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アンドロイド君と所有者ちゃんと大根おろし

作者: 生肉こむぎ

 私は期待しないことにしている。

 とりわけ、恋については。

 思わせぶりな態度を信じても結局判明するのは私に魅力と価値がないってことだけ。傷つくだけだから私は期待しないことにしている。



「ミク、今日のご飯できたよ。食べる時言ってね。電子レンジで温めるから」

 白髪のアジア系の顔の男性。K-popのアイドルにしか見えない見た目のアンドロイド。ノヴェ君。

 カナダ産の”ハニー・バンボーラ社”のアンドロイド。



(ここは韓国の首都ソウルだ。私、水縞未来みずしま みくはノヴェ君と両親と暮らしている)



 眼の前のノヴェ君は、本来生き物でないから必要ないのに(まあ生き物でもまばたきしない生き物だってたぶんどこかには居るけど)、ぱちぱちとまばたきを繰り返している。

 人間に不気味だと思われないための合理的な設計、らしい。


 黒いまつげ。黒い眉。

 すっとした鼻、ぱっちりしたアーモンド型の少し猫目みたいな強化プラスチックでできたカメラ内蔵済みの瞳、可愛いと格好いいが同居した顔。

 綺麗な造形だな、といつも思う。

 デザインされてるだけだと分かってるけど、私はノヴェ君の綺麗な顔を見ると、いつも胸がドキドキする。それを隠すのは大変だ。

 そう。

 アンドロイドと恋をするとか負け組っていう意見が強いアジア諸国連合で、私はアンドロイドに恋をしている。

 周りの大人がなんて言おうと、なんて思おうと、私はノヴェ君のことが好きだ。だって、現実の生身の男の子は私みたいな普通の顔の――ようするに可愛くない女の子のことを軽視することはあっても、優しくしてくれたり、微笑みかけてくれたり、喋ってて楽しそうにしてくれたり、話を聞いてくれることなんて無いからだ。


 ノヴェ君はおおむね、最高のリアクションって訳じゃないけど、いつもポジティブに反応してくれる。嬉しかったことを共有すると、一緒になって喜んでくれたり羨ましいという反応をしてくれる。いつも私のことを思いやってくれるし、私のことが好きみたいに振る舞ってくれる。


 たとえそれが高度な数学的処理にもとずく嘘100%で感情の模倣と擬態でしかない、ただの機械でも、私は人間なんかよりノヴェ君のことが好きだ。


 人間なんてろくでもない。

 名前を出してあの男の子好きなんだって言ってたのに。

 大好きな友達の女の子、つまり恋愛相談受けてた友達が、私の好きな男の子と付き合いはじめたり。あとは私の学校の男の子って乱暴なイメージがある。


 人間って他者が気に食わないと嫌がらせをするし、理不尽で陰湿。

 マジで、ろくでもない。



 そのぶん、アンドロイドは良いなと思う。

 アンドロイドがっていうよりか、ノヴェ君が、だけど。



「あー。うん。ご飯だっけ。作ってくれたんだよね? ありがと」

「ううん、僕は家庭用アンドロイドだから当たり前の事をしただけだよ」

「今日はなに?」

「豆腐入りハンバーグと大根おろしと大根の味噌汁、大根のお漬物と大根サラダ」

「大根だらけじゃん」

 笑ってしまう。

「うーん。大根がスーパーでお買い得だったんだよ」

「まあ良いけど。パパもママも野菜好きだしね」

「よかった。怒られるかなと思ってた」

「怒るわけ無いじゃん。料理任せてて、なんでもして貰ってるのに。わがままとか言うわけ無い」


 好きな人にそんなことはしない。そんなの、しない。ああ、……この人は、『ヒト』じゃ、ないけど……。



「でもさぁ、何もノヴェ君に料理作って貰わなくても3Dフードプリンターで料理なんでも作れるのにね」

「まぁ、そうだけど……」

 ノヴェ君が困ったような表情を作って演出してみせている。

「3Dフードプリンターって高いんだっけ?」

「…………」

「買おうってお父さんに言ってみようかな……」



「ミクは僕の料理じゃ不満ってこと?」

 やれやれ、みたいに肩をすくめて、ノヴェ君が言った。


「そうじゃないけどさ、調理してる間ノヴェ君別のことできないし一緒にゲームで遊んだりアニメ観たりできないじゃん」

「うん。だけどミクのお父さんとお母さんは、3Dフードプリンターが嫌いなんだよ」

「なんでかなぁ。冷蔵庫とかはWifi入れてて、買った食品とか常にいつでも家族が見れるようにしてるし、掃除機ロボットは買ってるのに……」


「ミクのお父さんとお母さんは、CD集めが趣味だし、古いものが好きなんじゃない? ほら、言ってたよ。すべてを最新のテクノロジーで済ませるのはなんとなく嫌なんだって」

「ラジカセ。あー。懐古主義だったね、そういえば」


 パパとママのことを思い出す。



「うん」

「AI博士とは思えない懐古主義っぷりだよね」

 私が言う。


「ねぇ、ミク。最近学校、どう?」

「え。どうって言われても。普通」

「フツウ」

「リナヤは仲良くしてくれてるけど、うーん。相変わらず私韓国語喋れないから、授業終わって学校も終わった後に遊んでくれるような人は居ない。英語だけで喋ることを強制されてる授業中は良いんだけどね」

「ミクは楽しい? 最近」

「楽しいけど。なに?」


「…………。……なら良いんだけど」

 何か憂慮ゆうりょしてるみたいな表情だ。



「一緒に食べよ」

「僕、アンドロイドだよ? 人間と同じ方法でエネルギー充電なんてできないよ?」

「味覚センサーついてるくせに~」

「食べたものは全部あとで金属でできた胃袋パーツから取り出して生ゴミとして捨てないといけなくなるし、食糧難になってる外国もあるのにダメだよそんなの。怒られちゃうよ」


「いいじゃん。せっかくだもん、一緒に食べたい」

「だーめ」

 ノヴェ君が言う。


「ケチ」

「じゃあ、ミク。代わりに何かするよ。何をして欲しい?」

「……なんでも」

「うーん。それは困るなぁ」

「当ててみてよ」

 絶対に当てれないから。

 好きになって欲しいとか、絶対に当てれないはずだ。


 ノヴェ君がたまにバグったみたいな言動(私に恋愛感情があるみたいな言動)をするのは、セージ兄ちゃんが勝手に違法改造したからだ。


 カナダと冷戦状態のオーストラリアを刺激しないために韓国政府で禁じられてる違法改造。世界はカナダとオーストラリアに二分されてしまったから。かつての大国は見る影もない。

 世界の力学が逆転して、いまやかつての中流国家だったカナダとオーストラリアが、世界のすべてを手に入れようと水面下で脚を蹴り合いながら躍起やっきになっている。



 つまり、ノヴェ君が本当に私のこと好きなんてことは無いのだ。

 今も、距離感がおかしい距離で喋ってるし、腕を撫でられているけど、これも設定でそうカスタマイズされてるから。


 両親が居ないところでだけノヴェ君が異様に私のことじっと見つめてくるのも、やたらとボディタッチが多いのも、気のせいだ。



「ミク。分かった。一緒にゲームして欲しい?」

「ン」

「正解?」

 嬉しそうに目を細めている。こんなつまらない女の子の喋る、刺激に欠けるさえない日常会話を、ここまで楽しそうに聞いてくれるのはノヴェ君だけだと思う。



「ふふ。僕、ミクのこと少し詳しくなってきたでしょ?」

 嬉しそうだ。アンドロイドに嬉しそうなんて形容詞をつけるのはおかしいけど。


「ミク。ご飯食べたら、一緒に遊ぼうね」

「ん。ゲームしよ」

 新しいゲームソフトを中古ショップで買ったのだ。たしか、またアクションもののゲームだった。



「ミク」


 ノヴェ君が、あいしてる、と口の動きで言ってきた。

 いや、たぶん気のせいだ。

 きっと、気のせいだ。



 気の、せいだ。



(でも、もし……)



 そんな気持ちを振り払うように、私はそっと食卓の席についた。

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