第六話 水魔法使いの応用
「クソっ!」
「……!」
荒っぽい見た目の男が呑まれながらももがいている。だが次第に顔や手も引きずりこまれていった。
「ありゃやべえな」
「今行く!」
近くにいた討伐隊の何人かが走り出した。剣を突き刺すがやはり効かず、そこだけ霧散して隊員たちをすり抜けさせる。
「なんだこいつ!」
そのまま再び体を収束させながら、討伐隊の青年の肩にも体を伸ばしてきた。
「突風!」
「風よ舞え!」
他の隊員たちが強い風をぶつけ彼を逃す。だが泥の動きこそ止めたものの、ダメージにはなっていないようで、それはずるりと魔法を打ってきた男たちの方へ体を向けた。
「ダメか!」
「チ……」
二人はすぐさま駆け出した。位置を変えながら魔法をかける。それは戦に慣れた彼らには当然の判断だった。
だが。
「うわっ!?」
呑まれた男の仲間の一人が不用意に近づこうとし、その結果泥がそこに覆いかぶさろうとする。
「っ! しまっ……!」
気が付いた隊員の方も風魔法をぶつけようとするが。
(っ! この角度じゃ……)
狙いは上手く定まらない。それでもイチかバチかで放とうとした、その瞬間――。
『まったく』
黒い犬が襲われていた青年の襟を加えてそのまま抜け出していた。
「え、なんで半魔が」
目を白黒させた男を討伐隊員に預け、カニスは走ってきたネロの隣に立った。
「雷魔法じゃ呑まれた人も巻き込む。炎は論外。風がかろうじてで剣も効いていない……」
巨体を見上げながらフォティアが口にしたのは絶望的な現状。
「ってなると……。石の塊よ、最大の武器であると示せ!」
「水流砲!」
「樹木よ道を塞げ!」
それは皆重々把握している。石の塊を連続で放射する少女に続き、近くにいた者達も各々が魔法をぶつける。
だが。
「効かないか……」
石は当然のようにすり抜ける。泥を囲むように生やされ絡みつこうとする木々はそれが閉じきる前に隙間から抜けられ、拘束に至らない。
さらに。
「取り込んだ!?」
「あれに水は意味無さそうだな」
「……なら! 温度を下げて凍らせるか、温度を上げて蒸発させるか……」
水魔法に至っては、当たった瞬間泥の中に飲み込まれていった。
それを見た討伐隊の一人の案は、今度は中の人間が危険になる。
「なら――! せめて動きを鈍らせる方法を探しましょう! 雪魔法!」
フォティアが向かっていく中、ネロは周辺の虫を払うのに徹していた。泥が出てきてもし合流されては不味いと、剣で斬ることはせずにひたすら水で拘束し窒息死させる。
『あれが水属性の魔物だとして、最悪飲み込んだ水魔法を自分のものとする可能性もあるな』
「俺水魔法以外はほぼ役に立たねえのに……」
カニスの推測に歯噛みをした。先程から様々な魔法を試みているフォティアと違って、ネロが胸を張れるのは水魔法しかない。
「水よ、集まれここに!」
せめてできることをと、今泥の討伐に割かれている人間の分まで魔物を捉えようとする。
魔力の消費を抑えるため、空中から水分を集め、自分の制御下に置いては動かした。
(あれ……?)
ふと、フォティアは敵の挙動に違和感を覚えた。
泥の体の一部から何かが抜けていくような、そんな不自然な揺らぎがあったような気がしたのだ。それを追った少女はハッとなって振り向いた。
「ネロ!」
「何だよ!?」
「あいつから水分を抜いて!」
突然の大声での呼びかけに少年は肩を跳ねさせるが、彼女は構わず自分の思い付きを口にした。
「は!?」
「できる!?」
何を求められているかは分からない。突然の要求に戸惑いながら、それでもネロは敵の姿を見据えた。
あの魔物から水を抜く。生物を対象にそんなことはしたことが無い。できるかどうかなど分からない。だが。
「やる」
静かな表情で、彼は告げた。
こちらを見る少女の顔には、確かな信頼が浮かんでいる。その信頼には応えたかった。
「水よ――……」
泥の魔物の揺らぎを追った先にあったのは、ネロが作り出している水の塊。辺りから水を集めるのはそう難しいことではない。だが彼はそれをかなり大規模に行っている。そしてその集める対象に、恐らくだが、この泥の塊も含まれていたのだろう。本来、生き物から水分を集めるというのはそうと意識しなければ行えない。だが、今回の相手は泥だ。体の表面そのものが土と水だ。だからか、空中から水を集める際に僅かながら泥の纏う水分も引っ張っていたのだ。
それを意識的に行えば。
「飛び散れ」
『なるほどな』
カニスが静かに頷く。
水魔法の専門ではないフォティアに、ここまでの巨体から水を抜くことは出来ない。
だがネロならばきっと。
「空へ行け!」
言葉と共に魔物から水分が抜けていく。
やがて乾いた土塊が割れ、飲まれた男たちが姿を現した。