第十六話 たとえ助からないと分かっていたとして
「この世界は、この世界の住人に味方をする」
どこかで少女は歌う。
「運はわたしたちには巡って来ないよ」
だから、自分でつかみ取らなければならないのだと。
暗闇にどこからか光が射したような感覚がして、次に見慣れない天井が目に入った。
瞼が異様に重く感じる。ついでに、体自体も。
「……俺……」
零れた声は掠れていた。ゆっくり腕を動かし、額に乗せる。
(何があったんだっけ……)
ネロはぼんやりとした思考で記憶を辿り――跳び起きた。
「~~っ!」
途端に体の節々に走る痛みに悶絶する。
声にならない悲鳴を上げながら、それでもシーツに手をついて再び布団に沈むのを防ぐ。
倒れる青年たち。魔物の男。共に戦い、傷を負う少女。自分を助けようとした相棒。そして突然現れ、場を収めた謎の子供。
(あの後どうなった!?)
男が去った、その記憶はある。だが、その後から完全に途切れていた。
辺りを見渡せば布団の周りは四方をカーテンで覆われていた。
その中で、むく、と動く気配があった。
『起きたか』
「カニス!」
ベットの下にいたらしい相棒は起き上がると顎をふちに乗せてくる。その頭にそっと手を乗せた。
「無事だったか……」
『こっちの台詞だ』
大人しく撫でられているカニスに目を細める。
やがて手を下ろすと、改めて周囲を見渡した。
「色々聞きたいんだけど……まず、フォティアは?」
『あちらだ』
くい、とカニスが顎でカーテンの向こうを指した。
『隣のベッドで寝ている。お前が気絶してからしばらくは大丈夫だったが、助けが来て彼女も気を失った。――アダマス曰く、腹の傷が響いているようでな。一度治癒魔法を掛けてはいたが、そのまま動き回った結果、開いていたらしい』
「そりゃあそうだろうな……」
『命に別状はないと聞いた。安心しろ』
僅かに顔を伏せたネロにカニスはそう告げ、ネロも頷く。
「次。俺、どれくらい寝ていた?」
『丸一日だ』
「ただの魔力の使い過ぎならそんなもんか。あとはここは?」
『討伐隊基地内の医務室だ。ここのやつらは病院に連れて行こうとしていたが、こちらの方がお前にとっては都合がいいだろう。私も入れる』
「ああ――」
確かに病院は困る。頷いて顔を擦った。討伐隊にならまだしも、一般人に見られては不味いものがネロの体には眠っているのだから。
ふう、と一旦息を吐く。聞きたいこと自体は、山ほどある。その中で何から聞くべきか。
「それから――」
「おや、目が覚めたんだな」
また開こうとした口は、かかった声に止められた。音の側のカーテンを開く。
「やあ」
「連隊長……?」
扉に寄り掛かり軽く手を上げるのは、この街の討伐隊連隊長・アダマスだった。
「煙が見えたからかけつけてみれば、君は倒れているし彼女は目の前で倒れるし、君の相棒に急かされるしでこちらも慌てたよ」
「う……。すみません」
片側だけ唇を上げる彼女に、ネロは肩を小さくした。さすがに世話になった自覚はある。そこで急かす相棒のことも想像できてしまえばその分も含めて頭を下げる以外の選択肢はなかった。
アダマスの方はそんな少年を楽しそうに見て、やがて「なんてな」と手を外側に振った。
「あの惨状を見れば何が起こったかは察しはつく。仕事をした君たちはむしろ褒められるべきだろう。あとで事情は聞かせてもらいたいが、とにかく今は休むことだ」
「……」
討伐隊の、すなわち同じ「魔物狩り」を生業とする立場から告げ、アダマスはネロの肩を叩く。
「とりあえず私は君が目覚めたことをここの医者に言ってくる」
「な、あ」
そのまま去ろうとした彼女を止めたのは、ネロ自身だった。
「あいつら、あそこに倒れていた連中いただろ。あいつらは……」
振り返ったその人は、ただ目を伏せる。
それで十分だった。
「……そっか」
「……防腐処置は既に済ませた。今後彼らの故郷に連絡をし、送り届けることになる。……落ち着いたら、案内しようか」
「……頼む」
今度こそその背中を見送り、ネロは布団の中に倒れこんだ。ボフッ、という鈍い音がして、体が沈む感覚を覚える。
「……なあ、カニス」
天井を眺めたまま相棒を呼んだ。
『何だ』
「……初めから、だった?」
酷く曖昧な問い。
『ああ、私たちが着いた時には』
それに対し、カニスは違うことなく捉え、応える。
「そっか」
自分たちが辿り着いた時にはもう「彼ら」は死んでいた。
フォティアやカニスからは遅れて知った情報だが、ネロは自分が案外静かにそれを受け入れていることに気が付いた。
本当は、薄々気が付いていたのかもしれない。
あの状態で生きているなんて――そんな奇跡は早々ないと。
『分かっていたら、すぐ退いていたか?』
問われて、考える。
助けたい相手はもう助けられないことが分かっていて、目の前にいるのは明らかに強敵で――そこで素直に一回引くという判断ができただろうか。
「……それは無理じゃねえかな」
その時の自分の姿を想像すれば、結局、それ以外の答えは出せなかった。
「たとえ死んでいても、知っている奴をボロボロにして踏みつけにする奴は許せない。こっちが見つかっていなかったなら分からねえけど……」
目を瞑れば、簡単に思い出せる。
大量の血を流して倒れている三人の青年。
(ヒトが増えてしまいましたか。面倒ですね)
平然と笑い、明確にネロたちへの悪意を持って、彼ら背中を踏んだ男。
その時点で、頭に血が上っていた。いや、むしろ真っ白になっていたのか。
感情だけで放った水の剣先は、理性だけで止められるものではないだろう。
自分のそういう気質は、ネロ自身が誰よりも理解していた。というよりも、憧れの人の真似から積み上げてきた土壌故に変えることが出来ないものだった。
『見つかっていなかったとして、あれをみたらお前は跳び出すだろうな』
「ぐ」
だから揶揄うように言われても、何も言い返せない。
そこまで含めて分かっているカニスは、ふん、と一つ鼻を鳴らす。
『魔物と戦うのは狩人の仕事。魔物を見て戦おうとすることを咎められるいわれはない、といえばそうだ。向こうも戦う気満々だった。だがその上で――最初に何も考えずに攻撃したことは反省しろ。そこで相手の実力を測ってまず逃げるなりその時点で救援を呼ぶなりしていれば、あんな限界状態の戦いは避けられた可能性もあった。お前は全てにおいて後先を考えなさすぎる』
「分かっているよ」
つらつらつらと告げられた、だが同時にネロ自身が望んでいた説教に苦い顔をしながら頷く。
自分の気質は変えられない。
けれど、同時に――自分の最初の行動が、今の状況の原因だという自覚もあった。
もしすぐ逃げていれば、少なくともフォティアに伝言を頼んで遠ざける程度の立ち回りが出来ていたなら。
あんな状況は避けられたかもしれない。
少なくとも、彼女を巻き込むことはなかったかもしれない。
今回は運よく生き延びただけだ。最悪の場合、二人とも死んでいただろう。
そんな結末を、迎えたくはない。
「もう少し冷静になんないと。それに――」
少年は、腕を空へ伸ばす。
「強くなんないとな」
そのままぎゅっと握りしめる。
一つの誓いを、胸に秘めて。




