リベンジの申し出
それから三十分ほど後。
夏の夕日が照らし出す遊歩道を、ふたりは仲良く歩いていた。
「もう! みんなして私をオモチャにして!」
「ごめんって」
ぷんぷん怒る小雪を追いかけながら、直哉は苦笑しながら頭を下げる。
ショッピングモールからの帰り道だ。
駅に向かう道のりを歩きつつ、直哉は撮ったばかりのプリクラを広げる。実に三枚分に渡るそこに映るのは、満面の笑顔の自分と真っ赤な顔の小雪だ。
それをしみじみ見つめながら、直哉は顎を撫でて唸る。
「メイドさんも可愛かったけど、チャイナドレスもよかったなあ……あっ、こっちの女性警察官も捨てがたい……手錠をかけられたの、堪らなかったな……」
「ほんっと物好きな人ね……」
げんなりしつつも、小雪はつんけん言う。
「ふんっ、でも光栄に思うことね。こんな美少女のコスプレなんて、あなたみたいな小市民じゃ一生かかっても拝めないレアものなんですから」
「うん。小雪はやっぱり何を着ても可愛いなあ。やっぱり素材が良いからだよな」
「そういうことをあっさり言うからこの人はぁ……!」
また耳まで真っ赤にして、ぷるぷる震える小雪だった。
そんな微笑ましい背中を見つめつつ、直哉はごほんと咳払いをする。
「その、コスプレしてもらったお礼っていうか、埋め合わせっていうかさ」
「なによ。誠意を見せてくれるっていうの?」
「うん。この前、俺が風邪引いたとき……看病してくれただろ?」
「へ……? う、うん」
小雪はすこし口ごもってから、おずおずとうなずく。
ふたりの間に、すこし緊迫した空気が流れた。
それに気付かぬふりをして、直哉は続ける。
「そのお礼に、料理を食べさせるって約束、したじゃん」
「……うん」
「だから、その……うん」
直哉は「えーっと」だの「あのー」だのと言葉を詰まらせ、道路脇の街路樹などへ視線を彷徨わせる。小雪の歩調もいつの間にかゆっくりになっていて、どこかぎこちない。
それでもしばしかかって――直哉はとうとうその台詞を口にした。
「今日これから……俺の家に、来ないかな?」
「……」
そこで、とうとう小雪の足がぴたりと止まった。
その背中に、直哉は慌てて付け加えるのだが……。
「あっ、ほら。もうすぐテスト期間だろ。しばらく遊べなくなるし、今のうちにお礼しようと思って。でも、小雪の都合が悪いならまた別の機会に――」
「……く」
小雪が小声を絞り出し、直哉はぴたっと口をつぐむ。
ほんのしばしの間、ふたりはじっと押し黙ったままでいた。
家へ帰る小学生の集団が、ふたりのすぐそばを楽しそうに駆け抜けていって……それを見送ってから、小雪はゆっくりとこちらを振り返る。
その顔は真っ赤に染まっていたが、決意の色もまたにじんでいた。
「行く。直哉くんのご飯、食べに行くわ」
「……そっか」
そのはっきりした返答に、直哉の顔も同じくらい真っ赤になった。
小雪は、直哉が先日台無しになったファーストキスを、リベンジしようとしていることを分かっている。
それでもその誘いに乗ってくれたのだ。
それが理解できるからこそ、直哉はもう何も考えられなくなる。心臓がうるさく鳴り響き、全身の血液が沸騰しそうなほどだった。
(ほんとに巽の言う通り、雰囲気で決めるべきなんだな……こういうのって)
先人の――巽のアドバイスを思い出しながら、直哉はしみじみ幸せを噛みしめたという。
それからふたりは先日白金家でカレーを作ったときのように、夕飯の買い出しをした。
お互い緊張しっぱなしで、会話もどこかぎこちなく、気付けば直哉の家のすぐそばに来ていたような体たらくだった。
「えっと、それじゃ……どうぞ」
「お、お邪魔します……」
玄関で直哉が促すと、小雪は右手と右足を同時に出しながら家の中に入ってきた。
かくしてフラグは立ったものの――それがあっけなく折れることになるなんて、さすがの直哉も予測不能な物だった。
続きは明日更新します。
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