それぞれのファーストキス事情
ふたりからは猛抗議が飛んでくるが、直哉は肩をすくめるだけだ。
「だから最初に謝ったんだろ。さすがに俺も悪いと思ってるって」
「悪いと思うくらいなら聞くんじゃねえ! こっちが黙秘しようが誤魔化そうが、おまえに対しては完全に筒抜けじゃねえか! プライバシーもクソもねえだろ!!」
「いや、普通は見ただけでそこまで分からないぞ。せいぜい、その回答が嘘か本当か見抜くくらいだな」
さすがの直哉も、相手の顔を見ただけでファーストキスのシチュエーションが分かるほど妖怪じみてはいない。
ただし、何事にも例外というものが存在する。
「ふたりとも長い付き合いだからこそ細かく読めるっていうか、なあなあで許してくれるのが分かってるから本気で読むっていうか。うん、そういうわけだから本当にごめん」
「やっぱりクソ野郎じゃねえか……」
「なおのことタチが悪すぎるわ……」
戦慄く巽と、げんなりする桐彦だった。
そんな中、少しだけぽかんとしていた朔夜が、真顔で顎を撫でてみせる。
「つまりお義兄様は、うちのお姉ちゃんとのファーストキスを狙っていると。つまりはそういうことなのね?」
「ここで誤魔化しても仕方ないから言うけど……その通りです」
直哉は姿勢を正して、正直に打ち明ける。
そこから簡単に、決意した経緯を説明した。
風邪を引いてお見舞いに来てくれた小雪と、そういう空気になったこと。しかし風邪をうつしては悪いので、断腸の思いで断ったこと。
(小雪が混乱して襲いかかってきたことは……うん。黙っておこう)
お見舞いに来てくれた次の日、小雪は必死の形相で『あのときはどうかしてた』だの『忘れなさい』だのと弁明を繰り返した。一晩経って冷静になったらしい。
そういうわけで、ふたりのファーストキスはうやむやになってしまっていた。
「だから仕切り直しを狙っててさ……経験者のふたりを参考にさせてもらおうかと思ったんだ」
「なるほど。先人に学ぶのは何事においても大切なこと」
朔夜はうんうんとうなずいてみせる。そうしてまっすぐ直哉を見据えて続けた。
「そういうことなら応援する。うちのお姉ちゃんをよろしくね」
「……大好きなお姉ちゃんに手を出してもいいのか?」
「普通の人なら全力で排除するけど、お義兄様なら大丈夫でしょ。お姉ちゃんを大切にしてくれるって信じてるからね」
「朔夜ちゃん……ありがとう」
心からの信頼の言葉がうれしかった。
ジーンとする直哉だが……朔夜はすっと桐彦に向き直り、真顔で問いかける。
「それで、先生のファーストキスはどんな相手でした?」
「……黙秘します」
さっと顔を背ける桐彦だった。しかし朔夜は諦めない。ゆるゆるとかぶりを振って、淡々と言う。
「別に責めているわけではありません。先生くらいの大人の人でしたら、そういう経験があっても不思議ではないからです。ただちょっと今後の参考にさせてもらえたら、と」
「何の参考!? それはそれで怖いんですけど!?」
高校時代の彼女とそれなりにキラキラした青春をこなし、ファーストキスは三度目のデートの帰り道……らしい桐彦が絶叫する。
ぎゃーぎゃー騒ぐふたりはひとまず放置して、直哉はしみじみと続けた。
「ほら、来週からのテスト期間が終わったらすぐに夏休みだろ。それがチャンスだと思うんだけどなあ……」
夏休みといえば、カップルにとってイベント盛りだくさんのゴールデン期間だ。
海遊やお祭り、動物園や水族館、小旅行……。キスするチャンスはきっといくらでも作れるはず。だがしかし、そのチャンスの作り方とやらが皆目見当つかずにいた。
「なあ、巽はどう思う?」
「今すぐ帰りたいとしか思わねえ……」
渋い顔で言う巽のファーストキスは――結衣の顔がチラついたので、あまり深く考えないようにしておいた。
というか、今から半年くらい前に、妙にふたりがよそよそしい日があったので『ああ、進展したのかー』なんてすでに察していたことは秘密にしておく。
続きは明日更新。
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