第十三話 少年が紡ぐは「龍の怒り」
「まずは――俺の相手をしろ」
「ふむ」
少年は空色の眼で男を睨みつける。
「仲間に手を出すな――というやつですね。何度も見たことがありますし」
興味深そうにする男は無造作に手を振った。
「その仲間の方に攻撃されるのも慣れています」
「キャッ……」
魔物の背後から切りかかろうとしていた少女は男の跳ばした風に吹き飛ばされる。その隙を縫うように少年が身を低く沈め下段から剣を振るが、こちらはあっさりと蹴り飛ばされた。
「しぶといヒトは嫌いじゃないですよ」
「グッ……」
蹴られた腹を抑えながら、ネロは自分が立ち上がれることを確認する。かなりの距離を跳ばされ地面に叩きつけられても無事な自分の頑丈さに少しだけ感謝した。
「ありがとう、カニス……」
『大丈夫か』
フォティアの方はカニスが受け止めていた。顔を歪めながらもすぐ体勢を立て直し切っ先を敵へと向ける。
『あの棘の攻撃は、一つ一つに相当な魔力が練りこまれていた。敵は魔物だ。消耗戦は期待できない』
「うん、分かっている。――ネロ、あの人たちに水の膜を!」
「水の剣舞……空洞!」
少女の叫びに、少年は迷わず呼応する。
宙に浮かぶは水の塊。今回は泡の名通り中は空気に満たしたその技で、倒れている男を包む。
「炎天――あいつを焼け!」
技巧も何もないただの火。
人間の生活を変えさせた叡智の結晶にして、あらゆる生き物を殺すことが出来る武器。
「では、水で相殺を」
それに、欠片も怯むことなく、男は同量以上の水を放って打ち消した。煙と、爆発したような音が上がる。
「そちらの彼が水でヒトを守れるなら――同じことは当然私にもできますよ。では、こちらからも同じように」
「っ! 水撃!」
まるでフォティアの魔法を返すように火を放った男に、少女はほとんど反射で魔法を放つ。水魔法は得意ではないが、使えないわけではない。だが――魔族の魔法を跳ね返すには足らず。
「っあ」
消えることなく炎は少女に迫り。
「――水よ道となれ!」
少女の前に飛び出してきた少年が少女の魔法に水を重ねたことで、その身を焼くことを回避した。
「ネロっ」
「大丈夫か!?」
「うん……! ありがとう!」
振り返った少年に少女はコクコクと頷く。
『遊んでいるな、あの男』
「それは、見りゃ分かる」
カニスの言葉に静かに答えながら敵を見据える少年に改めて横に並ぼうとし、少女はふと気が付く。
フードが落ちていた。
出逢ってからずっと被っていたそれが無くなったことで、彼女は初めてこの少年の横顔を見ている。
空色の目と、後ろでくくった銀色の長い髪。色素の薄い肌には先ほどからの戦闘でつけられた傷こそ数多あったが、大きな傷跡や火傷があるわけではない。特別美形ではないが意志の強さを感じさせる少年。その顔を見ても、誰もがなぜ顔を隠していたのか分からないと口にするだろう。
だが。
(今、頬が……?)
少女は一つ違和感を覚えた。
少年が顔を動かしたとき、左頬に不自然な光が走ったような気がしたのだ。
それは、まるで――。
「今度はこんなのはどうです? ――雷とか」
「っ! 雷撃!」
敵の宣告に我に返る。今は、そんなときではない。
咄嗟に同じ系統の魔法で打ち返すと、男は余裕そうに、そして感心したような息を吐く。
「ヒトにしてなかなかですね」
本当に――遊んでいるのだろう。簡単な攻撃をして、どう足掻くかを楽しんでいる。
「カニス、噛めるか?」
『さっきからその隙を伺っているが――まず近づけないだろうな』
「クソっ……」
歯噛みをする少年を見ながら、男は首を捻る。
「さて、次はどう出ます?」
トン、と一歩進み出て。
「来ないのでしたらこちらから。ああ、そうだ。地面からの奇襲はできませんが」
また、緩やかに両腕を広げる。
「こういうことも出来ます」
少年少女の手に、腕に、足に、棘が刺さり、あるいは掠めていた。
「次々行きますよ」
「っ、突風!」
「水球粘度マックス……!」
迫る第二波に少女は風で吹き飛ばすことを、少年は水の塊で受け止めることを即座に選択する。
横から吹き付ける雨のようなそれに対処するだけでガリガリと魔力が削られていくことに、少女は顔を歪めた。
「……水の膜は石を弾く」
その中で少年は傷を負いながらも一つの言葉を紡ぐことを優先した。使い慣れた水の球に紛れ込ませるように、薄い膜を張っていく。
「うーん、もう全部防がれますか。これ以上は効果が無さそうですかね。……と……?」
それを眺めていた男が、不意に動揺を浮かばせる。
攻撃の手が止まり、少年たちの視界も晴れた。
「ようやく――一撃目だ」
男の頬には、ネロが弾き返した棘による傷が出来ていた。
「……やりますねえ」
男の笑みが深くなった。
「つっても偶然だけどな」
その空気の変化に内心頬を引きつらせながら、表面上は不敵そうに笑って見せた少年は、小声で呟く。
「それでも、傷は負わせたのは事実だよ。――このまま、どうにか押せればいいけど」
『いや、倒すことは不可能だろう。かといって、逃がしてくれそうにはないな』
少女と相棒がそれぞれ応えるのに、少年も頷く。
「……なら、結界を解かせて無理矢理にでも逃げる」
どうやって、という問いかけは、音にならなかった。
「できれば、もっと楽しませてください。――こういうものとかで!」
『ち』
今までにも増して愉悦を滲ませた顔で高らかに笑った男から、半透明の、弓のような何かが跳び出した。カニスがネロを加えフォティアを押し倒した、その頭上を通っていく。
木が倒れる音がした。
「無茶苦茶な……!」
たった一手で大木を倒した男はその結果には目もくれず、今度は指を振った。
「ああ、結界のせいで万全とはいきませんが、こういうのも王道ですよねえ」
棘に変わり、今度は石が飛ぶ。
速さは劣る代わりに質量があり、威力が高い。もちろん、死ぬ確率も。
同じ魔法で受け止めようとしたが、一発、少年は額に受けた。血が飛ぶ。
「ネロ!」
「大丈夫だ! ……フォティア!」
少女の悲鳴に叫び返し、次々と襲い掛かる魔法を致命傷は防ぐ程度に防ぎながら、ネロは少女に呼びかける。
「お前なら、アイツら全員魔法で運ぶことできるか」
「っ、そりゃあできるけど……」
倒れている男たちを指しながらの言葉に戸惑いながらも返ってきた淀みのない答えに、少年は大きく息を吸う。
「じゃあ、頼む。俺、ちょっと賭けに出るから」
「賭けって……」
彼はフォティアの疑問を無視して、剣を横に掲げた。
「ほら、反撃をしてみてくださいよ」
「……言われなくとも!」
恍惚とした魔の者の言葉に、少年は一つ、その魔法の名を紡ぐ。
「沼の主の力を持って、もたらそう」
襲い掛かる攻撃は少女が代わりに受け止めた。
撃ち漏らしが生む傷は意に介さず、少年は自身の内側から力を引き出す。
「この地に厄災を、汝に罰を」
「な」
「嵐……!?」
結界の内側に雲が生まれ、雷が鳴る。
雨が降り、呼応するように結界の外の空まで暗くなっていく。
「この雨……」
『フォティア!』
「っ! 空よ全てを浮かばせろ!」
カニスに呼びかけられ、少女は倒れこむ青年たちに魔法をかけた。ふわりと浮かばせ、自分たちの方に引き寄せる。
そちらには見向きもせず、男は少年を凝視していた。
打ち付ける雨一粒一粒が魔物に刺さり、そこから血が流れだしていく。それすらも無視して、攻撃の手も止めて、ただ少年を。
「貴方……」
ふと、少女は気が付いた。
頬に、僅かにあった違和感。その正体は何なのか。
「龍神の天罰!」
少年の声が結んだ言葉に、爆音を持って、空は応えた。
結界の外から、雨が結界にぶつかっていく。
決して普通の雨ではない。今魔物に傷を与え続けているものと同じ、魔力を多分に含んだ雨が。
「結界が……」
それが、魔物の張った結界すら壊そうとしている。
本来の人の魔力では到底使う事が敵わないような魔法。
『いいのか』
「今、後のことなんて考えてられねえだろ」
それを使った少年は、自らも雨に打たれながら、静かに敵を睨み続ける。
彼は、ただの天才ではない。
その証拠は、そこにある、
「貴様、まさか、ドラクーンの……っ」
悲鳴のような、怒りのような、そんな叫びが男から放たれると同時、陶器が割れるような音が響く。
結界が、解けた。
高濃度の魔力の雨が、男に向かって降り注ぐ。
血が、溢れ出す。
「……半魔」
少女は、答えを無意識に口にしていた。
魔物に傷をつけられた左頬。
今度は、違和感などではなく、人の目にもはっきりと分かる形で。
七色に光る、透明な鱗が浮かんでいた。
やっと……やっと主人公の情報開示……!




