表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

Episode 6: The Periwinkle That Never FadesⅡ

「…龍之介が、紫原に告白しようとしてる」


 幼馴染の友人である柊木の言葉に動揺する。

 彼女は確かに、美人で可愛い。そして、優しいときた。瑠璃以外の他の誰かが彼女のことを好きだと言っても何ら不思議でなないのかもしれない。


「……」


 けれど、龍之介だけは違うと思っていた。


 他の誰かが好きだと知っていたとか、初恋の相手が忘れられずにいるとか、そんなことではない。ただ純粋に、彼が誰かを好きになることは無いと、まして、告白をすることを決意するなど考える事もしなかった。


 失礼だったかもしれない、とは後に感じたことだ。

 瑠璃は誰にでも優しい彼のことを、どこかで恋という事柄へのあきらめがあるのだと勝手に思っていたのだ。


 それが間違いであるのだと、勝手に決めつけていた妄想に過ぎないのだと、友人から突き付けられてからすぐさま返せるほど瑠璃の精神は成熟していない。

 思考をぐるぐると回し、これらの考えを繰り返すしかできなかった。


「……なぁ、聞いてたか?」


 朔也の不安そうな声は鼓膜を揺らしてくる。

 聞こえている。聞こえてはいるのだが、頭は理解を拒んでいる。


「ん。うん」


 頑張って喉を震わしても、出てきたのは生返事だけだった。



 人通りの少ない場所を選んで話してはいたものの、主役の登場は近い。夜も更けてきて”映え”を追求するならもうそろそろだろう。街灯の光は届かずに、宙は優秀にもその黒さを魅せている。そして、晴れ舞台であることを証明するかのように人の数は徐々に増えてきた。


 『もうすぐだね』なんて話をしながらカップルは花火を見るためのスポットへと歩を進めている。わずかではあるが流れを生んでいる道の真ん中で、瑠璃と朔也は独特の空気感を抱いている。


「……なんで、なんで、そんなことをわざわざ私に言うのさ。もしそうなら喜ばしいことじゃん。…そっか告白するんだ。お祝いはいつやる?…まだ早いか」


 思っていたよりも饒舌に話せていることに驚く。


「……」


「もうそろそろ2学期始まっちゃうけどみんなには言うのかな。もしそうなら大騒ぎだね。だってそうでしょ———」


「やめろよ」


「……何が」


「そうやって自分の首を絞める事すんなって言ってるんだよ」


「……」


「気づいてないわけないだろ。これでも俺は周りを見てるんだ」


 顔を上げてみてみると、何処か、悲しそうな表情をしている朔也がいた。


「それは分かったよ。それで何さ、何か要件があるんでしょ」


 呆気にとられたことを隠すかのように早々と朔也を詰める。


「いいのか?」


「……これでも私も考えているんだよ。薊と付き合うことが出来たらって。………どんなに嬉しいか。けどさ、だけどさ、決めたんだよ。この想いは口にしないって。そう決めたんだ。もう一年以上前から、決めたんだ」


「……」


「だから柊木が口を挟まなくてもいいよ。これは私の感情の問題。薊が誰かと付き合う可能性だって大いにあった。いつまでも一人身なんてことはそうそうない。覚悟はもちろんあったけど、それが今日だとは思っていなかっただけ。だから、だからさ、薊も龍之介も、まして柊木も関係はないんだよ」


「そんなことないだろ!…そんなこと、ないだろ」


 またも、驚きの返事が来た。泣き出しそうな顔をした朔也は、周りの事なんてお構いなしに大きな声を出す。

 人の恋路に関して首を突っ込み、援護のようなものをするなんて到底思えなかった。


「……なぜ?」


 だからこそ、聞いてしまう。

 そのような行動を起こす基は何なのか。

 同情なのか、憐憫なのか、はたまた嫉妬なのか。


「…確かに俺は龍之介の親友である以上、龍之介を応援したい。けどさ、知ってるんだよ。お前の、松笠の紫原のことが好きだってことも。友人をないがしろにしてまで親友を応援できるほど、俺は人でなしじゃない。確かに!…人を好きになったことは今のところ…一度もないけど。だからと言って関係なくはないはずだ。…だって、友人じゃないか、俺たちは」


「ははッ…。柊木、お前ってそんな奴だったんだね」


「…ああ、そうだよ。きっと俺は周りのことが気になりすぎるだけだ」


「そっか、そうなんだ。……柊木さぁ。人を好きになった時ってどんな感情になると思う?」


「…分からない。ただ、言葉にはできないとは思う」


「そうだね。言葉には、到底できないよ。こんな想い。それこそ、こんな感情を作りだした神様とかじゃなきゃ不可能だ」


「……」


「…そこは聞かないと。神様を信じているのかって」


「松笠は神を信じるのか」


「まさか、私は無神論者だよ」


「…そうか」


 空を見ても、見えるのは宙だけ。

 夏だというのに、まるで冬の夕方かのように涼し気を感じる。


「…他のモノなんていらないんだよ」


「……」


「あの娘さえ、あの娘笑顔さえ、私に笑いかけてくれるあの娘さえいれば、何もいらないとすら思うんだ」


「……」


「…多分、他のモノの中に、自分自身も入ってる。どう思えてしまうほど、この感情は大きいんだ」


「そうか」


「……そうかしか言わないじゃん」


 ぎこちなく、瑠璃は笑みを浮かべる。そんな瞳に映るのは、今にも泣きだしそうな表情を浮かべている朔也の姿だった。


「………お願いがあるんだけど、聞いてくれない?」


「ああ、なんでも言ってくれ」


「……一人にしてくれないかな」


 その一言にある、重さは如何ほどか。恋、増して失恋をしたことない朔也には想像することすら、その権利がない。


「――分かった。ごめんな、話が長くなって。…あいつらにはうまく言っておくよ」


「……」


 小さく頷く彼女を見て、少年は走り出す。

 長い会話の遅れを取り戻すように、斜陽に近しい光が灯している領域()へと足を動かす。

 残されたのは少女ただ一人。光の無い、夕闇の空間。脱する方法は知りえない。





 薊のことは好きだった。


 だから私は、

 まったくもって色あせることのない楽しい思い出は、こんなにも簡単にノイズまみれになるのかと知る由もなかった。


 空がにじむ。


 決めた事に準じたはずだ。


 こうなることは分かっていたはずだ。


 だというのに、感情の奥底ではそれを許容できていない。

 まるで濁流が流れているかのような心情だ。濁り切った汚水は底を隠すが、隠すにはあまりにも不浄なモノだった。底にあるはずの本心をより汚し、より穢してくる。


 考えがうまくまとまらない。


 それでも現実ははっきりと視えている。


 否が応にも見せてくる、見たくもない現実はきっと両眼を抉り出したとて、意味はないのだろう。


「ああ。そっか」


 風は吹くことを止めないし、星空は輝くことを止めはしない。どこまでも残酷に世界はありのままを描写する。

 この現実はとあることに気づかせてくる。どうやら―――自分は主人公では無いらしい。


 人生が物語で、自身はその物語の主人公だという話はよく聞く。けれど、そんなことはありえない。苦難を乗り越えて、その先にある未来をつかみ取ることもあるのかもしれないが、それはもう瑠璃ではない。


 良くないと分かっていても、考えてしまう。こういう時の思考の速さは最悪その物だ。ネガティブの思考はネガティブを呼びこみ、瑠璃の心をどんどん汚濁の極めた泥水に沈めていく。



 遠くから、何かが轟く音が聞こえた。その数舜前には夜間にはありえないくっきりとした影を発生させてくる。


 周りには既に、誰一人としていなかった。

 それもそうだ。本日の主役がやっと顔を見せ始め、轟いているのだ。此処を通る人なんて、遅刻している人だけだろう。


 夜空は快晴。

 雲一つない星空。

 実にいい天気である。


 雨空ならよかった。


 それは涙が隠せるからでも、花火大会が中止になっていたからでもない。雨空なら、瑠璃(かのじょ)人生(物語)瑠璃(わたし)は主人公なのだと見えていたはずだ。けれど、星月夜を告げる天蓋は、ちっぽけな人一人の感情なんて興味がないかのように、夏の積乱雲を否定する。


 口からは「ははっ」という乾いた笑いしか出てこなかった。そんな笑い声も湿っぽく生ぬるい風が楽しい雰囲気と無理やりにでも入り乱れさせてくる。



 足はおのずと前に向かっている。


 理由なんて知らない。言い訳なんて考えていない。自らの影の示す先は何もなく。

 ただ、帰路に着くだけである。



 こうして


 松笠瑠璃の秘めた愛(エリンジウム)は枯れた。

次話は2026/1/5 0:00を予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ