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第8話

「……殿下」



 フラットたちの前にドレッドノートの隊員を引き連れたティゼルが現れる。



「レミ・イスタンブル。フラット・バミルス。ディアナ・マドール。――――当初の計画では、ここに連れてくる人質はこの三名だけのはずだった」



「「「……」」」



 フラットが予想していた通りである。



「私はこれから事後報告のため、王都に向かう予定だが、その前に諸君らの捕縛について新たな言い訳を用意する必要がある」



「「「……」」」



「諸君らの人質としての価値を示すため、情報提供者としてこの中から一名、我々に同行してもらう。――――無論、陛下の御前で命の保証はいたしかねるが」



 学院長の願いと国王の命令。


 ティゼルがどちらを優先させるかは言うまでもない。


 アルゼリウスが「人質を殺せ」と命じれば、彼はそれに従うつもりだ。



「……」



 フラットがティゼルの前に出ようとする。


 しかし、それをキースが制した。



「その役目は僕が引き受ける。ここにいる生徒たちには指一本触れさせはしない」



「「「キース!」」」



 それはダメだと言わんばかりに生徒たちが一斉に彼を止めにかかる。



「行くな! お前が行ったら間違いなく殺される!」



「シンクに一番恨まれてるのはアンタなのよ!」



 クラウスとリリアが言った。



「シンク! キースが行くなら俺たちも一緒に連れてってくれ!」



「無能者を見下していたのは俺たちも同じだ! 悪いのはキースだけじゃない!」



 オゼットとステイルがティゼルに頼み込んだ。


 しかし、ティゼルは首を横に振る。



「その申し出は却下する。諸君らが陛下に害を及ぼさぬとも限らぬからな」



「俺たちはそんなことしません!」



「私たちはただ戦争を止めたいだけよ!」



 ゲイルとエニスが叫んだ。



「みんな、ここは大人しく彼の指示に従うべきだ。君たちはここで待っててくれ」



 そう言ってキースが生徒たちを黙らせる。



「キース、貴君の覚悟は確かなようだ。だが私は貴君を痛めつけることになんの躊躇(ためら)いも持たぬぞ?」



「当然だね。僕は君にそれだけのことをしたんだから」



「……」



「僕一人の命で戦争が止められるとは思っちゃいない。だけど君個人の怒りを(しず)められるなら本望だ」



 そう言ってキースは自分の胸に手を当てる。



「私はオルディアの誉れ高き一族――――ブラウン家の長男キース・ブラウン。僭越ながら、リュオール王国第二王子ティゼル殿下に申し上げる」


 

 キースがその場でひざまずき、ティゼルに向かって頭を下げた。



「我が命、我が魂、その全てを御身に捧げ、殿下のお心に変革をもたらす平和がための(いしずえ)となりましょう」



「……」



 ティゼルが仮面の奥で目を細める。



「キース……」



 フラットがぼそりとつぶやいた。



「よもや貴君にそれほどの胆力があったとは……。ミス・マドールの選択もあながち間違いではなかったようだ……」



「……」



「我がリュオール軍の総指揮官としてここに明言する。――――ブラウン家の長男キース・ブラウンの命をもって、私怨による武力行使はこれをもって終息といたす」



「恐悦至極に存じます」



 キースが頭を下げながら言った。


 生徒たちの顔には悔しさが滲んでいる。


 自分が彼の立場なら、おそらく同じことはできない。



「キース・ブラウンに手錠をかけよ。移送の準備だ」



 ティゼルが身をひるがえし、ドレッドノートの隊員に命令を下した。



「シンク! キースに乱暴なことはしないで!」



 レミが言った。



「それは私が判断することだ。諸君らはそこで大人しくしていろ」



「シンク!」



 レミがティゼルに向かって叫んだ。


 しかし、彼は部屋から出ていってしまった。



「イスタンブル嬢。どうやらここでお別れのようです」



「キース……」



「僕の命はここまでですが、すぐに殺されるわけではない。その前に必ずやシンクの心を変えてご覧に入れます」



 そう言ってキースはレミを落ち着かせる。


 しかし、レミは涙をこらえきれなかった。



「キース。私たちはまだ始まったばかりだ」



 フラットが言った。



「死んだ後のことなど決して考えるな。――――必ず私たちが君を迎えに行く」



「……」



 フラットの目はキースの命を諦めていなかった。


 キースが口元に笑みを浮かべる。



「フラット君……。後のことは君に任せるよ……」



「っ――⁉」



「勘違いしないでくれたまえ。僕がここを去った後のことを頼んでいるだけさ。僕は君たちを信じて気長に待つことにする」



 その言葉を最後に、キースはドレッドノートの隊員に連れて行かれてしまった。


 目の前のドアが閉じられ、外からカギがかけられる。


 生徒たちはその光景をただ見ていることしかできなかった。



「おい、どうすんだよ⁉ このまま連れてかれたら、マジで殺されちまうぞ!」



 クラウスが言った。



「どうするつったって、今はどうしようもねえだろ!」



「キースを追いかけるにしても、まずはこの塔から脱出する方法を考えないと!」



 ゲイルとエニスがそう答える。



「みんな、一旦落ち着こう。ここは監獄塔の最上階。周到に計画を練らないと脱獄は不可能だ」



「計画って、んなもん考えてる時間あんのかよ⁉」



 クラウスがフラットにたずねた。



「時間があるなしの問題じゃない。ここはそういう場所だって言ってるんだ」



「そういえば前に聞いたことがある。リュオール王国の監獄塔は上級の魔法使いですら脱獄は難しいって」



 レミが以前に聞いた話を思い出す。



「そう。そして難しいということは、決して不可能ではないということだ。この世に完璧なものなど存在しない。ましてやここは人の手で造られた建物だ。必ず抜け道はある」



 フラットが言った。



「けど俺たちはこの塔の構造をほとんど把握してないんだぞ⁉」



「下調べだけでもかなり時間がかかる。しかも俺たちはこの部屋からの出入りを制限された身だ」



 そう言ってオゼットとステイルは出入り口のドアを見る。



「魔法を使えば開錠そのものは難しくないだろうけど、外には見張りがいるだろうし……」



 リリアが言った。



「いや、カギ自体にも魔法対策が施されている危険性がある。ならば開錠と同時に知らせが届き、塔全体の見張りが飛んでくるだろう」



「じゃあ、どうしろってんだよ⁉」



 クラウスが再びフラットにたずねた。


 するとレミが何かに気づいた様子でみんなに問いかけた。



「……ねえ、ここって塔の最上階だよね?」



 ゲイルが「ああ」と彼女の質問に答える。


 レミの視線は真上を向いていた。



「レミ……。アンタ、まさか……」



 エニスが彼女の考えに気づいた様子だ。



「うん。そのまさかだよ」



 レミが凛々しい顔つきで言った。



「この部屋の天井を塔の屋根ごと吹っ飛ばせってのか⁉」



「んな無茶な……」



 オゼットとステイルはレミの作戦に呆れている。



「カギだけじゃない。おそらくこの部屋全体に魔法対策が施されている。術式ごと吹き飛ばすには相当な魔力が必要だぞ」



 フラットが言った。



「一人じゃ無理だけど、ここには王立魔法学院の生徒が八人もいるんだよ? 全員の力で大魔法術式を展開すれば、なんとかなるんじゃない?」



 レミがそう答える。



 本来、魔法使いは一人で魔法を行使するものだが、大魔法術式は複数の魔法使いが大量の魔力を用いて実現させる強力な大魔法だ。



「あれは一年生には扱えないとても高度な術式だ。失敗すれば暴発に巻き込まれて私たちも死ぬぞ」



「けど、やる価値はあるんじゃない? そもそもこの部屋から出れなきゃ、キースを助けるどころか戦争すら止められないわけだし」



「……」



 フラットは彼女の言い分に反論できなかった。 


 短時間でこの塔から脱出するには、それ以外に方法はない。



「レミ。アンタたまにとんでもないこと言い出すよね?」



 リリアが言った。



「ま、やる気にさせられてる時点で俺たちも同類だけどな」



 クラウスがパンッと拳を手のひらに打ちつける。



「キースを助けるためだ。仕方ねえ」



「成功したら、今度アイツに何かおごらせようぜ」



 オゼットとステイルも乗り気になる。



「じゃあさ、こんなのはどうかな?」



 そう言ってゲイルは自分が考えた作戦を他の生徒たちに説明した。



「……なるほど。悪くない作戦だ」



 フラットが言った。



「それぞれの得意分野を生かすなんて、アンタらしい思いつきよね」



 エニスはずいぶんと嬉しそうだ。



「それじゃあ早速始めよう。みんな自分のポジションについてくれ」



 フラットがそう言って他の生徒たちに指示を出した。


 生徒たちがそれぞれの配置につく。



「チャンスは一度きりだ。しかし、恐れる必要はない。これはそのためのポジショニングだ」



「「「……」」」



「全員、タイミングを合わせろ!」



 フラットのかけ声に合わせて生徒たちは大魔法術式を展開した。




 ――――――――――――――――――――




 一方その頃――――


 ティゼルはキースを連れて馬車で移動していた。


 いつもどおり、ティゼルの隣には副隊長が座っている。


 

「「っ――⁉」」



 そのときである。


 少し離れた上空で大きな爆発音が響いた。


 

「い、今の爆発は……?」



 副隊長がティゼルにたずねる。



「案ずるな。おそらく塔に残った生徒たちが大魔法術式を展開したのだろう。それ以外にあの部屋からの脱出は不可能だからな」



 ティゼルが言った。



「……殿下は彼らの動きを読んでおられたのですか?」



 キースが彼にたずねる。



「さすがに時間の予測までは無理だったがな。あやつらが貴君を助けるために動き出すと確信していた。そのための保険もかけてある」



「……」



「案ずるな。あやつらを直接手にかけることはない。貴君との再会を先延ばしにしただけだ」



 ティゼルが言った。


 キースには彼の考えがまったく読めなかった。




 ――――――――――――――――――――




 そしてその頃――――


 生徒たちは塔の屋根の破壊に成功していた。



「ケホッ、ケホッ……! ――――失敗しちゃったね」



 レミが言った。



「……だが結果オーライだ」



 フラットは大魔法術式の暴発で吹き飛んだ塔の屋根を見た。


 そこには大きな穴が開いている。


 それどころか部屋の窓や出入り口のドアまで吹き飛び、部屋の外で見張りをしていた看守は廊下に倒れて気絶していた。



「ゲイルの言った通り、攻撃班と防御班に分かれて正解だったな」



「ああ。シールドを張ってなきゃ間違いなく死んでた」



 オゼットとステイルが言った。



「でも、ここからどうするの? 一年生の私たちがサポートアイテムなしで空を飛ぶのは……」



「ああ。かなり危険な賭けになる……」



 エニスとゲイルが言ったサポートアイテムとは、杖や箒といった魔法使い専用のマジック・アイテムであり、魔力操作における補助コントローラーのようなものだ。



「地面に降りるだけならまだしも、長時間の空中飛行は私たちには無理だよ」



「今の爆発で看守も私たちの動きに気づいたはずだ。早くしないと塔周辺に追跡部隊が配備されてしまう」



 レミとフラットが言った。



「もう! なんでそういうことを先に決めとかないのよ⁉ みんなその場のノリで動き過ぎ!」



「おめえもそのうちの一人だろうが! こういうのは勢いなんだよ!」



 リリアとクラウスが声を荒げる。



「まあまあ、二人とも……」



「今は地上に降りる手段を考える方が先決だ。このままでは間に合わなくなるぞ」



 レミがリリアとクラウスをなだめ、フラットが現実的な意見を口にした。



「ねえ、下に降りるだけじゃダメなの?」



「んなことしたら、すぐに看守に捕まっちまうだろうが!」



 生徒たちがあれこれ話し合っている。



「なら、滑空は? 斜めに降りていくだけなら私たちにもできるんじゃない?」



「下まで何メートルあると思ってんだ⁉ 途中で風に煽られて魔力操作をミスったら、一発であの世行きだぞ!」



「下に降りるだけなら塔に張り付いて風を防ぐこともできるんだけど……」



「……」



「おい、ゲイル! 黙ってないでお前も何か考えろよ!」



 クラウスが言った。



「……滑空」



 ゲイルがぼそりと呟く。



「だからゲイルは今それを考えてるんじゃない! 邪魔しないで!」



「邪魔ってなんだよ、邪魔って⁉」



 クラウスとエニスが至近距離で睨み合う。



「だからみんな落ち着いて……」



 レミが二人の間に割って入る。



「そっか……。俺たちって本当にバカだよな……」



 ゲイルが言った。



「ああ? なんだよ、ゲイル? 何か良い作戦でも思いついたのか?」



 クラウスがそうたずねる。



「貴族にとっての魔法は、民の涙を笑顔に変える力……。キースの言った通りだと思ってさ……」



「ばっ! 今はそれどころじゃ……!」



「待て、クラウス!」



 フラットが彼を黙らせる。



「涙を笑顔に変えるってのは、単に人を助けるってだけの話じゃないんだ……。長くて辛い人生に束の間の笑顔を与える……。それだけで十分だったんだ……」



「「「……」」」



「人を助ける以前に魔法とは本来〝人を楽しませるための力〟……。そんな当たり前のことを忘れていたなんて……、だから俺たちはこんな簡単なことにも気づけなかったんだ……」



 ゲイルは自分自身がとても情けなく感じる。



「……ゲイル。君の案を聞かせてくれるか?」



 フラットが言った。



「……」



 ゲイルは少し間を置いてから自分の考えを生徒たちに伝えた。

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