先人のアドバイス
「でも夏休みか……たしかに、そういうチャンスかもしれないけどな」
ちゃぶ台に出されたポテトチップスをかじりつつ、巽は気のない様子で相槌を打つ。
なんだかんだ言って話を聞いてくれるので、いい友達だった。
しかし直哉の力になりたい気持ちが二割、あとの八割は早く話を切り上げて帰りたい一心である。
その真意には気付かないふりをして、直哉は口を開く。
「だろ? だから先人の知恵を借りたいんだよ。どんなことに気をつけるべきとかさ。今度こそ、チャンスを物にしたいんだよ」
仕方のない理由があったとはいえ、先日ファーストキスのチャンスをふいにしたことが、それなりに直哉の中で痛手としてカウントされていた。だから、次こそちゃんとチャンスを掴みたかったのだ。
そのためにはキスの作法を知る必要がある。
望ましいシチュエーションだったり、やってはいけないことだったり。
そして、そういうことを聞くにはやはり恋愛の先輩が一番だろう。
だから巽に聞いてみたのだが――返ってきたのはずいぶん素っ気ない回答だった。
「おまえにアドバイスできるようなことは何もねえよ」
「ええ……もったいぶらなくてもいいだろ」
「そういうことじゃなくってだなあ」
ポテチを二枚口に放り込み、ぼりぼり咀嚼しながら続けることには――。
「そういう場面での典型的な失敗って、相手の気持ちを無視して先走っちまうパターンだろ。おまえがそうなる可能性は万に一つもないじゃねえか」
「たしかに……」
直哉なら、小雪が本気で嫌がっているかどうか、見れば分かる。自分の気持ちにブレーキをかけられることは、先日のお見舞いイベントのときで証明済みだ。
キスしてほしいタイミングを読むこともお手の物だし……そうした意味では、失敗の可能性は小さいのかもしれない。
神妙な面持ちでうなずく直哉に、巽はへらへらと笑って言う。
「キスなんて、雰囲気とか流れでやりゃいいんだよ。で、そういうのを読むのは大の得意だろ、おまえ。何の心配もねえっての」
「そっか……ありがとうな、巽。俺、頑張ってみるよ」
「はいはい、ご勝手にどうぞ」
どうでもよさそうな相槌を打ちながら、巽はばりばりとポテトチップスをかじる。
柄にもないことを真面目に言ったせいか、急に恥ずかしくなったらしい。
その気恥ずかしさを誤魔化すようにして、揶揄するような笑みを向けてくる。
「とはいえ……おまえががっついて、大失敗するっていうパターンも見てみたくはあるんだよな。そうなったときはいの一番に連絡してこいよな。全力で腹抱えて笑ってやるからよ」
「大丈夫だって。二回目だからってがっついてビンタされた、巽みたいなことにはならないからさ」
「俺の話はするんじゃねえ!」
巽は怖い顔で直哉を恫喝し、桐彦を顎で示してみせる。
「かわりに桐兄の話をしようぜ。この人たしか高校時代の彼女は学園のアイドル的な人だったし、エピソードは満載だろ」
「ほうほう。ぜひともその話、詳しくお願いします」
「おう、朔夜ちゃんはいけるクチだな。それじゃあ桐兄が彼女に振られた話からいこうか。この人、ドラッグストアのコスメコーナーで、彼女とリップの色で喧嘩になったとかで――」
「やめてくれる!?」
桐彦の絶叫が和室に響く。
そんなふうにして盛り上がる一同をほのぼのと見ていると――。
「うん?」
直哉の携帯に着信があった。
画面を見れば、小雪から……ではなく、結衣からのメッセージだった。
内容はシンプルそのもの。いわく――。
『白金さんが大変なの。すぐに来て!』
そこに添付されている写真を見て、直哉は鞄を掴んで立ち上がった。
「すみません! 急用ができたので帰ります!」
「この取り返しのつかない空気を残して帰るの!? 嘘でしょ!?」
縋りつこうとする桐彦の手をさらりとかわし、直哉は店を飛び出していった。
続きは明日更新します。
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