第十一話 旅は道連れとはいえど
今回くらいから若干R-15を付けた理由である流血描写入ります。
少年漫画程度に収めるつもりですが、苦手な方はご注意を。
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『――こんなところで人間に出会うとは』
狩人の戦いは、どこであっても発生する。
人知れず発生する戦いも、また。
古来より、「魔」というものが良い意味で使われることはあまりない。細かい由来はおいておいても、意味するものは殺す者、悪鬼、人を悩ませるもの、煩悩と、大抵の国で、倫理で、あるいは宗教で悪とされるものを指す。
それは、「魔物」という呼び方にも現れている。
約三百年前、突如ルナステラ王国と隣国――ソリス王国の国境上にあまりにも巨大な穴が空間に開いた。後にダークホールと呼ばれるそこから出てきたそいつはルナステラ側にあった城を乗っ取り、その過程で当然のように多くの人間が殺されたという。人は彼を恐れ、魔なるもの、「魔物」と呼んだ。
小競り合いが続いていた隣国と手を結び魔物に挑むも、魔物は同じような化け物を呼び寄せ、自分に近づけすらさせなかったと言われている。
人はいつしか、数多の化け物たちに対して魔物という呼称を使い、そして最初の魔物には、城に居座り君臨する姿から、魔王という名を付けたのだ。
――今となっては真偽も分からない、おとぎ話のようなものだ。
魔王の城と呼ばれるようになったその場所はいつしか人は近づかなくなり、二百年ほど前にはもはや辿り着くことすらほぼ不可能な場所となったのだから。
「あのあたりに人が入れなくなってから、それでも魔王の城に辿り着いたのって、確か――」
「五十年前のジーニス姉弟と、五年前の“英雄”アレクサンダー一行だけ」
食堂でようやくありつけた肉を頬張るネロの言葉を引き取って、フォティアは静かに頷く。
魔王討伐。
幼い頃は誰もが見る夢の一つで、同時にただの夢物語として扱われる、そういう類の夢。
それでも、近づいたものは確かにいるのだ。
「けれど姉弟は魔王の姿を見ることは敵わず、英雄は――」
『それ以降行方不明になっていると言われているな。あれほど有名な狩人たちの名前を一切聞かなくなったことからそう言われているようだが』
フォティアは何も言わず果実水を飲む。
近づくだけの力を持った者たちがいても、未だ魔王の事をろくに分かってすらいない。
故の、実現不可能な絵空事扱いだ。事実未だ成し遂げたものがいないのだから仕方がない。
「あの、あらゆる場所で人を救った英雄すら失敗したというならば、難しいんだろうね。もしかしたら、人類には不可能なことなのかもしれない」
固いパンを引きちぎって、彼女は不敵に笑う。
「けれど、私はやってみたいんだ。私にできるかどうかなんて、私自身がやらないと分からないでしょ」
『至言だな』
そんな彼女に、カニスも口角をあげて答えた。
彼は半分魔物で見た目は大型犬のわりに、妙に人間らしい仕草をする。
そんな感想を抱いたフォティアの前で、ネロは夢か、と漏らした。
「ネロ?」
「ああ、いや」
少年は呼びかけられて止まっていた手を動かし始める。
「夢とか考えたことなかったな、って」
フォークに刺した橙色の野菜を口に放り込み、咀嚼し飲み込む。そのわずかな時間に自分の呟きの意味を考えれば、それは概ねそういう意味で口に出たものだった。
「狩人になること自体が夢だった、とか?」
「……いや、狩人としてやりたいこと自体はあるけど、夢って言えるようなもんじゃねえから」
フォティアの何気ない相槌にも一瞬詰まりながら、それでも答えはそうなる。
「というか、狩人になったのも大した理由はないぜ。狩人になるのがちょうどよかったっていうだけだ」
あまり感情を込めずに吐いた言葉に、嘘はない。
(逃げなさい、ネロ)
深く静かな男の声が頭のどこかで聞こえた。
(あなただけなら、逃げられる)
頭を撫でながら囁く、優しい女の声も。
「……探している魔物がいる、ってだけだからな」
フードの奥、空のような目が陰っていることは、少年自身、気が付いていなかった。
その様子に、少女は目を伏せる。
(探したい魔物――)
そんなものがいる時点で大した理由なのではないか。
そう思ったが、口には出さなかった。
「探しているって言っても当てもないし、探せたらいいなってだけでいつを探し出してどうしたいのか、自分でもわかんねえから」
だから夢とは言えない。
続かなかった結論がそれでもわかって、フォティアはただ、そうなんだ、とだけ返した。
黙ってしまった二人を交互に見上げ、カニスはため息をつく。
ネロは自分の胸の内を表に出すのが下手だ。幼い頃からよく知る相手で、そうなってしまった理由も分かっているが、いずれ変える必要があるだろうと、この少年と一番親しい少年とよく話していた。
『――ネロの兄同然の男も狩人を目指していて、実際そいつが狩人になったっていうのもあるな』
その青年の顔を思い描くと同時に出た言葉は、どうにも重くなった空気を変える効果があったらしい。
微笑ましい響きのある言葉に少女がへえ、と興味を覗かせる。
「兄同然っていうのは、幼馴染とか?」
「あー。そうだな。六歳くらいからあいつの家に世話になっていたって感じ。あいつどうしてっかなあ」
ネロも、彼についてなら含みなく答えられる。
「赤い髪の大剣遣いで、俺の三つ上だから十九歳? デカくて目立つけどいいやつだから、フォティアももし会う事があったら話してみるといいぜ」
「そっか。何て言うか、仲いいんだね」
「まあ。恩人でもあるからな。駄目なところも多いけど――」
『フォティア』
他人の話で場が温まり始めた状態で、カニスは少女を呼んだ。
『君は魔王を倒すなら北に向かうのだろう』
「え、う、うん。そうだけど――」
唐突な話題変更に戸惑う少女はカニスの方へ体を向ける。
彼は今度はネロ、と相棒へと呼びかけた。
「なんだよ」
『こちらはどうせ行く先も決まっていない旅だ。しばらく彼女に同行させてもらうのはどうだ』
「「え?」」
二人の声がぴったりと揃った。
『先程の戦いで二人の息はぴったりだった。経験の浅いこちらからすると、ある程度戦い慣れている人間がいると助かる。君も水魔法が不得意なら、ネロの存在はそれなりに有用だろう』
そんな二人をおいて、彼は双方のメリットを提示する。
『単独行動可能な狩人でも結局は組んで行動している人間が多い。今回の件に参加していた狩人もそうだった。組める相手がいるならそれに越したことはない』
「それは――」
その通りだ、と、二人ともが分かっていた。
ネロは、あの泥の魔物に対処できたのはフォティアの提案あってのことだと考えているし、フォティアも自分ではネロのように魔物から水分を抜くことはできないと認識している。今回は大勢いた以上他の誰かがどうにかしていた可能性もあるが、一人の時にそういう場面に出くわしてしまえばどうにもならない。特に先輩狩人のフォティアの方がそれは強く実感していた。
組むメリットは、大きい。
他者から見て相性が良かったなら、なおさら。
だが、簡単には頷けない事情があった。
双方ともに。
『何より――ネロは本当に行き当たりばったりだからな。私としては、どんなものでも明確な指針があると助かる』
最後の言葉は、明確に少女に向けられたものだった。
二人の空気に苦笑のようなものを声に乗せた器用な黒犬からの、お願いのような誘いは、少女の瞳を揺らした。
ぎゅ、っと膝の上で拳が握られる。
「ダメだよ」
紡がれたのは、否定だった。
「だって、私の目的は魔王だよ?」
その理由は、嬉しそうに語った夢そのもの。
「そこに挑むってだけで、普通の狩人よりも危険な目に遭う。北に近づけば近づくほど。私の故郷の南東部、学園のあった中央部、ここ西部。どこだって命の危険はあるし、毎年多くの人が死んでいるっていうけど、北はその比じゃない。学園卒業から二年かけて一度北の方まで行けたけど、死にかけて西部に来たわけだし……」
またさらりと何かをとんでもないことを言う少女を眺めながら、少年は自分のフードの前を強く引いた。
「……俺は、危険とかは別にいいし、フォティアのことはすごいと思うけどさ」
「って、え!?」
前半の雑さか、後半に急に褒められたことにか、素っ頓狂な声を上げる少女に、すごいよ、と少年は続ける。
「はっきり夢を語れるのはすごいし、戦い方も嫌いじゃねえ」
アワアワし始めているフォティアには気づかず、少年は自分の言葉に頷く。
(けれどそれが、私の夢なんだ)
ほんの少し前の、あの晴れやかな言葉に、その語り口調に間違いなく引き込まれた。
その夢も、応援したいと思う。
単純に頼りになるのもあるし、当てのない旅に指針ができる方がいいというネロの言葉も分かる。
その上で。
「でも、駄目だろ」
彼の答えも、やはり拒否だった。
「だって、俺は――」
彼の指が、フードと髪で見えない左頬をなぞる。それきり言葉は紡がれないが、カニスには充分伝わったらしくため息をついていた。
「ネロにも事情があるみたいだし、やっぱりこの街を出たら別れようか」
再び訪れてしまった沈黙に、少女はパン、と手を叩いて総括する。
「ああ」
『……もったいないと思うんだがな』
少年は頷き、黒犬は、ぼやきつつもそれ以上拘泥はしなかった。
これ旨いぞ、と少年がスープを指し、どこか重さを残したまま食事が再開した。
回収が済んだという鳥の分と街での戦闘分の報酬を受け取り、彼らは街を出た。
「そちらはどこ行くかも決まっていないんだっけ」
「ああ。そもそも合格してから一月くらいだし。とりあえず故郷の近くから回ろうかって感じで。フォティアは?」
街から出て、森の中で彼らは言葉を交わす。
少女はええっと、と指を伸ばした。
「私はあっちにある村に行くつもりで――」
『――――!』
つられてそちらを見たカニスが、全身の毛を逆立てる。
「カニス?」
『今、何か分からないが、とてつもなく嫌な感覚がした』
それを聞いて、二人は顔を見合わせた。
「……行ってみよう」
ネロの言葉に、フォティアも頷く。
危険に自ら首を突っ込むことになるかもしれないが、彼らはそもそも道中の魔物を狩る仕事。もしカニスの嫌な感覚が魔物由来なら、放っては置けない。
草木をかき分け、カニスの感覚を頼りにその原因を探す。
「おや?」
そうして、見つけてしまった。
眼鏡をかけ、帽子をかぶった一人の男と。
その足元に大量の血を流して倒れている三人の青年の姿を。
「え」
そのうちの二人はうつぶせだったが一人は仰向けで――その顔に、見覚えがあった。
(そいつも、“狩人”なんだな。ありがとう)
その言葉がリフレインする。
「あ、いつ」
見えた顔は、そう、あの木の下で言葉を交わしたうちの一人だった。
「ヒトが増えてしまいましたか。面倒ですね」
顔が強張る子供二人に、男は平然とそんなことを言う。
「……お前、そいつら……」
「さて、まとめて片づけて差し上げましょう」
絞り出すようなネロの声を意に介した様子もなく。
男は軽く眼鏡を持ち上げ、ただ静かにそう告げた。




