恋愛相談
風邪を引いてから数日後の放課後。
直哉は巽と一緒に、桐彦の家を訪れていた。
本日はバイトではなく、ただ単純に遊びに来ただけだ。
和室に上がるとすぐ、エプロン姿の朔夜が迎えてくれた。どうやら先に来ていたらしい。客の顔ぶれを見て、朔夜は小首をかしげてみせる。
「あれ、お姉ちゃんは? 一緒じゃないの?」
「小雪はクラスの女子たちとショッピングだってさ」
直哉は肩をすくめて笑う。
今日はクラスの女子――結衣や恵美佳たちと一緒に、ショッピングモールをぶらつくらしい。
一学期の期末試験が近いため、しばしの間の遊び納めというやつだ。
初めてクラスの子に誘われたらしく、小雪は緊張でガチガチになっていた。それでも、楽しみな思いがありありと伝わって、直哉は笑顔で送り出したのだ。
そんな話をしている真横で、巽がぽんっと手を打つ。
「あ、わかった。噂の妹ちゃんか。よろしくな、直哉の幼馴染みで河野巽っていうんだ」
「白金朔夜です。よろしくお願いします。うちのお姉ちゃんとお義兄様が、いつもお世話になっております」
「笹原くんはもう身内の扱いなのね……」
奥から顔を出してきた桐彦が、しみじみとしたツッコミを入れた。
そこで朔夜がわずかに眉をひそめて淡々と言う。
「来客の対応は私に任せてください。先生は原稿に集中していただかないと困ります」
「ええ……ちょっと休憩するくらいいいでしょ」
「そう言って、まだ今日のノルマを二割もクリアできていないじゃないですか。この調子では、来月の締め切りに間に合いませんよ」
「うぐっ……!」
完全に図星だったらしく、桐彦は目に見えてうろたえ始めた。
そんな様子を見ていた巽が、ひそひそと直哉に耳打ちする。
「なあ、噂じゃ押しかけ女房だって聞いてたんだけどよ。これじゃただの敏腕アシスタントじゃね?」
「性格的な部分もあるんだろうけどなあ」
「当然。恋愛感情はひとまず置いておいて、私は先生の原稿を早く読みたいので」
「有能で助かってはいるんだけどね……」
柱にもたれかかってため息をこぼす桐彦だ。
朔夜がこの家に来るようになって約半月ほどが経過していたが、直哉は家事担当で、朔夜が仕事回り担当という役割分担ができていた。
スケジュール管理などをきっちりこなした上で尻を叩いてくれるので、今月の仕事はかなり上々の進行具合らしい。
それが桐彦も自分でよく分かるらしく、朔夜に強く出られないようだった。
しかしハッと気付いたように声を上げる。
「そうよ、これも仕事の内なの! 笹原くんたちの惚気を聞いて、インスピレーションを燃え上がらせようっていう作戦よ。新鮮なラブコメを摂取すれば原稿も捗るに違いないわ!」
「なるほど。それなら私も聞きたいです。一時間の休憩を認めましょう」
「ありがと朔夜ちゃん!」
神妙な顔でうなずく朔夜と、飛び上がって喜ぶ桐彦だった。
直哉と巽はこっそり顔を見合わせる。『わりとお似合いだよなあ』という思いは一致したらしい。
こうして四人でいつものちゃぶ台を囲むこととなった。もちろん最初に切り出したのは桐彦だ。
「で、最近どうなのよ、ふたりとも。新鮮なラブコメネタをよこしなさい」
「河野先輩も彼女持ちなんですか?」
「ええ、幼馴染みの彼女がいるのよ」
「うわ……勝ち組だ……そんなの実在するんですね」
「UMAでも見るような目だな、おい。つっても、俺らも一年以上付き合ってるし、そんなに代わり映えもしないしなあ」
いまいち盛り上がらない恋愛トークは続く。
そんななか、直哉は片手を挙げてみせた。
「あっ、そういう話なら逆に俺から聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なあに、言ってごらんなさいな」
「それじゃ……先に謝っときます」
「はい?」
目を瞬かせる桐彦と、首をかしげる巽の顔を見比べて、直哉は簡潔に問いかけた。
「ふたりはファーストキス、どんな感じだった?」
「…………」
「…………」
部屋の空気ごと、ふたりがピシッと凍りついた。
そんなふたつの顔をじーっと見て……直哉は大きくうなずく。
「よし、だいたいどんな感じだったか分かった。答えてくれてありがとう、ふたりとも」
「おーまーえー……それは本当にダメなやつだろ!? 勝手に読むんじゃねーよ!!」
「断じて答えたつもりはないからね!?」
続きは明日更新します。
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