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Episode 2: The Call of SummerⅡ

「あ、瑠璃ちゃん」


「ん」


 急いで階段を降りると、下駄箱のあたりに二人の女生徒がいた。


「おそーい」


 そう文句を言いつつも顔は笑顔の柳彩芽は、自慢の黒髪を翻しながら、床に置いていた大きな荷物を軽々しく持ち上げる。いつもならば、結んでいる髪の毛も今日は気分じゃないのか無造作に降ろしているだけだった。


「まあまあ。言っても十分ぐらいなんだから」


 柔らかい声で彩芽を諫めるのは、もう一人の友人である紫原薊だった。彩芽とは違い、栗色の髪の毛を毛先だけ結び、少しでも暑さを誤魔化そうとしているようだった。


「ごめんごめん。お待たせ」


 下駄箱から靴を取り、持ってきていたビニール袋に上履きを入れる。


「はい、お待たせしました」


 いつでも行けますと意気込むように、直立の姿勢をより正す。


「よし、じゃあ行こっか。薊は何時から塾だっけ?」


「え~っとね。……3時からだね」


「瑠璃は?」


「私も3時」


「オッケー。薊と話してたんだけど。ワックでいい?」


「いいよ。行こ行こ」


 外に出てみると、快晴の空は夏を告げるように荒々しく気温を上昇させている。雲は疎らに、濃淡は激しい。誰が見ても夏と分かる。そんな空をしている。


 夏は8月というイメージはもう無かった。どうやら星は人々を苦しめたいらしい。7月の下旬。8月という本格的な夏を前に、前年の気温のピークを既に超えていた。口から出てくるのは暑いという愚痴ばかり。どんなに愚痴をしたところで、寒さはやってこないとしても、頭の中には気温への悪態しか埋まらなかった。

 我慢の限界なのか、薊はカバンの中にあった日傘を取り出す。瑠璃と彩芽が持っていないことを分かっていたからか、一人の使用を拒んでいたが、双方の勧めで使うことにしていた。

 それからの会話は雑多なモノだった。


 先日の模試の話。

 こんな季節なのに告白をしてきた馬鹿がいたという彩芽の愚痴。

 夏と冬ではどちらが好きか、という話。

 意見の相違に議論は熱くなる。しかし、そうなってしまった後には薊の仲裁が入る。これまでの流れがいつも通りだった。


 その後も他愛もない会話をしながら、桜陽学園と最寄り駅をつなぐ道を三人は並んで歩く。少し高台に位置する学園は、息は苦労しても帰りは楽だった。少し歩けばドラッグストアのある立地は恵まれている方なのだろう。24時間開いているコンビニが近くに無いのが少し難点だが。


 長く、緩やかな坂を下りきると、小さいビルが増えてきた。最近できてきたビル街は駅近なことと土地の安さから、空きビルになっているわけではない。

 昔ながらの商店街を中心とした街づくりの成功例だと、最近ではテレビでも取り上げられていた。加えて、最近話題になっていたドラマの聖地であるとして話題になっているらしい。

 そう言って最近の疑問を彩芽にぶつけてみたら解説してくれた。


「まぁ、私からするとこんな小さい街に来る意味はあるのか。って思っちゃうけどね」


 締めの一言に彼女の思いが詰まっていそうだった。美人である彩芽はナンパにテレビの取材を持ちかけられることもしばしばあるらしい。それの恨みもこの感想の一意に含まれるのだろう。




「あ~すずしいぃぃ」


 彩芽は机に突っ伏し、冷房の運ぶ冷気を謳歌している。


「いきなり走り出すからびっくりしたじゃん」


 ワックの見える交差点。見えた時点で彩芽は駆け出していた。タイミング悪く、瑠璃と薊の二人は赤信号機に進行を阻まれてしまっていたのだ。


「だって、速く涼みたかったんだもん」


 口をすぼませ、頬を膨らませている。誰が見ても惚れてしまいそうな仕草をしている彩芽は続けざまに「涼しい席を取ってあげたからチャラってことで」と言い訳を述べている。もとより、攻めるつもりもなかったため「はいはい」と軽く流しながら対面の席へと座り込んだ。


「薊は?」


「あぁ、揚げたてのポテトがいいって言って、揚がるのを待ってる」


「すきだねぇ」


「私は無理。待ってられない」


「同じく」


 未だに顔を上げずに、机に残った冷たい部分で涼んでいる彩芽はだらしなく、トレーの中にあるポテトを摘まむ。


「行儀悪いよ」


「むぅ~ん」


 おずおずと上体を起こす。


「もっと甘やかしてもいいんだぞぉ」


「友人に何をもとめてるのさ」


「薊はお母さんっぽいけど、瑠璃はお父さんっぽいじゃん」


「私が男みたいッてこと?っていう疑問は一旦置いとくよ。彩芽は娘?」


 手についた塩を落とすように指をこすり合わせながら彩芽は続けた。


「そう!まさに、『そうやって俺が生まれてきたって』……ではないか」


「ちがうね…」


「ま、お父さんみたいってのは褒めてるから」


 納得出来ない、と言おうとも思ったが、視界の端に薊が見えたのでやめた。この話題で盛り上がっても薊が困るだけだ。それに、このような発言はよくあることだ。彩芽の天才性の表れとも言うべきか、彼女の思考は速すぎる。


「お待たせ~」


「お、きたきた。揚げたてはもらえた?」


「うん。とってもおいしそう」


 軽く湯気を出しているポテトをトレーに乗せ、満面の笑みを見せながら席へと着く。


「なんの話をしていたの?」


「私の戯言に付き合ってもらってたの」


「いつも通りってことね」


 フフッと薊は軽く微笑んでいた。

 口元を隠しながら笑うその姿は天使のようだと思った。





「どうせならさ、うちらだけで宿泊しようよ」


 彩芽はこれこそが最高の意見であるかのように力強く述べた。

 高校生活最後の夏。

 今にしか体験できないことをしたいという話だった。高校生だけの宿泊は年相応とは言えないかもしれない。しかし、感情的には大賛成だった。


「あ、もちろん。勉強優先だよ。私には気を使わなくていいからさ」


「私は良いけど、薊は?」


 だからこそ、提案にはすぐさまに賛成した。


「私、海行ったことないから、行くなら海が良いな。海の匂いとか、音とか気になる」


「よし、じゃあ決まり!今のうちにざっくりとした日程だけでもきめておこ!」


 手帳を取り出し、8月のページを見せてくる。

 一瞬だけ見えた、7月の予定は“ケーキ強化週間”と書いてあった。忙しいのは勉強に明け暮れないといけない瑠璃と薊だけではない。来年の4月からは彩芽も自身の夢であるパティシエとしてケーキを作っていくのだ。そのための準備は多いに越したことはない。

 幸い、瑠璃の塾では7月の暮れに試験があり、8月の指標となるそれの対策がしたかったため都合がよかった。


「8月の、お盆の時期になると混みそうだから避けたいよね」


「あぁ、それがあったか」


「彩芽ちゃんは今年も行くの?」


「うん、おばあちゃんは今もなお健在だからね。このままだと、本当にギネスを更新しそうだよ」


「いいことじゃん」


「それはそうだけど、私以上にフレッシュだから…会うと自分の方が老人じゃないかって思っちゃうんよね」


「「あぁ」」


 瑠璃と薊はハモりながら彩芽の祖母のことを思い出していた。あれほど、快活という言葉を体現している人はそういない。

 日程の話からは少しそれて、雑談に花を咲かせながらも大枠が決まる。


「それじゃあ、8月の一週目の水曜から一泊二日でいいかな」


 彩芽のまとめに、「おお」と小さく拍手をする。薊も遅れて拍手をしていた。





「じゃあ、詳しくはwineで!」


 改札口で彩芽は大きく手を振っている。

 瑠璃もそれに返答するように大きく振った。


「じゃあ、またね」


「うん。また」


 薊と瑠璃は別のホームへと階段を下りていく。

 高校に入ってからの友人ではあったが、これ以上ないくらい一緒にいるのが心地いい。それぞれの住む場所は違ってもそれが疎遠につながるとは思えない。


 電車を待つ瑠璃は、屋根の隙間から漏れていた太陽光に手で顔を覆う。

 静かなホームにはセミの声が木霊する。自身が熱中症なのではないかと錯覚するほどに音は反響して聞こえてきた。

 先ほど付けたはずのイヤホンからは音楽が聞こえているはずだった。


 しかし、

 真夏を告げるセミの声はイヤホン越しでも聞こえてくる。

 快晴を告げる空模様は瞼を閉じても感じることができる。

 酷暑を告げる外気温は服が邪魔だと思わせてくる。


 夏の呼び声は、余すことなく今日この時に外出している者へと平等に告げられる。もちろん花であっても例外ではない。高校生活で最後の夏休みの経験はセミの声と一緒に、生ぬるい風に乗って空へときっと届く。


 この夏は、これからの人生においても記憶に残るモノになるのだと、そう思わせてくる。それほどまでにこの暑さは象徴的で、格段と眩しかった。



 我ながら随分と詩的ではないか。


 そう思った。


次話は2026/1/3 0:00を予定

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