第三話 慣れていること
「この時期に火を使うと暑そうだよな」
「そこは気合いよ。気合い」
「思ったより根性論だった」
巨大な鳥の生首とそれを浮かせている少女というのはなかなかミスマッチだが、そこに狩人の制服であるローブや騎士団や討伐隊が纏う騎士服があれば、それだけでよく見る光景になる。そこにおなじ制服の少年がいても同じことだ。
『君は魔力が多いんだな』
並んで歩き、時折道を指さす少女に話しかける犬がいなければ、だが。
「それはあなたの相棒もでは? 魔法の火を一瞬で消せるのはなかなかですよ」
すでにすっかりカニスを受け入れたらしいフォティアは、先程の怪鳥をそのまま持っていくことも出来るという発言に対するその言葉に、首を傾げながらそう返す。
「そうか?」
「ええ。まあ、私も実際人より多い方だと思います。ただ、私の友達にそれはもう凄まじい子がいまして。その子のせいで麻痺しがちなんですよね」
「ふうん」
『それほどなのか』
ネロはそこまで興味が無さそうに、逆にカニスは明らかに興味を引かれたようにフォティアに琥珀色の眼を向ける。
「ええ。王立第一学院の特待生にして、主席で卒業した子ですよ」
気軽に、されど誇らしそうに、彼女は頬を緩めながらその友人のことを口にする。だがそれは、簡単に流していいものではなかった。王立第一学院は貴族や有力な家の子弟が学ぶ学校だ。特に魔法関係の教育に熱心な傾向にある。その中で特待生とは、そういう身分を持たない、だが極めて優秀だと選ばれた人間だ。身分が高い人間ほど魔力が高い傾向にあり、なおかつ勉学にしろ剣術にしろ環境が整っているものの方が当然あらゆることで有利になる。その条件で、一般人ながら、主席。
『――通常、比べる対象ではないな』
人によっては冷や汗を流していい場面だ。
「本当の天才であり――相当の努力家ですよ。カレンは」
その事実を端的にそうまとめ、フォティアは足を止める。
その道の先、急に森が開け、街が広がっていた。
「結構デカい街だな」
「この辺は討伐隊が駐留しているような街が割と近くにいくつかあるんですよね」
「……ってことは、この辺はよく魔物が出るってことだな」
中に足を踏み入れれば、それなりに道が整備され、人通りもある場所だと分かる。
通りがかった子供たちが足を止め、フォティアが浮かべる生首を凝視していた。
「ではとりあえず討伐隊のところに持って行かないと」
『ああ、そのうち何人かは泣きだしそうだ』
実際のところ狩人の姿は珍しくないのか、驚いているだけで怖がっている様子の子どもはその辺りにはいなかったのだが、幼子でも来れば冗談ではなくなってしまう。
苦笑したフォティアは討伐隊の基地はあちらですねと顔を向けた。
「ああ、じゃあ、俺はここで」
「え、待ってください」
「ん」
街まで案内してもらうという約束で、それが果たされた以上一緒に行動する理由もない。そう思って手を振ったネロだったが、思いがけず呼び止められた。
「手伝ってくださったんですから、そのことは報告しませんと」
彼女は本当に律義らしい。討伐について多少なりとも貢献すればうまくいけば報酬、そうでなくともある程度狩人としての評価は上乗せされる。ただ手を貸した程度でいちいち申請するのを面倒がったり、小さなこと過ぎると証明されなかったりするため、それを行わないものが多い。後者は手を貸された側と一緒に申請を行えばいいのだが、行先等の問題もあって手間を割かないのだ。
『そうだな』
ネロが何かを言う前に、相棒がそう答えていた。
『評価も資金も、得られるものはもらっておくに越したことはない』
「では行きましょうか」
少女は笑って、ネロの手を引いた。
「はい、間違いなく。この後死体を回収後、報酬を支払います」
「はい」
討伐隊の基地には魔物を狩ってきた狩人たちの受付場所がある。
それなりに人がいるそこで例の怪鳥の首を出せば、動揺することもなく受け取られ、二人の身分証を確認した受付の人間は涼やかにそう告げた。
「では、少々お待ちください」
そのまま、資料を後ろへ渡す。恐らく控えている討伐隊の人間がこのまま置いてきた体を確認しに行くのだろう。
討伐隊の仕事は魔物が出やすい場所や人の多い街で魔物に対応することだが、こういった単独で動く狩人では運べない死体を確認するのも仕事の一つになっている。
「時間かかりそうだな」
「そうですね。それまで何か――」
報酬が出るのはその後のため、待ち時間がある。さてどうするかと顔を見合わせた二人の足元に、黒犬がするりと潜りこんだ。
「カニス――?」
「ねえ、あれ、もしかして――」
ふと、喧騒の中でその声が耳についた。
「あの噂の……」
「面白くないよな。同じ新人なのに、あんなのを連れているだけで有名になるのは」
「連れているのは所詮魔物だ。いつ牙を剥いてくるか分からないというのに、あんなに堂々と」
意識してしまえば、耳に残るのは、そんなどこか悪意のこもった陰口ばかり。
「……一旦出ましょうか」
なぜカニスが身を隠すような行動をとったのか、それが分かったフォティアはネロの背を押した。
「むしろ貴族じゃなくても何かあれば名を上げられるってことでもあると思うんだけどね」
「特例中の特例でしょ。結局魔力が強いやつが活躍するんだから」
「やはり貴族の方の方が魔力が強い方が多いですからねえ。特にアリシア・フォアティネーラ様! 一等貴ですさまじい魔法を使えて、その上で剣術も強くて何より美人だという噂で、アレス殿下のご結婚相手の候補でもあって……」
入口付近ではそんな会話もあったが、全体的にはネロとカニスをよく思わない空気が出来上がっていた。
扉を開け、ネロを外に出し数歩進んでから、フォティアは窺うようにネロを見る。あの相手に言いたいことはあれど、自分もカニスを見て警戒した以上、何も言えない――からこそ、ただ二人を心配する、そんな複雑なようで純粋な視線に、カニスはふっと笑った。
『狩人が魔物を見たら構えるのは当然だ、と言っただろう。ああなるのは当然だから私は気にしない。こいつもな』
「そうそう。――お前も気にするな。俺らは慣れているから」
「でも」
続けてネロがそう付け加えてもどこか浮かない顔をする少女に、少年は笑った。
「むしろ、お前はよく許可があるってだけで納得したよな」
分かっていてもああいう態度を取るのが普通なんだぜと、言外に告げてやればフォティアは少しだけ困ったように頭を動かす。
「……そこはまあ、アレス殿下が認められたのなら大丈夫だと」
少し間を置いて、彼女は答える。その声色には、この国の王子に対する妙な親愛の情が見えた。
「……ふうん?」
「それに、個人的に思うところもありますので」
そして、笑ってみせたその表情はどこか切なげだ。
風が撫でて行ったローブを押さえつける。ネロが、できるだけ顔を隠すのと同じように、彼女のそれも恐らくは踏み込まれたくないものだろう。
だからもう一度だけ、ふうん、とだけ返した。
「というかさ、気になっていたんだけど、別に敬語でなくていいぜ? 俺も全然敬語使っていねえし」
『使わないのでなく使えないのだろう』
「うるせえ」
意図的に会話の内容を変えて見せれば、フォティアは一瞬戸惑い、しかしその意図を理解したのだろう。
「ええっと、じゃあお言葉に甘えて……? 改めて、討伐隊があれを持ってくるまでに時間あるけど、それまでそうする?」
迷ったように笑いながら、話を終わらせそんなこれからの話をする。
「あー。まあ、とりあえず飯かな」
「じゃあ、この辺に私がおすすめの場所が」
空気が和やかなものに戻った時。
「……っ!」
空間が揺れる感覚がして、三人は同時にそちらを見上げた。
討伐隊基地の上。
「門が……!」
「で、か……」
巨大な黒い穴、ダークホールが開いていた。