臆病な男は甘えたい
「はじめまして。あやです。」
「よろしくー。」
「何飲みますか?」
「えーとー。…ビール飲むー。」
「はーぃ。」
あやは慣れた手付きでグラスをサーバーに近づけてビールを注いでいく。
「はいどうぞ?」
「ありがとう」
キリッと冷えたビールを半分ほどゴクッゴクッと飲む。
「良く来るんですか?」
「たまに来るかな。夏に来る。」
「え〜?夏だけ?」
「たまに年末にも来るかも?」
「そうなのー?普段どこで飲んでるの?」
「家で1人で飲んでるよー。」
あやは肩までの茶髪をサラサラと揺らして明るく笑う。まだ学生だろうか?いかにも若く希望に満たされた無責任とも言える前向きさ。
辛い事は勿論あるだろうが、立ち向かっていけるパワーにあふれている。
あるいは作られた接客態度なのかもしれないが、全身の雰囲気や声、話し方からは自然な印象を受ける。
「そうなんだー。寂しい人?」
「……寂しいときはあやに会いに来るから大丈夫!」
「ほんとにー!?いつでも会いに来てねー!」
「寂しいときだけ来るから大丈夫だよ。」
「えー何それ?寂しくなくても話に来てよー?」
それから2時間ほど適度に飲んで適当な距離感で話してふらっと帰る。
鍵を開けて中に入っても出迎える人も声も無く、黒い空間が在るだけ。
それを寂しいとは思わないが、さっきまでの刹那的な楽しさが僅かに蘇る。
部屋に入り布団で眠る妻に目を向けることも無く淡々と着替を探してシャワーを浴び汗とアルコールの匂いを洗い流してから、自分の布団へ潜り込む。
あや可愛かったなーと顔を思い出そうとするが鮮明には思い出せないまま唐突に意識が途切れていた。
眩しさで目が覚めるが、起き上がる気力が湧かずに手だけでスマホを探し時間を確認するとまだ6時半だった。
随分早く目が覚めたなと思いつつ、しばし寝床でゴロゴロしながらスマホをいじる。
気だるい気分で伸びをしてから、一度深く呼吸をして起き上がる。
シャワーを浴びるために服を脱ぎながらトイレに向かい、用を済まし脱いだ服を洗濯機に放り込み洗剤を入れてスタートさせる。
昨晩の女の子を思い浮かべながら、シャワーを浴びてさっぱりしつつやっと目が覚める。
冷凍しといたご飯をレンジにいれ、冷蔵庫を開いて、残っていた卵にシラスとチーズを混ぜて半熟のトロトロで皿に移し野菜ジュースと一緒にテーブルへ運ぶ。
解凍したご飯を茶碗に写して、冷蔵庫からマヨネーズをとりだし箸をつまんでテーブルにつく。
卵にマヨネーズをかけて一口に切り分けながら口へ運ぶ。
「うめぇ」
一気に残りを片付けて皿をシンクに置いて洗濯機を確認しつつ、歯を磨く。
今日着る服をチョイスして時間を確認し買ったまま溜まっていた本を手にとって少し読み進めると、洗濯終わりの音楽?が聞こえたため手早くベランダに干して着替える。
読みかけの本やスマホ等をボディバッグに突っ込んで家を出る。
早めに着いた待ち合わせ場所に座って持ってきた本を読む。
しばらく本に集中していると名前を呼ばれた気がして顔をあげる。
「おはよう。ごめんね。待たせちゃった?」
「おはよ。さっき来たばっかりだよ。」
嬉しそうに目を細め、ニンマリ笑うと手を出して立ち上がる補助をしてくれる。
「じゃ、行こっかっ!」
そう言うとあやは腕を組んで抱き付いてくる。
嬉しくなってにやけながらあやを見る。
「なに?どうしたの?」
「嬉しくて幸せなんだけど、この距離感までの時間が早いなぁって」
「遊びなれてそうって?」
「弄ばれてるのかの方が気になる。」
「ともさんだけトクベツダヨー。」
「片言なのに魔性のセリフだな。昨日の服も良かったけど、今日のも最高です。」
「え…。いきなり言われると照れるんですけど?」
腕をぎゅっと引き寄せて下から睨むように目を覗き込んでくる。恥ずかしそうに笑っているので可愛いだけだが。
午前中は映画を見てからお昼。
正直隣が気になって、内容が良く分からなかった。
映画館を出た後もあやは色々話していたが、結構適当に返事をしていたと思う。
まだ会うのは2回目なのに、この人に大好きと言われたいと言う想いが溢れてくる。
どうしたら好きになって貰えるのかな?なんて多分聞いても無駄だろう。自分の望む行動を伝えて、そう動いて貰ったとしても空しくなるだけだろう。
やたら近い距離感がモヤモヤを募らせる。まだこんな気持ちになるなんて自分で驚いた。
昼を食べて街をぶらついていると、いつの間にか夕方間近になっていた。
少しずつ空が夕焼けに染まりつつあるのを眺めながら、公園のベンチに座る。
「あや。今日楽しかった。」
「うんっ!楽しかったよー!」
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくり息を整える。
「今日遊んで、一緒にいてもっと一緒にいたいと思った。……怖いけど言うね。もっとあやの事知りたいし仲良くなりたいし好きになって欲しい。だから付き合ってくれない?」
本気で言うのはやはり怖い。そんなつもりじゃなかった。まだ早い。そういう風に見えない。そんな言葉ばかりが浮かんでくる。
あやはじっと様子を見つめて黙っている。
この沈黙が恐ろしくて泣きそうになるのを堪えて、あやが口を開くのをまつ。
「あーゆー仕事してるのに良いの?」
「どんな仕事してたって、可愛い子は口説かれるでしょ?むしろ本気で踏み込む人は少ないんじゃない?」
「……うん。ごめんね。ともさんのこと試すような事ばかりして。」
ああ…やっぱり…
「嬉しいです。彼女になっても良いですか?」
自分で悲しい顔になっているだろうなと分かる。
「あぁ…うん?」
「…えーと…OKだから…そんな顔しないでいーんだよ?」
まだ呆然としている俺の腕を軽くひいてほっぺにキスをしてきた。
「ぅっ!?」
恥ずかしそうに…でもしっかりと意思を込めた目で見つめるあや…
直ぐに受け入れて貰えた嬉しさと愛おしさが溢れて腕を伸ばして抱き寄せようとするとスッと身を寄せて来てくれて今度はこっちからキスをする。
最初はチュッと触れるだけ。次はぷにぷにとした唇をはむはむと啄む。
次は啄みながら柔らかな唇をチロチロと舐める。
あやの口が開いて熱くぬるっとした舌が出て来て口のなかに侵入してくる。身体をのし掛かるようにもたれかけてきて腕で頭を抱えるように抱き付いてきてさわさわと髪を撫でてくれる。
椅子に浅く座って脚の上を跨がせて少しでも隙間を減らすように抱き締める
自分を認めてくれて求めてくる彼女になったばかりの女の子に抱き締められて胸の奥からじゅわりとむず痒い様な痺れが広がっていく。
夢中でキスを続けてお互いに息苦しくなってぴちゅっと音をたてて顔を離す。目と唇に何度も視線を送り恥ずかしくなってきゅっと頭を抱き寄せる。
「あや…好きだよ。」
耳元で囁く様に言うとスッと顔を離してじっと見つめてくる。
「もう一回言って?」
「あや大好きです。もうこんな気持ちは無くなったと思ってた。まだ会ったばかりなのにこんなに気持ちを揺らしてくれてありがとう。今日来てくれてありがとう。出会えて本当に嬉しい。あや大好きっ。」
あやは恥ずかしそうに目を泳がせてからまたキスしてくる。
「…なんかズルい。いつの間にこんなに好きになったんだろ。あたしももうともさんが大好きになってるよ。」
「…これから家くる?」
「行くっ!行きたいっ!」
2人してにへらっと笑いおでこをくっ付けてからもう一度キスをする。さっきは気づかなかったけど、甘い香りがした。
人を好きになった時の切なくて不安で嬉しくて堪らない感覚が書きたかったです。
表現が下手くそなので、文字だけで全てを表現するのは無理だと思うけれど、読む人の経験を思い出させる様なものになれば良いなと思います。