第一話「メシアの碑文」
其れにはこう刻まれていた。
この星の名をアクネスト。とある星と瓜二つの姿。双子である。とある星は既に
生物のいない孤独な星。アクネストを侵食する虚無。双子の星が最後に遺した
運命力は新たに生まれた命に宿るだろう。祝福せよ、そして備えよ、侵略は
進み続けるのだから。
「ほぅ、これが碑文か」
残酷にすべてを焼き尽くす炎。碑文の前に複数人が集まった。これはメシアの
碑文と呼ばれる暗黒時代から大地に存在する歴史書である。解読はかなり進んで
いるはずだが、町ごと碑文が抹消されようとしている。
「それにしても、やっぱり頑丈ですね。兵器程度では傷も与えられないかぁ」
女は溜息を吐いた。
「想定内だ。撤収するぞ。あくまで見せしめ、だからな」
「そうですね。なぁにが双子の星の神々よ!孤神竜を崇めろっての」
アクネストのメシアの碑文では人を守れなかった神々は反省した。償いのために
共に生まれたこの星の生命を守るべく活動しているという。その内容が彼らは
気に入らなかった。不都合なのだ。この抹消された町は碑文の内容を特に強く
信仰しており数多の神々を信仰している。火の神を、水の神を、美の神を、誰が
どんな神を崇拝しても良いとされるほどに。それ故に、国によって消された。
だがこの行為をそのまま世間に伝えるわけにもいかない。だから後世には
このような内容で広められている。
神の敵討伐戦、デウス・ウルト作戦―。それは二十年前。幾人の研究者、記者が
真相を追求したが誰も真実を暴くことが出来なかった。意図して隠された大量
虐殺である。あれから二十年後。平穏な世界であるはずだ。
彼女は、ジークリンデ・ナイトレイは夢を見る。それもほんの数秒だけ。
美しい銀の竜。アクネストで語られる創世竜メシア、そんな気がする。大きな
姿が急激に小さくなり幼竜となり、深い眠りに就いた。
裏解決屋、スイーパー。裏というだけあってグレーゾーンな依頼ばかりかと
言われたらそうではないらしい。裏解決屋とは名ばかりの普通の探偵。それなりに
名の知れた探偵。ジークリンデ・ナイトレイ。ナイトレイ家という一家が
十八年前に孤独に彷徨っていたところをナイトレイ家の人間が保護した。当初、
ジークリンデは名前すらも覚えていなかった。そこでジークリンデという名前を
与えたのだ。
「ジークちゃん、どう?あったかしら?」
壮年の女性は床に這いつくばって家具の隙間を覗く彼女に聞いた。今回は
失せ物探し。ジークリンデは人々にジークと呼ばれている。
「見つけました!この指輪ですね?」
「そう、これよ!良かったわぁ!結婚指輪を落としちゃったのよ。ありがとうね」
部屋の中でよかった。時には外で落としたなんてことも…。あの時は大変だった。
ジークリンデは依頼主の家を去る。高層ビルの巨大モニターには極光連邦の
現国主の宰相オーランド・ホランドが国の目指す未来を熱く語っている。
『我らは偉大なる創世竜の願う人類の繁栄と永遠の平和を実現するべく日々
奔走しております。皆さんにお伝えしましょう。我らが進める平和のための計画を!
名前を―』
難しい話だ。自分には関係も無いし、害はないだろう。そう思っていたのは
過去の話。ジークリンデのもとにある人物がやって来る。事務所兼家となっている
建物に入ると何やら揉めている声が聞こえた。ジークリンデには兄がいる。無論、
彼は血の繋がりなど無いがジークリンデのことを実の妹のように可愛がっている。
「ほら、さっさと出て行けよ」
兄はスーツを着た男たちを追い払った。ヴィクトル・ナイトレイ、性格も容姿も
完璧な兄である。
「さっきの人たちは」
「お前を出せと、うるさくてな。気にしなくて良い。それよりも、これ依頼だよ。
俺はちょっとこれから用事がある。行って来いよ、ルミエラ広場に依頼人はいる
らしいからさ」
「あ、ちょっと、ヴィクトルさん!?…行っちゃった」
さっさと外に出て行ってしまったヴィクトルをジークリンデは追いかけることが
出来なかった。足早に出て行ったのだ。明るく振る舞う彼には何やら裏の顔が
あるらしい。そういっても彼女はヴィクトルを問い詰めることはしなかった。
そういう仕事もあると理解している。依頼書を確認するとヴィクトルではなく
ジークリンデに宛てて書かれている。
『ジークリンデ・ナイトレイ様へ―』
ここは連邦の首都エードラム市、国の主要な拠点が集まっている首都。人通りも
何処に行っても多いのだ。首都の中心地から外れた南区に事務所は位置している。
ルミエラ広場へ向かう。そこに依頼人はいるらしい。それにしても大物が依頼を
してきた。そこまで有名な探偵になったつもりは無いのだが…。