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第1話

「シンク。次はお前の番だ」



「……」



「どうした? 早くしろ」



 シンクは王立魔法学院の生徒である。


 この学院は【オルディア王国】最高峰の魔法教育機関であり、大陸全土から魔法の才能に溢れた子どもたちが集められていた。



「できません。先生」



「……何故だ?」



 室内訓練場。


 シンクの視線の先には攻撃魔法の練習用の的があった。


 今は魔法の精度を高める授業の最中で、彼は担任の教師から的に向かって攻撃魔法を放つよう指示されていた。



「僕には魔法が使えないからです」



 そう。


 シンクは魔法が使えない。


 生まれつき強大な魔力を持ちながら、魔法使いとしての才能だけは持ち合わせていなかったのだ。



「ならば何故お前は学院(ここ)にいる? なんのために毎日学院の授業を受けている? 高いお金を払っている親御さんに申し訳ないと思わないのか?」



 周りにいる生徒たちがクスクスと笑う。



「先生。そんなヤツ相手にしても無駄ッスよ。早く次に進みましょう」



 男子生徒の1人が言った。


 魔法が使えないシンクは、クラスメイトからイジメに近い嫌がらせを受けていた。


 今さら嫌味の1つや2つ言われたところで、彼の心は動じない。



「そうだな。これ以上は時間の無駄だ」



 教師はそう言ってシンクに背を向け、他の生徒たちが集まる場所まで移動した。


 シンクは魔力量だけなら当代トップクラスの持ち主である。


 だから彼は王立魔法学院にも入学できたのだ。


 入学当初は学院側からも大きな期待が寄せられていた。


 しかし、魔法使いとして素質がないとわかるや否や、周囲の彼に対する態度は冷たいそれに変わっていった。



「元気出して、シンク」



 シンクに声をかけたのは、同じクラスの女子生徒である。


 名前はレミ。


 成績は平凡だが、顔が可愛くて誰とでも仲良くなれる女の子だ。



「シンクはまだ魔法の才能に開花してないだけだよ。それだけの魔力があるなら、いつかきっと――――」



「本当にそう思う?」



「え?」



 シンクが床に腰を下ろす。



「魔力は誰にでもあるものだけど、この世界には魔法の力に目覚めず死んでいく人たちがごまんといる。――――レミは本当に僕に魔法の才能があると思うの?」



 レミは一瞬、言葉に詰まった。



「それは、まあ……。シンクのこれからの頑張り次第かな」



「……」



 レミは悪い子ではないのだが、天然な性格が災いしてたまに適当なことを言う。



「魔法の覚醒条件は生まれ持った素質が全てだよ。そして僕には魔法の才能がなかった。――――それだけのことさ」



 すると1人の男子生徒が2人の会話に口を挟んできた。



「ならば何故君はこの学院に残り続ける?」



 彼の名前はフラット。


 クラスで一番成績の良い男子生徒だ。


 金髪碧眼、眉目秀麗(びもくしゅうれい)、女子生徒からの人気も高い。



「君には魔法使いとしての素質がない。それがわかった以上、君は大人しく学院を去るべきじゃないのか?」



 フラットが冷たい目でシンクを見る。



「ちょっと、フラット! またそういうことを言う!」



 そう言ってレミがフラットを叱りつけた。



「だが事実だ。今なら魔法使い以外の道も開ける。このままでは彼の生まれ持った強大な魔力は宝の持ち腐れだ」



 フラットはシンクに厳しい言葉をぶつけることが多かった。


 しかし、それは彼なりの不器用な優しさでもある。


 そのギャップが多くの女子生徒を惹きつける要因の一つとなっていた。



「フラット。君の言うことはもっともだと思う。本当はもう少しここで頑張りたかったけど、僕はこの学院を去ることにするよ」



「っ――⁉」



 レミが驚きの表情を浮かべる。



「シンク、私たちが入学してまだ半年しか経ってないんだよ⁉ 見切りをつけるにしてもさすがに早すぎるって!」



 彼女は必死にシンクを止めようとした。



「よすんだ、レミ。彼は魔法使いとしては不適格だが、決して無能ではない。実技のない学科試験では私以上の成績を収めている」



 フラットが言った。



「進む道さえ(たが)えなければ、彼はいずれ魔法界に大きな貢献をもたらす存在となるだろう。クラスの友人として彼の幸せを望むのなら、これ以上彼の才能を腐らせるようなマネはするな」



「フラット……」



 レミが泣きそうな顔で彼を見る。



「ありがとう、フラット。君のおかげでやっと決心がついた。僕は故郷(くに)に帰って新しい夢を探すことにするよ」



 シンクが言った。



「私と君は親しい間柄ではなかったが、君のこれからを応援したい気持ちにウソはない。この私も含め、君をバカにした連中を必ず見返してやれ」



 そう言ってフラットが右手を差し出した。



「ああ。必ず君の期待に応えてみせるよ」



 シンクが床から立ち上がり、フラットの手を握り返した。



「――――ただ、最後に一つだけやり残したことがある。それを果たすまでどうかこの学院に残ることを許してほしい」



「……そのやり残したこととは?」



「大したことじゃない。ただの挨拶さ。今度学院内で大きなパーティーが開かれるだろ? そこで先生たちにキチンと礼を言っておきたいんだ」



 シンクがそう言うと、レミが納得した顔をする。



「そっか。特別講師として学院の外から来てる人もいるから、先生たちが全員揃うのはそのパーティーのときだけなんだ」



「なるほど。確かに筋は通しておくべきだろう。これからも魔法界に関わり続けるなら(なお)のことだ」



 フラットがシンクの意見に頷いた。



「そういえばシンクってどこから来たの?」



 レミがシンクにたずねる。



「ほら、この学院の生徒って大陸各地から集められてるじゃない? 私、シンクがどの国の出身か今まで聞いたことなくって」



「ああ。【リュオール】だよ」



「っ――⁉」



 シンクが祖国の名を告げた瞬間、フラットの目が大きく見開かれた。



「リュオールって、確か……」



 レミが気まずそうに口をつぐんだ。



「シンク。前言撤回する」



「……?」



「君は今しばらくこの地に留まるんだ」



 フラットの表情が急に厳しくなる。



「どうしたんだよ、急に? 怖い顔して……」



「シンク、知らないの? ここ最近オルディアとリュオールの関係が急激に悪化して、戦争が始まる寸前だって話だよ」



 レミが言った。


 つまり戦争が始まれば、王立魔法学院が存在するこの国とシンクの祖国が争うことになるのだ。



「今は両国の穏健派が必死に食い止めているが、それもいつまで持つか……」



 フラットが苦い表情を浮かべる。



「やけに詳しいんだね、フラット。――――もしかして君の家はオルディアの第三王子とお知り合いか何か?」



「っ――」



 フラットの顔に一瞬動揺が走った。



「……何故そう思う?」



「第三王子のカイネル殿下は戦争嫌いで有名な人だからね。つまりは穏健派の筆頭人物と言っていい。聖女エレノアもその候補の一人だけど、彼女は教会側の人間だから〝貴族〟の君とは関りが少ないはずだ」



「……」



 フラットは平民として入学してきた生徒である。


 にもかかわらず、シンクはフラットが貴族であることを前提に話を進めていた。



「そして君は国の情勢にとても詳しい。平民が始まってもいない戦争の裏事情を知るのは不可能だ。つまり君の正体はとても家柄の良い貴族。――――あ、これはさっきの推理にも繋がる話ね」



 レミは呆然として口を開いたままだ。



「高貴な家柄の人が身分を隠して学院に通うなんて今どき珍しくもない。君の口調から察するに、君はリュオールとの戦争には反対派の人だ。だから穏健派のカイネル殿下とそういったご縁があるんじゃないかと思って」



 シンクの長々しい説明が終わると、フラットは小さく息をついた。



「……やはり君は頭が良い。当たらずとも遠からずといったところだ」



 彼は良い意味で呆れた様子だ。


 オルディアとリュオールの関係悪化は今回が初めてではない。


 そして前回の騒動を解決に導いたのが第三王子のカイネルと聖女エレノアである。


 この二人がそれぞれのやり方で動いた結果がそれであると世間では噂されていた。



「へへっ、少しは見直した?」



 シンクが自慢げに笑顔を浮かべる。



「見直すも何も、私は初めから君を評価している。――――そう。だからこそ君に腹が立っていたのかもしれない」



「……?」



「私にはない大いなる才能を持つ君が、その力を発揮できない場所でくすぶり続けている姿に……」



 フラットは自分の気持ちを素直に打ち明けた。


 オルディアは絶対魔法主義の国。


 一方、シンクの祖国であるリュオールは純粋な実力主義の国だ。


 リュオールでは魔法が使えない平民でも実力さえあれば誰でも出世できる。


 しかし、オルディアは違う。


 魔法使いとしての実力があれば平民でも出世できる――――


 その点ではリュオールと同じだが、魔法が使えない者に対しての差別意識が非常に強い国なのだ。



「ねえ、フラット。今回もカイネル殿下が戦争を防ぐために動いてくれてるんだよね? それでも今回は避けられないの?」



 レミがそうたずねた。



「そもそも前回の騒動で戦争を回避できたのが奇跡みたいなものだ。リュオールの穏健派と利害が一致し、リュオールの第一王子を通じて交渉をうまく運ぶことが出来た」



「その人なら僕も知ってる。王位継承権第一位のルキウス殿下だよね? 確か僕たちより3つくらい年上で、今は王様になるための準備期間として世界を見て回る旅に出てるとか」



 シンクが言った。



「そっか……。今回はその人が旅に出ちゃってるから、王様の意志を覆せるほどの影響力を持つ穏健派が今のリュオールにはいないんだ……」



 現状を理解したレミが悲し気な表情を浮かべる。



「せめて第二王子のティゼル殿下と話し合いの場が持てれば、回避の可能性は残されているんだが……」



 フラットが言った。



「ティゼル殿下も穏健派の一人だけど、人前には滅多に姿を現さないことで(ちまた)でも有名な人だもんね。例え話し合いの場が持てたとしても、必ずしも交渉が上手くいくとは限らない」



 フラットの気持ちを察したシンクがそう答える。


 するとレミが言った。



「けど、その人が交渉相手じゃどのみち王様の説得は無理だったんじゃない? 普段は人前に姿を現さない引きこもりの王子様なんでしょ?」



 彼女の勘違いをフラットが訂正する。



「レミ。ティゼル殿下が人前に姿を現さないのは、彼が幼少の頃に武人としての才を開花させ、父親であるアルゼリウス王に独自の部隊を持つことを許されたからだ」



「……それが引きこもりとどう関係あるの?」



「だから引きこもりじゃないって……」



 シンクがレミにツッコむ。



「レミも一度は耳にしたことがあるはずだ。対魔法使い戦に特化した特殊機動部隊――――通称・ドレッドノート。ティゼル殿下は王族でありながら自ら前線に赴く最強の部隊長だ」



「っ――⁉」



 フラットの言葉にレミが驚く。



「ドレッドノートって、あの怖い仮面を被った黒いマントの人たちだよね……?」



「ドレッドノートは隊の規模こそ少ないが、いずれも選りすぐりの精鋭たちだ。仮面とマントは平等の理念を象徴すると同時に、隊員の正体を隠すためでもある。ティゼル殿下が人前に姿を現さないのも、その一環だ」



 フラットが説明にシンクがつけ加えた。



「レミも気をつけた方がいいよ。ドレッドノートはむやみに人を傷付ける部隊じゃないけど、敵対した相手には本当に容赦のない人たちだから」



 シンクの手がわずかに震えている。


 レミはそんな彼の横顔を心配そうに見つめていた。

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