第九話:『混乱のデバフ』
その時森が揺らいだ
魔物達は正気を失い狂気に囚われる。
「まさかこんな事しやがるとは…
メリナ…は動けないだろうし
抱えて逃げるにしてもコレはヤバいな」
目の前にはアークマンドラゴラを加えて泡を吐くワイバーン
隣には気絶しているメリナが倒れていた。
アル自身は問題はなかったが、旅狼とは比較にならない震えが
効果の重さを物語っていた。
「混乱状態じゃあの時みたいに振動じゃビビらないか…
メリナも目覚めるのは遅れそうだし、コレはヤバいぞ」
混乱状態では基本的に敵味方の判断が失われる、魔物達に袋たたきに合う訳では無いが
森に居る以上確実に狙われる可能性がある。
「とりあえずワイバーンを仕留めてどうするか考えるしかない」
気絶していたワイバーンの首を切り落としつつメリナを担ぐ
幸い混乱状態ではメリナの工作が無くとも見つからない限りは襲われない。
「結局石化させる暇無かったぞ、全く…」
引き抜かれたマンドラゴラをしまいながらボヤく。
「うっし行くか!」
気合いを込め直して歩き出した
■
狂騒に包まれる森、正気を奪われた魔物達が激しくぶつかり合う
血に塗れても尚暴れ散らかす。
一匹一匹が森中の生命を殺し尽くそうとしているのだ。
「うおおおおおおおおっ、ヤバすぎるって本当に!」
全力で走り回るアルに対して無茶苦茶な数の魔物が攻撃しては
その魔物もまた別の魔物に襲われる
「これで安全なら素材取り放題だけど!まぁ無理だな!!」
周りには幾つもの魔物の死体が散乱してはいたものの
死体にすら襲い掛かる魔物もいるため拾っていたらまずミイラ取りがなんとやらである。
しかし足を全く止めなくとも人であるアルと魔物の速さは大きく差がある。
「っぶねえ!」
後ろを見ていないため正体は分からないが、素早い魔物が襲い掛かって来ていた
間一髪躱せてはいるが何も抱えていない魔物とメリナを抱えるアルだと
その差は歴然である。
「逃げ切りは無理か…メリナすまん後で治すから!」
『諸岩』を構えて軽くメリナにぶつける、間もなくメリナは石像へと変わっていく
そしてその刀身で自信を傷つけた。
「っつぅ…でもこれでどうだ!」
先ほどは腕だけで済んでいた石化が全身に引きおこる
その姿は完全に岩山そのものだ。
「名付けて『石体装者』だな!」
ずしん、と構えて追いかけていた魔物を叩き潰して見せた。
「この姿でも全く重み無いのが凄いな…普通に動くし」
魔物の猛攻を反撃も無く受け止める身体は上質な鎧にも負けないが
決して動きを阻害せず軟体生物の如く動いていた。
「かかってこい!メリナはもってかせねぇぞ!」
先程まで追いついていなかった大柄の魔物が飛び出すが少しも押されず受け止める
「『血濡熊』ァ…お前も巻き込まれてたか、運が無いヤツ」
超狂暴であるが故に白い毛並みが常に赤く染まる姿から『血濡熊』と呼ばれる魔物
これもまた依頼の対象だったが、この状況では邪魔でしかない。
「寝とけ!」
右腕全力のフルスイングが叩き込まれて自らの血に染まる血濡熊
お返しに血に染まった爪で引き裂こうとするも、山と争うかの如く
アルの岩肌は微動だにしなかった。
「ガアアッ!!」
「うるせぇ!黙ってろ!!」
吠える血濡熊の喉に『諸刃』が突き刺さり声が出なくなっているところを
すかさず『砕き刃』で切りもう一度右腕を叩きつける。
あっけなく血濡熊の首が砕けて頭が放り出された。
「脆くしても太いと硬いな…」
愚痴を呟くアルを尻目に森の魔物は更に近づいていた。
「遊んでやるよ、砕いてみやがれ!」
アルは力いっぱい叫びながら構え直したのだった…。
■
「…ん、ここは…?」
「起きたかメリナ」
目の前には体の半分が石と化したアルが立っていた。
「アル!?その体は!」
「全部戻るまであとニ,三分は欲しい、すまん」
「いや、良いけどその、さっきマンドラゴラが…」
申し訳なさそうに呟くメリナだったが
アルは笑顔で言った。
「さっき拾ったからセーフセーフ、それよりも…」
寧ろこちらが申し訳ないといった顔をするアルに
メリナは疑問を覚える。
「あのな、足見てみてくれ」
「………………?」
視線を下げてみると、メリナの足は石になっていた。
「アル!?」
「こうするしかなかったんだよ~
そっちも治るしさ?な?」
さっきまでの空気は完全に流れて、いつもの調子に戻り
呆れた顔でメリナは成果を確認していた。
「ワイバーンの一部、アークマンドラゴラ、後は…」
「『血濡熊』の毛皮とか、後色々」
「後色々?」
「無心でぶん殴ってたからわからん」
頭を搔きながらそう答えるアルに、申し訳なさそうな顔になるメリナだったが。
「いやまぁ、あの状況は仕方ない、本にもあんな行動書いてなかったし
というか二人生き残ってるならそう気に病まなくていいだろ、な?」
「………ありがとう」
互いに反省を言いながらも、二人の初依頼は何とか終着を迎えたのだった……。
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