第三話「サムソンの子」
大胆に背中を開いたドレスを着た女性。開いた背中には蜘蛛のタトゥーがある。
アラクネの女ボス、グロリオサ・アラッシア。複数の構成員と共に彼女は
ここにやって来た。
「高い金を払ってるんだから、仕事をして貰わないと困るわよシリウス・サムソン」
「サムソン…やっぱり、そうだったんだ!」
サムソン一族。戦闘民族である。好戦的な人間ばかり、常人離れした
身体能力を持っている。彼らの存在は恐れられている。先代当主から実力
至上主義が徹底しており、たくさん子どもが生まれながらも今や二人しか
いないという。シリウスとレグルス、一族歴代の最高傑作なんて呼ばれている
らしい。あんな大きな扉を自力で開くことが出来たのも頷ける。
「俺は別に違反してないぜ?そういう条件だっただろ。アンタを護衛する
価値は無いと判断した。もう興味ねえのさ」
「こンのォ…!!何してるの⁉殺せ!!殺しなさい!!!どこまで行っても人間なのよ!
殺せないわけが無いでしょ!!!」
グロリオサの金切り声。ヒステリックな声に圧されて一斉攻撃が始まる。
「おい、手ェ貸せ」
「あ、うん!」
武器を片手に飛び掛かってくる構成員たちに対してシリウスは獰猛な笑みを
浮かべ、迎え撃つ。一人の顔面にシリウスの拳がめり込む。雄叫びを上げて
ナイフを突く。
「…へ?」
寸前で止まっていた。止まってはいない。刃が表皮を一枚も傷つけていない。
魔術の類か?それは違うと断言できる。魔術の初手。魔力の操作。そこまで
しか彼らは出来ない。
「どうした?」
「へ…ぁ…ォ…」
一方的な蹂躙が続く。手を貸せと言われたが、ジークリンデは手を出せない。
彼女に狙いを定めるグロリオサ。彼女の手には怪しい物体がある。
妙な気配を察知した。ジークリンデの優れた直感、そして優れた目。彼女の
意志に呼応するようにジェミニの形が変化する。武器になった。二丁拳銃。
神器、双神輝銃ディオスクロイ、覚醒。
「ぐあぁ!!」
グロリオサの右手を弾丸が貫いた。それによって禍々しい物体が落ちて、
そして砕ける。
「クソガキがぁぁぁぁぁ!!!!」
「動かないでください!」
ジークリンデは威嚇するように彼女の足元に発砲する。アラクネ、連邦の
裏社会に存在するマフィア。しかしながら地位は非常に低い。簡単に
滅ぼされるだろう。何もなかったのは高い金を払って雇っていた用心棒の
腕が良かったからに過ぎない。その用心棒、シリウスが手を切ったのならば
もうこの組織は壊滅する。鈍い音、何かが潰れるような音が人体から
聞こえた。
「あの人数を…たった数分で…」
「貴方は彼を見誤っていたようだね、グロリオサ・アリッシア。貴方が
飼い慣らせるような人じゃないよ。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってね」
グロリオサの首を握りしめるシリウス。彼の握力ならば簡単にへし折ることが
出来るだろう。彼女の体が浮かぶ。
「言い残すことは」
「ジークリンデ…ナイトレイ…、フッ、教えてあげる。…平穏に生きられるとは
思わないこと―」
グロリオサ・アリッシア、首の骨が折れた。そして窒息死。アラクネという
組織が壊滅したこと。彼女たちが持っていた神器も失われたとされた。
こんなちっぽけな組織が壊滅しても何も問題ない。ただ問題点はその神器。
覚醒して今はジークリンデの手にある。
組織の拠点から離れて、シリウスと別れることになる。
「ふぅ、ありがとうございました」
「気にすんなよ。だが、良い腕してるじゃねえか」
シリウスはジークリンデの銃の腕前を褒めた。初めて使ったにしては
見事に狙い撃ちしてみせた。面倒な相手に見込まれたようだ。サムソン家の
嫡男にして最高傑作。最も恐れられている人物。その理由は病的なまでの
戦闘狂ゆえだ。だからシリウスからは当然、一方的に約束をさせられた。
「もっと腕を磨いておけよ。魔術も使えるんだろ?次に会ったときは、
戦おうぜ」
「勘弁して欲しい。寿命が十年は減っちゃうと思うから」
彼を扱えるような人間はほとんどいないだろう。さて、依頼の続きを…と
思った時だった。
「全く遅いじゃない、お嬢さん。待てなくて、声を掛けてしまったわ」
「…あ!」
現れた女性こそ、ジークリンデに依頼を出した人物。連邦の巨大企業の
代表取締役アリア・ローゼンクロイツである。