迷い犬
二話 迷い犬
まるで役所の様な建物の中で子犬が一匹動いている。動いているというより迷って右往左往している様子だった。そこにアナウンスが流れた。
「本日も遺失物総合案内所のご利用誠にありがとうございます。まだ所有者を見つけになられていないお客様、失くしものを見つけになられていないお客様は二階の発見窓口までお越しください。また…」天井のスピーカーからアナウンスが流れるものの、人語を理解できない犬はまったく意味が分からず、突然の音声に困惑している様だった。犬は訳がわからないまま施設内を歩き回り、最後に階段を登って二階にたどり着いた。
「いらっしゃいませ。これはまた随分と可愛らしいお客様ですね。私は遺失物総合案内所の職員、大橋と申します。」
「ワン!ワン!ワオーン!」
当然、人にも犬の言うことはわからない。
「これは困りましたね。うちには犬の言葉を理解できる職員がいないのですが。」
「キャンキャン!クゥーン」
職員の大橋は近くを通りかかった同僚の佐田を呼び止めた。
「佐田さん、佐田さんは元は動物関係の仕事をしていたんですよね。このお客様の言葉、分かりませんか」
佐田と呼ばれた女性職員が困った顔をする。
「え!わんちゃんだ!珍しいお客様ですね!うーん、流石に犬の言葉は理解できませんよ。動きとかでなんとなくの感情は理解できるんですが……あ……でもこの犬、首輪をしてますので何かヒントがあるかもしれません。私は仕事に戻るので、では失礼します。」
佐田は去っていった。
「お客様、失礼ですが首輪を見させていただきますね。」
「キャンキャン!ウゥ?」
彼は屈んで犬の首輪に手を伸ばした。
犬の首輪には金属製のタグがついていてそこに名前が彫られていた。
「なるほど、お客様のお名前はタローというのですね。飼い主様の名前は……ヨシダユウ様?」
その名前を聞いた瞬間犬は興奮した様子で吠えた。
「ワン!ワンワンワン!クゥーン!ヘッヘッヘ」
どうやら帰る先がわかったようだ。
「では発見届けを発行しましょう。」
大橋は遺失物の欄にタローそして帰還先の欄にヨシダユウと記す。
「お客様、大変申し訳ありませんがこの欄にサインをいただけませんか。」
彼がタローの目の前に発見届けと朱肉を置くとタローは何をするべきか理解したようで器用にに前足でペタッとサインを押した。完成した発見届には可愛らしい肉球の形をしたサインが押されていた。
「さあ、お帰り窓口まで一緒にいきましょうか。」
「ワン!」
その後、窓口で書類を提出して犬は尻尾を振って帰っていった。
「ワンワン!」
「この度の遺失物総合案内所のご利用誠にありがとうございました。またのお越しはなさらないことを願っております。」
「ワン!」
やはりこのお客様の言葉は理解できなかったが、今はありがとうと言っていることがなんとなく大橋に伝わってきた。
* *
「た、タロー!!!今までどこいってたの!?探したんだよ!」
犬の飼い主と見られる人が帰ってきた愛犬に抱きつく。
「もうどこにもいっちゃだめだよ。今日はいっぱい、タローの好きなボール遊びしようね。」
「ワン!」
犬も嬉しそうに尻尾を振って飼い主に擦り寄る。飼い主の腕に抱きしめられた犬はとても幸せそうだった。