第十四話 離脱戦開始
「あなた、それ……」
魚のような透明な鱗。
通常、人にはあり得ないその特徴に息をのみ――だが、彼女は頭を振った。
今はそれどころではない。
雨は少女達には当たっていない。――彼が魔族であろうと半魔であろうと、彼女を、人を攻撃する意思はないことは確かなのだ。
少女は自分がかけた結界を地面以外解除し、改めて引き寄せた男たちに魔法を掛け直す。
(この人は、少しとはいえ一緒に戦った。それに、あの人たちが倒れているのを見て憤っていた。――敵では、ない)
動揺をしていないと言えば嘘になる。
それでも。
(だから――!)
やるべきことは分かっていた。
「――逃げるぞ!」
『こっちだ』
「……うん!」
揃って駆け出す。
結界は解けたのだ。今なら、とにかくここから逃げることが出来る。
「狼煙よ――!」
走りながらも一つの魔法を叫ぶ。
今度こそ、フォティアの剣から噴き出た煙は空へと昇った。
「貴様……」
突っ立っていた男が、地を這うような声を上げた。その、震える拳は、少年たちからは、見えない。その顔も。
「貴様ア!」
たった一蹴り。
それだけで、男は狩人たちとの距離を詰めていた。
少年の首を掴み、そのまま後ろに引き、食らいつこうとした犬を遠くへ蹴り飛ばす。その勢いのまま少年を後ろに倒して手首をひねり、少女のフードを引いて転ばせると少年に馬乗になって体重で押さえつけた。
カラン、と落ちた剣が跳ねる音がする。
魔法も使わない単純な体術だ。それだけで、少年は抑え込まれた。
頭を打ち付けた少年が、衝撃でかはっと空気を吐き出す。
「貴様、あの力は、あの男の……」
それでも目の前の敵を睨みつける。
相手の目にあったのは、憎悪。
(……!? こいつまさか父さんのこと知って……)
頭から帽子が落ち、ヤギのような角が現れる。
「ネロから離れて!」
「チ……」
跳び起きて炎を帯びた剣を振るう少女に、男は舌打ちし、手元に棘を出した。
棘は瞬時に少女と同じ炎を纏う剣と成長する。
少年の腹を右膝で踏みつけにし、体をねじった勢いで少女の剣を自身の剣で受けた。火花が走り、髪の端を焼く。
(炎天――!)
少女の剣から火が溢れ男の顔を焼こうとする。顔を顰めた男はまた炎で相殺したが、その余波が互いの腕を焼いた。
「っ……」
「クッ……」
呻きながらも男は腕に力を込め、少女の体を弾き飛ばす。と同時に、男の胸を水の塊が打ち付けた。
「う……」
さ、と男が下を向けば少年が口角をあげていた。いつの間にか、右手が落とした剣に届いている。そのまま振るわれた剣を男は腕ごと抑え込み、少年の首に手をかける。
「ネロ!」
「あの一族の血を引くやつなど――」
左手で相手の手首をつかんで抵抗しようとするネロに、男はより力を加えていく。
鋭い痛みを感じるその時まで。
「カニス!?」
少女の声が響く。
大型犬が、足に噛みついていた。
痛みなどは今更だ。だが。
「な……」
力が抜けていくような感覚を覚え、慌てて犬の頭を掴んだ。
「離せっ」
そのまま手から雷を走らせ体に流す。
『ガッ……』
口が離れ、犬の体が傾く。ふ、と笑うが、そこで気が付いた。
首から離れた手。力の抜けた体。捻った体勢。
男の手の中で手首を動かし、開いている左手の方へ剣と飛ばした少年がそれを掴みながら剣を振る。
咄嗟に飛び退いたそこに少女の剣が再び炎を放った。
再び相殺しながらも確実に距離が開く。
「カニス!」
少年が犬を拾い上げ、二人が同時に走り出した、その時。
「――何でこのタイミングで!」
その行く手に、ダークホールが現れた。
咄嗟に引き返し、左右へ逃れようとしたところにあの棘が撃ち込まれる。
「運はこちらに向いているようですね!」
その声に二人は顔を引きつらせ。
――閉じろ――
「な……?」
「そうでもないかもよ?」
どこか幼い声に、つい後ろを振り返った。
ダークホールがあったはずの場所に、フードを被った少女が立っている。
「この世界は、この世界の住人に味方をするものでしょ」
それは、アダマスたちに避難場所はどうなのかと言ってきた、あの時消えた少女だった。




