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Episode 1: The Call of SummerⅠ

 夏を告げるかのように、屋外ではセミがけたたましく鳴いている。


 屋内に逃げてきたとしても付きまとう、その憂鬱さにはため息すらも出てこない。夏の風物詩としては些か風情に欠ける気がしてならないが、夏の到来を表すにはこの上ないほどにわかりやすい。仮に、窓を閉め、空調を効かせ、外界から隔絶しようとしても、セミの鳴き声はどうしたって無人の校舎に漏れてくる。それほどまでに彼らの短い生を全力で過ごしているのだろう。こちらの事情なんてお構いなしだ。


 夏という季節は年々長くなっているように感じる。それを認めるかのように、今年の夏休みは例年よりも一週間長い。一時期、エアコンの普及と共に短くなったこともあったが、過去の話だ。県の政策に踊らされながらも、この桜陽学園の夏休みもまた、始まろうとしていた。


「よし、3組も全員帰宅しているね」


 長い黒髪を後ろにまとめ上げ、ポニーテールを創り出している女性は、教室のドアから半身を乗り出し薄暗い教室を一望する。カーテンの隙間から見える白い陽光は外に出ることを億劫にするには充分な光だ。なぜ、学校の窓は南向きなのか、そう考えたことも学生の頃はあった。あの頃は今ほど暑くもなく過ごしやすかった。今ではカーテンをすることが決まりになっている。


 ため息もつきたくなる。


 女性は嫌なことをもっと考えてしまいそうなので、視線を外す。教室にはきれいに整頓された机が三十余り。卓上には何もなく、参考書の類の置き勉もない。時にうるさく、不真面目な所もあるけれどなんだかんだ言ってここの生徒は真面目だ。特に3年生になってからは受験生としての自覚が目覚めたのか授業にも真剣に取り組み模試で一定の成果を得ている。だからこそ、基礎固めをするべく、教科書や参考書はすべて持ち帰っているのだろう。


「うんうん。しっかり持って帰っているわね」


 そんな生徒と、約一か月会えないことに僅かながらの寂しさを覚えながら、次の教室である4組へと足を進めた。

 靴の底に付いているゴム製の滑り止めがこすれる音が廊下に響く。

 放課後の学校ではよくある日常だが、今日はいつもの斜陽が無い。赤い、というよりも白い日差しが張り替えたばかりの廊下のタイルに反射していた。校舎内が明るくなるようにと至る所に陽光を入れる窓が作られているのも厄介なモノである。


「はあぁ、眩しい、眩しい」


 そう独り言をつぶやきながら、建付けが少し悪いスライドドアをガラガラ大きな音を立てて開ける。

 四組が最後の点検だった。


「あ」


「ん」


 そこにはもう帰宅して、学園にはいないはずの存在がいた。


 明るい茶色の髪を持っているボブの少女。顔立ちはやわらかく、どちらかと言えば塩顔だろうか。身長なども普通、至って普通な女生徒が自らの机の近くに立っている。


「榊原先生」


 自身が担任をしているクラスの生徒、松笠瑠璃は慌てることなく喉を震わす。振り向いた際に髪の毛が顔に掛かったのか、右手で髪形を軽く整えている。

 正午に近づきつつある現在は、学園の終業時間をすでに終えていた。教師とて例外ではなく、部活動の顧問やわずかに残った業務を行っている一部の教師を除いて、帰宅の準備をしている。


「…忘れ物?」


 この時間まで校舎にいることは咎めたいが、今まさに自席の中を漁っていた少女には強く言えない。

 それに、このようなことはよくあることだ。下校時間を過ぎようと、変な自律心が膨れ上がった生徒たちには関係のない。


「すみません。今日配られたプリントを忘れていたらしくて」


 後頭部を搔きながら、榊原の憶測を肯定する。

 そんな松笠を見て、


「わかったわ。さ、その左手に持っているプリントを仕舞って下校しなさい。そろそろ登校口も閉まるわよ」


 彼女の左手と、時計を順番に指さす。この会話をしている間に、時計の長針と短針は共に頂上を越していた。それを見て、松笠は時計を見て大きく目を開く。おそらく、誰かを待たせているのだろう。


「それじゃ、さよなら。榊原先生」


「ええ。松笠も、いい夏休みを」


 定型的な別れの挨拶を済ませ、少女は走り出す。すぐ後ろには、先生がいることには考えが及ばないらしい。


「まったく、何処か抜けているからね。松笠は」


 再び一人になった校舎には、呆れているような、慈愛に満ちているような声が小さく響いていた。


次話は2026/1/2 12:00を予定

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