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Episode 3: A Bud of Amaranth will One Day BloomⅠ

 7月は終わり、8月も一週間が過ぎようとしていた。


 今年の夏は雨が少なく、各地で水不足が嘆かれているらしい。台風が少なかったり、夕立が少なかったりすることは、瑠璃たち受験生には助けになっている。それは塾への行き来が楽になっているだけではない。明日の天気は快晴である天気予報を見ながら、瑠璃は考えていた。


「瑠璃、そろそろご飯だからね」


「はーい」


 後方からの母親の声に適当に返す。

 週間天気予報が画面に映る。お盆の始まりからは天気が崩れるのか雨予報がチラチラあった。


「台風が来るらしいのよ」


「うん。来るっぽい」


「…それはそうと、明日の準備は出来てるの?泊まるんでしょ」


「できてるよー。あとは化粧品とかそこらへんを入れればオッケー。それよりもご飯ご飯。今日のご飯は何?」


「今日は―――





 当日、天気予報通り出かけるには最適な快晴だった。

 昨夜も相変わらずの熱帯夜ではあったが、最近はエアコンを一晩中起動しているために快適に就寝することができた。


「今日はありがとうございます」


 瑠璃は手に持っていた荷物を手渡す。太陽の上る直前、まさに日の出時刻である現在。一泊二日分の着替えに娯楽物、化粧品などが詰められた荷物が自動車の後ろに積まれていく。


「いやいや、気にしないでよ。私も海には行きたかったからね。ちょうど良いってことだから」


 金髪の女性はにこやかに話す。

 彩芽の姉には初めて会う。何度か彼女の家に遊びに行く機会はあったが、タイミングが合わなかったのか対面することは無かったのだ。聞くところによると大学生で実験に没頭しているらしい。会ってみて驚いたのは金髪であったことだ。研究と聞くと清潔性が求められるものだと思っていた。


「ん、ああ、金髪でびっくりした?うちの研究室はコンピューターで行う解析が基本だから、外見はどうでもいいんだよね」


「あ!すみません。少しびっくりしたので」


「いいよ良いよ、良く聞かれるから」


「お姉ちゃん、そろそろ行かない!?」


 彩芽の声が自動車の助手席から聞こえてくる。額にはサングラスを付けていた。


「わーかったよ。行こうか瑠璃ちゃん」


「はい」


 そこからはトントン拍子だった。

 手馴れた運転と手馴れたナビ。姉妹の連携に感嘆しながらも割って入ることはしないようにしていた。三十分もしないで、薊の家である花屋Solis(ソーリス)に着いた。


「本日はよろしくお願いします。これ良かったら…」


「いいんですか?ありがとうございます。正直言うと、とても助かります」


「最近は、ガソリンがね―――」


 瑠璃と彩芽の待つ車の外で、彩芽の姉である咲と薊の母親が話していた。

 薊はまだ来ない。何やら、忘れ物に気が付いたらしい。


「そういえば、男子陣はどうやって来るの?」


 前方の席に座っている彩芽は口を開いた。


「龍之介のお兄さんが送ってくれるらしい。海のもう少し先の方でイベントがあってそこに行くついでって感じらしい」


「あれ、そうなんだ。お姉ちゃんと同じだ。なぁんだ、じゃあもしかしたらちょうどよかったのかもね…あ、薊来た」


「ほんとだ」


 せわしなく、靴を履いて謝り倒している薊の姿が窓ガラス越しに見えた。

 気にしないでと言っているのか、咲は笑っている。


「おはよう。彩芽ちゃん。瑠璃ちゃん」


「おはよ」


「おはよう!」


 車のスライドドアを開けて聞こえてきたのは久しぶりとなる彼女の声。いつ聞いても癒されるなと感慨に浸りながら会話していると、準備ができたのか彩芽の姉も乗車し出発した。





「青い空に白い雲、燦々と輝く太陽、照らされた砂浜。…ここはそう、海だ!」


 車を走らせること2時間ぐらい。窓からは見えていた蒼海が目の前に広がっている。穴場な海水浴場であったとしても人は多く、至るところにパラソルが見える。それを眼下に納めながら彩芽は高らかに宣言していた。

 傍から見たら、変人のそれだが気にするような彼女ではない。そして、もちろん私達もツッコむことはしない。


「ほら、薊も」


「えぇ?私も?」


 初めての海にわくわくが抑えられないのか、眼を輝かせていたのがバレていないと思っていたらしい。


「いいじゃん。さっきも『ほわ~』って言ってたし」


「瑠璃ちゃんまでぇ」


 三人で笑い合う。

 太陽はそんな少女たちのスポットライトだった。




 コンクリートが反射する熱さにしびれを切らし、白い砂浜に降りてあたりを見回す。


「お~い、こっちだ」


 少し先に到着して準備をしていたガタイの良い男が手を振っている。

 背も大きければ、腕も大きい。遠くから見ても一目でわかるほどだった。彼はその身長を活かし、パラソルを広げて日陰を作っていた。


「やあやあ、楠君。準備の方はどうかな?」


「ははぁ。このように順調でございますよ。柳さま」


「それはそうと、前に言ってたやつ、やる?」


「ああ、いいぞ。体調も問題ない」


 楠と呼ばれた高身長の男は鼻をこすりながら彩芽の提案を飲む。いつも通りの漫才のような話の中に以前約束していた遠泳の予定を考えているらしい。


「…元気だね。二人は」


 楠によって建てられたパラソルには既にもう一人の男子がいた。

 一言でいえば根暗な少年は熱血で動いている二人に嫌気を指すかのような声色でいる。日光を浴びるのは嫌なのか、パラソルからは一切出ていなかった。


「そういうあんたはあんまりだね。柊木」


「熱いのはあんまり得意じゃないんだよ。だから荷物番はまかせて。本でも読んでるから」


 後ろから見たら少女と間違えてしまいそうになるほどの細身をした少年は柊木と呼ばれ、カバンの中から荷物を出そうとしている。


「何読んでるのさ」


「確かに、気になる」


 本好きである薊も話題に乗っかて来た。仕方がないなと柊木は持ってきたカバンからタブレットを取り出す。濡らしたくないからなのか電子書籍で読むらしい。

 なれた手つきでタブレットを開き、電子書籍が纏まっているページを見せてくる。


「今読んでいるのは『ザリガニの鳴くところ』って小説」


「…読んだことないけど、水死体が出てくる奴でしょそれ」


「……私も読んだことないけど、そうだったはず」


「しょうがなくね?海に行くって話の前から読んでたんだから」


「別のヤツを読むという選択肢はないの?」


 つい聞いてしまった。


「ない。他の人は知らんけど、俺の場合、複数の本を同時に読んでいくほど器用じゃない」


「そう言うもんか」


「分かる。私もあんまり得意じゃないかな。…まぁ、今はそもそも本を読む時間が取れていないんだけどね」


「さすがにね」


「うん」


「…なんだ。本を読んでいるのはおかしいとでも言いたいのか?」


 すねた様にタブレットを手元に戻し、遊んでこれば?とでも言いたげな眼を向けてくる。

 行こっかと薊と視線で話し合う。彼女は頷き、人生で初めてとなる海へと向かう。


「お、来たか」


「遅いぞ~。二人とも」


 既に海に入って空気で膨らませたボールで遊んでいる楠と彩芽は会話をしながらアタックとレシーブを繰り返していた。バレー部である楠がうまいのは分かる、帰宅部である彩芽がうまいのは本当に謎だ。


「遠泳は良いの?」


「ん。これは準備運動だよ」


「……すごいね」


 彩芽は細身だ。

 どちらかと言えば女子の中でも軽い方に当たる。

 他者からしたら華奢な女性だと思われても仕方がないぐらいだ。だからこそ、いつも疑問に思う。何処にそのエネルギーがあるのだろうか、と。


「ほんとに、相変わらずの運動神経の良さだね」


「彩芽ちゃんは大抵の運動はできるからね」


「てか、龍之介は?」


 海に来た人数は6人。男子を集めた立役者の姿は何処にもいなかった。


「それなら…っふ!…兄貴にお礼してくるって言ってたぞ。ほッ!」


「甘い甘い!…そうそう、あと昼ご飯を先に買ってくるとも言ってたよ。とりゃ!」


 器用に会話しながらバレーを続ける二人に混じろうとは思えない。薊も、海への感動よりも今も続くラリーに関心が偏っている。自分の事よりも他の人が楽しんでいるのかを優先しているのは薊らしいがそれでは来た意味がない。


「ほら薊!海だよ海!」


 そう言って海水を薊にかける。


「あ!そうじゃん!どうよ、海は」


 思い出したかのように彩芽も会話に入ってくる。バレーの事はもうどうでも良いのか楠のスマッシュは海面へと吸い込まれた。

 すぐさま察したのか、楠は肩をすくませている。今に始まったことでもないため、それほど気にしている節は無さそうだった。


「…なんか、気持ち悪い」


 足の裏を気にしながら薊は答える。


「あはは!確かにそうかもね!」


 少しの間もなく彩芽は賛同する。こういうところがあるから彩芽は人から好かれやすい。どんな事でも笑ってくれる。


「言われてみれば、初めての頃はそんなこと思ってたかも。でも、途中から気持ちよくなると思うよ」


「そうかなぁ。…そうかもしれない。なんか、不思議な感じだけど、嫌ではないかも。何かのアトラクション見たいな感じで」


「あッはッは!順応速いねぇ!…じゃあ少し沖まで泳ご!」


「そうしたいのはやまやまだけど、一先ず薊の海慣れが先ね」


「泳いだ方が慣れない?」


 口先を尖らせながら、子供のように愚痴をこぼす。顔の良い彩芽がそのような表情をすると、とてもかわいらしいので困る。


「それは泳げる人の理屈でしょ。薊はあんま泳げないんだから」


「ッエ」


 彩芽を上げる発言が続くと思っていたのか、突然の泳げない発言に薊は口から僅かな驚きを出すほかに無かった。


「それに関しては同意だな」


「蓮太郎君まで」


「柳の運動神経は、運動部の奴に引けを取らん。さっきの攻防も余裕そうだったしな。…紫原に関しては、少し見劣る」


「ショックだけど、否定できない…」


「まぁ、それもあるけど、事故は怖いしね」


「…確かにそうだね。―――彩芽ちゃん」


「うん?」


「少し待ってて。すぐに慣れて見せるから」


「…そう来なくちゃ!じゃあ、慣れもかねて、一緒に浅瀬のところで遊ぼう!」


「うん!」


「…ごめんね、楠」


「ああ、いいぞ。気にするな。俺は朔のところに一旦戻っている。気を付けろよ。ナンパもいる可能性があるからな」


「うん。ありがと。———待って!薊、彩芽!」


「早く早く!」


「こっちだよ!」





「にしても、さっきは大変だったね」


「そうだね。マジで助かったよ、龍之介。トラ(にい)にも礼を言っておいて」


 焼きそばをのどに流し込み、彩芽の話に同意する。


「まさか、ナンパがあんなにしつこいなんてね」


 海に着いてから一時間ぐらいが過ぎたころ。薊も海に慣れ始め、そろそろ遠泳でもしようかなと彩芽が話している時に、話かけられたのだ。おそらくは大学生。こちらは高校生だと分かったうえで声をかけてきていた。その手の話に関心のない彩芽はきっぱりと「興味ないんで」と言ったのだが、意味なかった。いいじゃないか、少し話すだけでもいいし。後ろにいる彼女も可愛いじゃん。髪とかめっちゃきれいじゃん、やっぱり飯行こうよ。おごるよ。なんて取り扱ってくれない。


 薊のことを邪な眼で視られていることに耐え切れず「警察呼びますよ」と声を荒げても変わらない。

 こういう時、周りの人は見て見ぬふりをする。何なら私もそうする。面倒ごとには巻き込まれたくないのだ。どうしたらよいか、悩み、彩芽の眼を見る。


「あの。連れが何か問題でも起こしましたか?」


「ああ、大丈夫大丈夫関係ないでしょ君。少しすっこんでてね」


「龍之介」


 後ろから来た龍之介に大学生と同時に反応する。


「……何かな。君はこの子たちと一緒に海に来たと。いいねぇ!イケメンはこんな複数人の彼女と海に来れて!」


 大学生の集団の中でも後ろにいたやつが声を上げる。まるで先導するかのように、周りに聞かせるように声を出していた。少し苛立っているような雰囲気を感じられるので、どうやらナンパはうまく行っていないっぽい。


「何を言っているんだ。そんなわけないだろ。…いいかげんにしろ。同じ大学生として恥ずかしい」


「トラ(にい)


 龍之介の後ろから、もう一人のガタイの良い男の人がやって来た。肩幅が薊二人分にも匹敵しそうなほどの筋肉を持った男性は、龍之介の兄だ。

 大学ではラグビーをやっているらしく、龍之介との体格の差が凄まじい。


「ッひ」


 振り返ると、大学生の集団は背中しか見えなくなっていた。


「ありがとう、兄貴」


「…ああ、あれでよかったのか。反感を買わないといいんだけど…」


「大丈夫だって、ガタイが良いんだから」


「…関係あるのか、それ」


 先ほどの威勢は何処へやら、虎之介は大きい体躯をできる限り縮めていた。声も小さく、外見とのギャップが激しい。


「え、あの人が龍之介君のお兄さん?」


 コソコソと耳下で薊が話かけてくる。不謹慎だが、何処か気持ち良い。


「そうよ、どうなっているの?あまりにも見た目と性格が違うじゃない」


 聞こえていた彩芽も疑問をぶつけてくる。

 確かにそれは仕方がない。実際、不意に出会うと私だってびっくりする。


「うん。そうだよ。小さい頃はどっちが兄貴か分からないって言われたりしていたけど、なんか克服したくて鍛え始めたんだって……トラ(にい)!ありがとう」


「あ、瑠璃ちゃん。こんにちは……二人は友達かな。龍之介と瑠璃ちゃんのことお願いね」


「「は、はい」」


「……そうだよね、こんな外見だとびっくりするよね」




「にしても、びっくりだよ。虎之介さん?めっちゃでかいね」


 昼食も一段落、残ったジュースをちびちび飲みながら、彩芽は口を開く。


「ラグビー部ってあれぐらいないとなのかな」


「ああ、そうかもな。兄貴の同級生にあったことあるけどみんなでかいね。それこそ、兄貴のデカさに違和感がないぐらい」


「うへぇ、すごいね」


 彩芽と龍之介、それに蓮太郎はそのまま、話題はスポーツへと流れていった。


「瑠璃ちゃん、午後はどうしよっか」


「そうだねぇ。…柊木も入れて、ビーチバレーでもする?」


「断る」


「なんでこうもノリが悪いかねぇ」


「ノリは兎も角、朔也君もやろうよ」


「……いや、なんで海にまで来て部活に近いことしないといけないんだよ。やっと引退したんだぞ。俺みたいに好きではない部活をやっていた奴からしたら離れたいと思うのは道理じゃないか?」


「うーん、ごもっとも」


「反論できないね」


 薊はクスクスと笑いながら、それじゃあと別案を話し出した。


 それからは一瞬だった。

 遠泳に砂の城、砂に体を埋めることだってやった。

 大きな事件もなく、楽しい時間は加速する。


 煌々と照らしていた星光は傾き、青色から橙色へと変貌を遂げるまで、体感では一時間もなかった。彩芽がやりたいと駄々をこね、漫画なんかである夕日を一列で見ることをやった。感慨にふけるとは、こういったことかとどこか俯瞰した想いが脳をよぎる。


 花の閉じを比喩するかのように、緩やかに、けれど気づけば一瞬に、辺りの色は再び青に変わった。


次話は2026/1/3 12:00を予定

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