第五話「予言、みたいな言葉」
「なぁるほどね。あの事件、やっぱり真っ黒な真相だったのね。それで
証拠隠滅の為にジークが狙われてるってワケか」
ジークリンデは名前が長い。よくジークという愛称で呼ばれている。
ミッシェルも彼女をジークと呼ぶ。ジークリンデは事件当日に生まれたし、
その場を見たことなど無い。そんな記憶はない。何故なら赤子だったの
だから。そこから生まれる疑問は。
「生まれたばっかりの赤ちゃん時代の事なんて覚えてるはずもないのに…。
なんでジークを狙うのかしらね?」
「そうなんだよね。もしかすると、現場に居合わせたって理由じゃなくて
私自身に何かあるのかもしれない…」
特殊な力とすれば、エーテルを自由自在に扱う力だろうか。ミッシェルは
その点についてあり得ると告げた。何かしらのデバイスを通じてエーテルを
操るというのが基礎となっているのが今の時代。魔術と科学が融合した
現代の魔術の在り方だ。ジークリンデのように自然に溢れるエーテルを
直接操作するのは非常にレベルの高い技術であるらしい。
「オリュンポス社もそのデバイスの製造で成功しているのよ。さて、ここで
目的地としてふさわしい場所を占いましょう!」
「占う?」
「そうよ。もうオリュンポス社には戻れないし、依頼は失踪している国主を
捜索することでしょ?当てずっぽうで動き回るよりも良いと思わない?」
ミッシェルはウインクする。大まかな目的は国主アローゼ・グリフィンという
男を見つけ出すことだが、姿も知らなければ彼の家も知らず、そしてどこに
いるのかも分からない。活動範囲すら不明だ。
「でも、当てられる確率は?」
「まぁまぁ、確率なんて良いじゃ~ん」
「えー…」
大雑把な占い師らしい。目を伏せて、何やら何度も頷いている。そして
閃いたらしい。
「ねぇ、ジークの家に泊めて欲しいんだけど。ほら、あたし、もう家に
戻れないしさ。あの会社が職場兼自宅みたいなモンだし」
「一応、連絡だけしても良い?」
一報入れるべきだろう。ナイトレイ家は奇妙な一家だ。全員血の
繋がりが無いらしい。ジークリンデも、彼女の兄のヴィクトルも、そして
二人を引き取った老婆すらも。長い事呼び出し続けて、ようやく老婆が
応答した。名をリトリア・ナイトレイ。
『どうしたの?』
「友達とお泊り会をしたい。一緒に帰っても良い?」
『勿論。…あら、お帰りヴィクトル』
兄が帰って来たらしい。宇宙機関所属のパイロットである。
思えば友人を家に招くことなんてしたことが無かった気がする。
そこまで親睦を深めた相手がいなかったとも言えるが…。何やら会話を
していたらしく、ようやっとこちらに戻って来た。
『ごちそう、用意しておくわね』
「ありがとう」
ということで、ミッシェルと共に南区の自宅へ戻ることになった。
ここから電車を利用する。
「へぇ、お兄さんがいるのね。しかもパイロットかぁ…。そういえば貴方は
大学とか通ってないの?」
「私は、そんなに頭も良くないし。事務所を継いだからね」
「貴方のおばあ様が探偵だったの?」
「ん~…いや、私が勝手に立ち上げた便利屋だった。でも、仕事ぶりに
尾ひれがついて話が拡散しちゃって、探偵になってた」
そんなこともあるのねえ、とミッシェルが目を丸くしていた。
ミッシェルが占い師をやり始めたのは自分がどうにも運が悪いばかりだった
かららしい。運気を上げるなら、自分で占いについて学ぶのもアリかなと
考え始めたらしい。これだけで飯を食えるはずも無いので、オリュンポス社に
身を置いていた。彼女のことをコネ入社だのなんだのと言う人は
いなかったのだ。
家の前に来て、ジークリンデがドアノブに手を掛けるのと同時に扉が
勢いよく開いた。
「いたっ⁉」
「おっと、悪い。大丈夫か?」
「あらぁ、なんちゅータイミングゥ…。直撃してたわね」
傍からみていたミッシェルは苦笑いを浮かべる。痛みに顔をゆがめる
ジークリンデを挟んでヴィクトルとミッシェルの視線がピッタリと合う。
二人は揃って会釈する。
「もしかしてばあちゃんの言ってたジークの友人?」
「あ、ミッシェル・レインウォーターです。今日一日、ナイトレイ邸宅に
お世話になりまーす!」
三人は家の中に入る。ミッシェルがふと足を止めた。何か切羽詰まったような
表情を浮かべているのだ。
「どうしたの?ハッ!まさか…この家、実は臭い、とか…?」
恐る恐る真意を窺った。
「そうじゃなくて、ジーク…あのね…―」
先を言う前にリビングからヴィクトルの声がした。モヤモヤした気持ちを
抱きながら夕飯を食べる。ふと、ミッシェルがヴィクトルに視線を向けた。
「?何か、俺の顔についているか?」
「…ジークのお兄さん、喧嘩しちゃ駄目だよ。ジーク、悲しむから」
「?」
ミッシェルの予言のような発言にジークリンデの第六感が何かを警告する。
彼女の発言を受けて、ヴィクトルは彼女の第一印象を不思議な言葉選びを
する女性と判断したようだ。
そのモヤモヤを抱えたままジークリンデも、そして誰もかれもが眠りに
就いた。