第九話 慣れてはいないこと
「ダークホールが閉じたことを確認。避難指示も解除。――討伐完了だ!」
連絡魔法で基地前の広場に集められた戦闘員たちは、改めてアダマスのその言葉を聞いた。高らかな宣言に歓声が沸く。
「狩人の功績は上へ報告する。また、報酬はほとんど山分けになるが、審議後に出すことになる。時間がない者は他討伐隊に連携しておくので受付に名乗り出てくれ。連絡事項は以上。――無事、民間人に被害を出さず、討伐を終えられた。皆に感謝を」
それらの言葉を聞き届けて、狩人たちは各々に動き出した。討伐隊の方は改めて集まり、指示を受けている。街の被害状況の確認や、民間人たちへの避難解除の通達、そして今回発生した戦闘への報酬の査定など、戦闘が終わっても彼らにはやることが多い。
とはいえそれはネロには関係ないことだ。手伝えるものでもないから、彼はただ緩んだ空気の中でほうと息を吐いた。体の力が抜けるのを感じる。
「とりあえず、お疲れ」
同じように、戦闘終了に緊張が解けた顔でフォティアがひょいと手を上げた。
「ああ。大活躍だったな。流石」
「ネロこそ。ネロの水魔法あっての早期討伐完了だよ」
素直な賛辞を向ければ、同じように返されてくすぐったくなる。そっと目を逸らして、フォティアのアイデアがあってこそだと言っておいた。
『そうだな。今回はよくやっていた』
「何目線なんだよ、お前は」
少女が更に何か言う前に、ふん、とカニスが鼻を鳴らした。そのままフォティアの方へ歩み寄り、その顔を見上げる。
『ところで、先程アリシアと呼ばれていたが』
「う」
『それは確か、貴族の名前ではなかったか? それも、かなり有名な』
カニスの指摘に少女はそろーっと目を逸らす。そのまま唇をむずむず動かしているうちに、一人、そこに割って入る影があった。
「アリシア・フォアティネーラ様ですよ!?」
最も、それは彼女にとって助けにはならなかったが。
目をキラキラさせながらフォティアを別の名前で呼んだ少女は、よく見ればあの泥の魔物に襲われていた狩人であった。その後ろには、一緒にいた仲間もいる。
「先程は助けていただき、ありがとうございました!」
「え、いや」
「私たちからも。ありがとうございます」
「ありがとうございました」
バッと頭を下げられ、炎の少女はその勢いにたじろいだ。続くように共にいた少女達も礼を告げる。
「――ううん。あなたたちが無事で、良かった」
その言葉は、ごく自然に出てきた。
あの時、実は間に合うかどうかは微妙なラインであった。間一髪手が届き、あの泥の下から抜け出した際には内心でガッツポーズを決めていた程だ。彼女には、かつて間に合わなかった思い出がある。だから、こうしてまた顔を合わせられるという経験をするたび、深い喜びを覚えていた。
フォティアの言葉に少女達もまた嬉しそうになり、その後ふと一人が申し訳なさそうな顔になった。
「それと、ロロが騒いでしまってすみません」
「あ」
その言葉で、周囲のざわめきに気が付いた。
「アリシアってあの!」
「一等貴なのに狩人で話題になっていた“炎姫”」
「ああ、一人で町一つ救ったって」
ロロ、という少女が大声で名前を呼んだせいだろう。周囲の人間の眼がフォティアに集まっていた。先程までの戦いで派手に立ち回ったのもあってか、好奇の目は徐々に増えていく。
「あ、あの! 私ファンなんです!」
その中の一人が駆け寄ってきたのを機に、私も、俺も、と人が集まっていく。
「あ、ああ~」
「ご、ごめんなさい!」
「だ、大丈夫です。……ネ、ネロ」
ついには身動きが取れなくなる程度に、人に囲まれてしまい、泣きそうになりながら謝るロロを宥めながら近くにいた少年に手を伸ばす。
だが。
「ごゆっくりー」
彼はひらりと手を振って離れて行ってしまった。
「ちょ、ネロ!?」
『いいのか』
「あそこに巻き込まれたくねえし」
こういうところは実に薄情な男である。
向けられているのが悪意がある感情なら助けたかもしれないが、好意と好奇心のようなので、問題ないだろう。困ってはいても嫌な感情は伝わってこないというのがネロの見立てで、ならわざわざ突撃して余計な反感を食らいたくないというのが人としての正直な感想だった。
念のためいざとなったら助けられる程度の位置まで離れると、少年は近くにあった木の根元に腰を下ろす。
「腹減ったな……」
『結局食べ損ねているからな』
ふう、と疲労感に身を委ね、腹を手で抑える。するりと横に座ったカニスの背を撫でてやりながら、少年は自分の瞳と同じ色の空を見上げた。勝利にふさわしい、澄んだ色をしている。
そうやってぼんやりしている少年に、ふと影がかかった。
「ドラクーン君」
「アダマス隊長」
キリっとした剣士はその雰囲気を崩さないまま口角をあげている。
「君の、あの水を抜く魔法のおかげで助かった。改めて感謝する。……ありがとう」
片膝をついた女性にすっと頭を下げられ、ネロは瞬きをする。このことで褒められたのは数回目だ。
「いや、別に。思いついたのはフォティア……、あー、アリシア? だし、誰かしらは使えただろ」
「実際にそれを行ったのは君で、何よりあの規模で生体から水を抜くなどができる者は討伐隊にもそうはいない。私も水魔法は不得意でな。君や彼女の功績はしっかり報告しておく。もちろん、君らも含めて活躍したものには報酬も多く出す予定だ。彼女にもそう言っておいてくれ」
ネロを誉めるような言葉から、事務連絡のようなものへと移った彼女はちらりとフォティアの方を見る。少女は未だ囲まれていた。頼まれた言伝に頷くと、彼女はさらにどこかに目配せをする。
「……?」
「あー」
その合図で出てきたのは、幾人かの男たちだった。どこか見覚えがある――と考えて、カニスは気が付いた。一人は泥の魔物からカニス自身が助けた青年だ。他も、おそらくあの泥に呑まれた男やその周りにいた者だろう。
「アンタ、と」
荒っぽい外見の、最後まで泥に呑まれながら抗っていた男が進み出る。まずネロを、それから複雑そうな顔でカニスを見下ろすと、彼は目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「そいつに助けられた。アンタは命の恩人だ。……ありがとう」
そのまま彼と、それに倣うように後ろの者達が頭を下げるのを、なんとなく意外に思いながら「いや別に」と返す。困った時はお互い様、というのが狩人の基本だ。ましてや命の危険がある状況なら。それを助けて、その礼を言われている、それだけの状況、と考えて。
だが、彼は含むことのないネロの返答に一瞬目を逸らしてから、もう一度頭を下げた。
「色々言って、悪かった。……その上で、助けてくれて、感謝する」
そういわれて、思い至る。
彼らもまた、あの討伐基地で影口を叩いてきた者の一人なのだろう。
「所詮魔物だとか思っていたけど」
彼の後方、カニスが助けた青年が口を開く。
「俺はそいつに助けられた。――そいつも、“狩人”なんだな」
ありがとう。
そんな言葉に、ネロは何かが込み上げてくるような気がした。
口々に礼を言っていった彼らを見送って、最後に彼らを案内したのだろうアダマスが去ってから、ネロは大きく息を吐く。そのまま幹にもたれかかった。
「ああ……」
『ネロ?』
「んー……」
唸りながら自分の頬をこねくり回していた少年は、やがて、漏れ出たようにカニスの名を呼ぶ。
『何だ』
「俺、お前が魔物だって分かってああして、何て言うんだろうな、俺やお前を対等に扱ってくれるのは、嬉しい、かもしれねえ」
『なんだそれは』
自分でも感情を言語化出来ないのだろう。
ただ、緩む頬を抑える少年を、カニスは呆れたように、だがどこか温かい目で見上げていた。




