙を吐き出す。



「(しかし、あんなガキ共が命懸けで戦争を止めにいくたぁ……。魔法使いってもの案外捨てたもんじゃねえな……)」



 レンガは煙草を吹かしながらそう思った。

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