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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

BL

スワンジュウイチゴウ

作者: 相沢ごはん

pixivにも同様の文章を投稿しております。


(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)

 気がついたらここにいて、ぼんやりと池を眺めていた。スマホで時間を確認すると、十時半を過ぎていた。結局、学校をサボってしまったな、などと思いながらも、ベンチから立ち上がる気は起きない。

 学校へ行きたくないと思い始めたのは、少し前のことだった。自分がいじめられているとは思わない。思いたくない。だけど、体育の片づけを押しつけられたり、掃除当番を押しつけられたり、委員会の仕事を押しつけられたり、授業のノートを写させてくれなど、こまごました雑用を押しつけられることに、すっかり疲れてしまった。どうして自分だけが、と思うも、それを相手に言う勇気はない。そんな自分が、どうしようもなく情けない。三年生になって彼らとクラスが離れたら、そういう苦しさから解放されるのではないかと期待していたけれど、進学分野が被っていたため三年生でもまた同じクラスになってしまい、そう都合のいい展開にはならなかった。

 今日は晴れていて比較的あたたかく、過ごしやすい日になりそうだった。こんないい日に憂鬱な気分になりたくなくて、気がつくと僕は学校へと向かう朝の電車を途中下車してしまっていた。そして、いつの間にか大きな公園へたどり着き、ベンチに座って大きな池を眺めていたのだ。

 ふと、柵に手をかけて池を眺めているらしい他校の制服が目に入る。後ろ姿だが、長身でシュッとしている。姿勢がいいのだ。僕は自分の猫背を意識して、少し背筋を伸ばしてみる。彼もサボりかな、と、ちらっと思ったものの気にせずぼんやりし続ける。

「なあ」

 ぼんやりした耳をその声がすり抜ける。他に誰かきたのかな、と思い、声のしたほうに視線を向けてみても、さっきの彼がいるだけだった。目が合い、

「なあって。おーい、無視しないでよ」

 彼がもう一度言った。

「……僕ですか?」

 周りを見て、自分しかいないことを確認して言うと、

「そうそう、きみ」

 明るい声が返ってきた。こちらに近づいてきた彼はとてもきれいな顔立ちをしていて、僕は一瞬、見惚れてしまう。

「なあ、あれ乗ったことある?」

 僕のとなりに座り、彼が示したのは池に浮かんでいるスワンボートだった。

「いえ、ないです」

「いっしょに乗ってみない? 二人乗りみたいだしさ」

 教室内カーストどころか、明らかに全校生徒の中でもカースト上位であろうイケメンに親しげに話しかけられて、少しテンションが上がる。いつもなら、きっと見ず知らずのイケメンを恐れて警戒していたはずだ。晴れた日に学校をサボっているという非日常が、気を大きくしたのかもしれない。

「いいですね」

 気がつくと、僕はそう答えていた。

 ふたりで池の周りを半周し、乗り場に向かう。おそらく一八〇は超えているであろう長身の彼は、当然のように脚も長い。そのせいか、歩くスピードも自然と速い。僕の身長は一七二センチなのだけど、彼のペースに合わせると少し早足になる。すると、彼が僕のほうを見て、少し歩調をゆるめてくれた。その自然と滲み出るような親切さに、僕は感動してしまった。

 乗り場の受付には、『サイクルボート1台20分800円』と書かれたシンプルな看板があった。「四百円ずつね」と、彼が言い、僕は「はい」と頷いて、財布から百円玉を四枚取り出して彼に手渡す。彼が自分の財布から追加して料金を支払うと、受付のおじさんはスワンボートへ案内してくれ、運転の仕方を簡単に教えてくれた。自転車みたいに足でペダルを漕いで進み、ハンドルで方向変更ができるらしい。

「タイマーが鳴ってから帰ってきてもいいけど、なるべく鳴るまでに帰ってきてください。時間見て、あまり遠くまで行かないようにお願いしますね」

 おじさんはそう言って、キッチンタイマーを僕たちに差し出した。

「はい」

 ふたりで返事をし、彼がキッチンタイマーを受け取った。平日の午前中、ふたりともが制服姿なので、学校へ行くように注意されたりするかもしれないと思っていたけれど、そんなことはなかった。スワンボートに乗り込むと、その中に『スワン11号』と書かれたプレートが貼られている。たぶん、それぞれのスワンボートに番号が振られているのだろう。座席とペダルは横並びにふたりぶんあったけれど、ハンドルは真ん中にひとつしかない。

「高校生だよね? 何年?」

 ハンドルを握りながら彼が言う。

「三年です」

 僕は、彼がハンドルを握ってくれたことにほっとしながら答えた。

「なら、タメだ」

 彼は言い、うっとりするような甘い笑顔を僕に向ける。男の僕でもどきどきしてしまう。

「広岡です」

 彼が名乗ったので、

「あ、坂下です」

 僕も自分の名前を言う。

「敬語じゃなくていいよ」

 広岡くんが言い、僕は頷く。

 ボートの中は、ふわふわして腰が落ち着かない。ふたりでペダルを漕ぐと、ボートはぐんぐんと進み始めた。

「坂下くんは、サボり?」

 広岡くんが言う。

「うん、サボり」

「俺も」

 僕の返事に広岡くんが短く言い、「学校行きたくない日もあるよね」と、続けた。広岡くんみたいな人でも、学校へ行きたくない日があるのだろうか、などと思いながらも、口には出さず、

「うん」

 僕は頷くだけだ。

「ぐんぐん漕いで、嫌なこと忘れよう」

 そう言って広岡くんは力強くペダルを踏み、スピードを上げた。僕らは声を上げて笑い合い、一心不乱にペダルを漕いだ。休日ほど混雑していない池だからこそできたのかもしれない。

 そうしているうちに、なぜか泣けてきた。涙を流しながら、僕はペダルを漕ぐ。

「どうしたの?」

 広岡くんが僕を見て静かに言った。

「学校で、なんかいろんな雑用押しつけられちゃって」

 きっと、広岡くんとはこれきりで、もう二度と会うことはないだろうという安心感もあったのだろう。僕は、今日初めて会った彼に自然と愚痴をこぼしていた。

「ひとつひとつは些細なことなんだけど、だんだん積み重なって、もう、わーってなっちゃって」

 言いながらのどが震え、涙がどんどん流れる。視界がぼやけたけれど、ハンドルを握ってくれているのは彼なので、僕は安心してペダルだけを漕ぐ。

「いいぞ、泣け泣け」

 明るい声で広岡くんが言った。

「泣くのはストレス解消になる」

 僕は、うっうっと喉を鳴らしながら涙をだらだら流した。

「断りたいのに断る勇気がなくて。はっきり言えない自分が嫌い」

 涙声で胸の内を吐き出す僕の背中を、広岡くんがぽんぽんと軽く叩いた。その、労わりを感じる行動に余計に泣けてしまう。広岡くんは、僕が泣き止むまで、なにも言わずにゆったりとペダルを漕いでいた。僕は、そのことに感謝しながら、涙を流し終える。

「へんなこと聞くかもだけど、坂下くんは、俺のこと、どっかで見たことある?」

 ふいに、広岡くんがそんなことを言う。

「え、ううん。初めて会う……と思う」

 僕はそう返事をし、スクールバッグから駅前でもらったポケットティッシュを取り出し、涙を拭いて鼻をかむ。断れなかっただけだけど、ティッシュをもらっておいてよかった。

「だよな。初めて会うもんな」

 広岡くんは、共感を得たように頷いた。

「あの、もしかして芸能人とか、そういう有名な人なの?」

 広岡くんほどの容姿の人ならば、そうであってもおかしくない。

「自分で言うのもなんかあれだけど、実はそう。俳優やってるんだけど」

 僕の問いに対する広岡くんのその返答に、やっぱりそうなのか、と、ただただ感心してしまう。

「広岡七星って聞いたことある? やっぱないかな?」

 クラスの女子の口からチラチラ聞こえてくる名前が、確か「ナナセ」だったように思う。

「あるかも……」

 彼のことかどうかはわからないけれど、でも、きっと彼のことだったんだろう、と僕は思う。

「今月、俺が表紙だからよかったら見てみて」

 そう言って、広岡くんは雑誌の名前を教えてくれた。

「物心ついたころから細々と子役やってて、それ続けながらそのまま大きくなっちゃったんだ。いままでずっと演じる仕事してたから、本当の自分がよくわかんなくなった」

 広岡くんは少し笑って、

「言葉にしたら、なんか陳腐でありがちだけど」

 いままで平凡な人生を歩んできた僕からしたら、ありがちどころか珍しい部類の悩みだったけれど、黙って聞く。

「午後から映画の主演オーディションがあって、俺はそれを受けるんだけど」

 広岡くんの声が沈む。「受けるんだけど……」と、もう一度言い、広岡くんは絞り出すように言葉を続けた。

「それが本当にやりたいことなのかどうか、わかんなくなってさ。自分がやりたいことなのか、それとも親とか周囲の期待に応えるためにやらなきゃいけないことなのか、わかんなくなっちゃって、なんか怖くなって……」

 そして、広岡くんは僕のほうを見て、笑った。

「気がついたら、学校じゃなくて、ここにいた」

「同じだ。僕も、気がついたらここに」

 僕も笑顔で言う。

「うん」

 広岡くんは頷いて、「自分で自分がわからないのは、怖いなあ」と、のんびりした口調で言った。広岡くんも僕と同じで、いや、同じじゃないかもしれないけど、僕には僕の悩みがあるように、広岡くんには広岡くんの悩みがあるんだなあ、と、当たり前のことに僕はこのとき改めて気づいた。

「広岡くんも、泣いてみたら?」

 思いついたままに僕はそう提案する。

「え」

 広岡くんは、想定外の言葉を聞いたときのように、小さく声を発した。

「泣くのは、ストレス解消になるんでしょう? すっきりするかもよ。僕は泣いて、結構すっきりしちゃった」

 広岡くんは慌てたように首を横に振る。

「泣かないよ。泣けない。午後からオーディションなんだから。目が赤くなったり腫れたり、そういうのは……」

「広岡くん、オーディション受けるつもりなんじゃん」

 感じたことをそのまま言葉にすると、

「え」

 広岡くんは、再び想定外の言葉を聞いたときのような声を上げる。それから、「本当だ……」と、納得したように呟いた。

「ああ、本当だ。俺、オーディション受けるつもりなんだ」

 そして、明るく声を上げて笑う。

「しかも、受かりたいって思ってたみたい」

 広岡くんの笑顔は、やっぱり眩しい。

「気づかせてくれて、ありがとう」

「僕はなにもしてない。広岡くんこそ、話を聞いてくれてありがとう」

 広岡くんの笑顔につられて僕も自然と笑顔になっていた。

「俺だって、なにもしてない」

 広岡くんは言い、照れたように視線を泳がせる。

「もうすぐ、二十分だ」

 広岡くんがタイマーを見ながら言った。名残惜しく思いながら、僕たちは乗り場に向かってペダルを漕いだ。

 スワンボートから陸地に降りると、足もとがふわふわしているように感じる。

「午後から、学校行くよ」

 奇妙な万能感のなか、僕はそう口にしていた。

「すぐにすぐ、言いたいことを言えるようになるかはわからないけど、がんばってみるよ」

「うん。俺も、オーディション行ってくる」

 広岡くんもそう言った。

「間に合う?」

「急げば、大丈夫」

「じゃあ、急いで」

 僕たちはしばし、じっと見つめ合う。離れ難く感じているのが僕だけではないとうれしい、なんて贅沢なことを思ってしまう。

「高校卒業したら大学行くの?」

 広岡くんが口を開いた。

「うん、そのつもり」

「第一志望、どこ?」

 僕は「一応」と頭につけて、都内の大学名を答える。いまのままの学力では少し厳しいと言われている大学だけど、第一志望に変わりはない。

「うそ、本当?」

 広岡くんの声が明るくなる。

「受かるかどうかは、ちょっと……いまのままじゃ厳しいみたい」

「そんなこと言わずに、絶対受かってよ」

 広岡くんが、力強く言った。

「なんで?」

「だって、俺もそこ行くから。内部進学だけど」

 広岡くんはそう言って、「じゃあ、またな!」と元気に言い、大きく手を振った。

「うん、またね」

 僕も手を振る。

 きっと二度と会わないのだろうと思っていたから、あんなに泣いてしまったけれど、もしかしたら、また会えるのかもしれない。なんとなく、心に灯りが燈ったような心地で僕は駅へと歩き出す。さっき抱いた万能感はそのままに、僕は学校へと向かった。

 帰りにブックセンターへ寄って、広岡くんの言っていた雑誌を買った。雑誌に載っている広岡くんは、僕とスワンボートに乗った広岡くんとは別人のように思えて、あれは夢だったんじゃないかと思ってしまう。テレビCMでも、広岡くんを見かけた。意識してみると、いたるところに広岡くんの存在を感じた。それくらい、広岡くんはすごい人だったのだ。すごく、がんばっている人だった。

 広岡くんの出ている媒体をチェックして、いつも心の中で応援していた。そうしていると、だんだん、ただのファンみたいになっていく。みたい、ではなく、確実にただのファンだった。広岡くんのことを好きで、憧れて、応援している、普通のファンだ。あの日、スワンボートでとなりに座っていた広岡くんは、いまでは僕の推しになっていた。

 学校で雑用を押しつけられることは相変わらずだったけれど、少しずつ断ることができるようになった。最初は怖くて声が震えてしまったけれど、ちゃんと言えた。そのことで陰口を言われているのもわかるし、無視されることもあったけれど、もともといっしょにいたかった人たちではなかったので、傷つきはしたものの、思ったよりも平気な自分に驚いてもいた。断り続けていたら、なにかを押しつけられるということはなくなった。彼らも受験なのだ。僕にばかり構ってはいられないのだろう。

 しばらくして、映画の制作発表のニュースで広岡くんを観た。主演だということなので、あのときのオーディションに受かったのだろう。それをよろこぶと同時に、やっぱりあの日のことは夢だったんじゃないかという思いが強くなる。広岡くんは、僕なんかとは別世界の住人だ。そんな思いを振り切るように、僕は受験勉強に没頭した。広岡くんとのつながりは、もう大学だけなので、なにがなんでも受からないといけない。もしかしたら、忙しい広岡くんは、僕のことなんて忘れてしまったかもしれない。もしそうなら、今度は僕から話しかけてみよう。あの日、広岡くんが声をかけてくれたみたいに。ただのファンでもいいけれど、できれば、また広岡くんと話をしたい。その目標があったから、僕は必死にがんばることができたのだと思う。学校のパソコンルームで合格発表を確認したときは、よろこびと安心で泣いてしまった。


 入学式の会場で、さっそく広岡くんの存在を感じることになる。新入生たちが控え目に騒いでいたのだ。「あれって、ナナセだよね? 本当にいるんだ」というような、ひそひそ声が耳に入ってくる。会場に広岡くんがいるということがわかって、僕の気持ちは急速に高ぶってしまい、その存在にすっかり緊張してしまった。僕も、周囲のみんなと同じように、本当にいるんだ、という気持ちだった。おかげで、入学式のことはあまり覚えていない。

 会場を出たところで、参列していた母と合流し、少し話をする。母と別れ、それぞれの学部の説明会も終わり、あとは帰るだけだ。今日は慌ただしいので、広岡くんに声をかけるのは落ち着いてからにしようと思う。本当は、まだ心の準備ができていないだけだった。今日の様子を見ると、広岡くんの学部はきっとすぐに噂で伝わるだろう。それからでもいいかな、と僕は少し消極的な気持ちになっていた。遠くにいても感じる、広岡くんのあまりの存在感に僕はすっかり怖気づいてしまっていたのだ。

 正門を出たところで、

「坂下くん!」

 背後からよく通る声が聞こえてきた。振り返ると、スーツ姿の広岡くんが手を振りながら、小走りに近づいてくる。本当に同じ人間だろうか、と疑ってしまうほどかっこいい。周りのみんなが、広岡くんを見ている。

「久しぶり。合格したんだね。よかった、おめでとう。うれしい」

 広岡くんが矢継ぎ早に言う。

「ありがとう。僕のこと、覚えてくれてたの?」

 驚いて言うと、

「あたりまえじゃん。またなって言ったろ?」

 広岡くんはそう言って、「ちょっと、あっち行こう」と、連れて行かれたのはなんだかよくわからない古い建物だった。

「ここ、なに?」

 僕の問いに、「図書館旧館」と広岡くんは言う。階段の下のこぢんまりとしたスペースに押し込まれるようにして、ふたりきりになると、広岡くんは唐突に僕に抱きついてきた。僕の身体はかっちりと固まってしまい、動くことができない。なんだかいい匂いがして、くらくらと酔ったみたいになる。

「坂下くん。また会えて本当うれしい。これから、よろしくね。本当によろしくね」

「うん、こちらこそ」

 驚いて、どきどきしてしまってそれしか言えない。さっきまで遠い存在だった広岡くんが目の前にいて、僕のことをハグしている。この状況が、夢みたいで僕は小さくパニックに陥っていた。

「俺、坂下くんにも届くように、仕事すごいがんばった」

「うん。うん、観てた。テレビも、雑誌も」

「見ててくれたんだ。ありがとう」

 推しの活躍をチェックしていただけのようなものなので、お礼を言われるようなことではないと思い、なんとなく後ろめたくなったけれど、

「僕も、また会えてうれしい」

 言わないといけないことをちゃんと言う。

「広岡くんに、また会いたかった。また話ができたらいいなって思ってた。受験勉強、がんばったよ」

 ハグしていた僕の身体を離し、広岡くんは僕の顔をじっと見て、にっこりと笑う。尊い、という言葉が頭に浮かび、

「尊い……」

 気がつくと口に出してしまっていた。

「どうしたの、坂下くん」

 広岡くんが戸惑ったような表情になる。しまった、と思い、

「僕、あれからすっかり広岡くんのファンになっちゃったから。推しがこんなに間近にいて、ちょっと、もう、いっぱいいっぱい……」

 必死に言い訳めいた言葉を並べてしまった。それを聞いた広岡くんは少し困ったように首を傾げる。

「つまり、坂下くんは、俺のこと好きになってくれたってこと?」

「うん、広岡くんのこと好き……すごく」

 僕は何度も頷いた。

「うれしいけど、そういうんじゃなくて、もっと対等な感じで好きになってくれたらうれしいかなあ」

 照れたようにそう言った広岡くんに、

「対等って、僕と友だちになってくれるってこと?」

 僕は、思わず尋ねていた。

「うーん……うん。だね。友だちから始めるのがいいよね」

 広岡くんは少し考えるようにそう言って、僕の目をじっと見た。

「友だちから始めて、めちゃくちゃ仲良くなろうね」

「うん……」

 広岡くんが真剣な表情で言い、僕は目の前の幸福に頷くことしかできない。

「坂下くん。大学生がやる当たり前のこと、全部いっしょにやろう」

「うん」

 大学生がやる当たり前のことをぼんやりと想像しながら僕は頷く。

「それから、また乗ろう。スワン11号」

「うん」

 広岡くんのくれる言葉のすべてがうれしくて、宝物みたいで、頷くのが精一杯だった。

「だから、坂下くん。まずは下の名前を教えてよ」

 すごく重大なことのように発せられた広岡くんの言葉に、とうとう緊張の糸が切れて、僕はつい笑ってしまった。

「やっと笑った」

 広岡くんが言い、「あ、そうだ。俺も映画のオーディション受かったよ」と、報告をしてくれた。僕はそれをテレビのニュースでとっくに知っていたけれど、

「おめでとう」

 うっかり伝え忘れていた、心からの言葉を伝える。



ありがとうございました。

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