スマホ越しの先制攻撃?
しかしすぐに小雪は咳払いをしてみせる。
『とりあえず……わざわざ送ってもらう必要はないわ。駅から近いし、部活帰りの妹と帰るから』
『へえ、妹さんがいるんだ』
『そうよ。よくできたいい子なんだから。さっき学校を出たって連絡が来て……あっ』
スマホを取り出したところで、小雪がぴたりと手を止める。
そうしてスマホと直哉を交互にゆっくりと見比べた。
首をひねる直哉だが……小雪はにんまりと笑みを浮かべてみせる。まるでいたずらを思いついた子供の顔だ。
『そうだわ、笹原くん。連絡先を交換しましょう』
『えっ、いいのか?』
『もちろんよ。むしろ早く出して。早く』
小雪に急かされるまま、直哉はスマホを操作する。
ほどなくして連絡先一覧に『白金小雪』という文字が項目が現れた。アイコンは猫の写真だ。真っ白な猫で目つきがやけに鋭く、小雪にちょっとだけ似ていた。
好きな子と連絡先を交換する。
否が応でもテンションの上がるイベントだが、直哉は首をひねるしかない。
『俺は嬉しいけど……どういう風の吹き回しだ?』
『ふふん。簡単な話よ』
小雪はニヤリと笑ってスマホをかざす。
『文字だけのやり取りなら、あなたのその変なスキルも通じないでしょ。つまり、照れちゃっても全然バレなくて……あなたのペースにはハマらないってわけ!』
『おおー、なるほど。それは考えたな』
『当然でしょ。やられっぱなしの私じゃないんだから』
小雪は得意げに笑ってみせる。
たしかに直哉が人の嘘などを見抜くとき、視線や身振りなどの視覚情報や、呼吸のリズムやアクセントなどの聴覚情報を参考にする。スマホ越しのやり取りでは情報が限られるため、相手の真意を測るのは難しい。
ただ……。
(照れちゃうってのは認めたなあ……白金さん)
油断して、ぽろっと口から出たのだろう。
学校の成績はいつもトップクラスらしいが……なかなかどうしてポンコツである。
『それじゃあまたね、笹原くん。明日からたっぷり弄んであげるわ!』
『ああうん。よろしく。気をつけてな』
直哉がなまぬるーい目をしているのにも気付くことなく。
小雪はそのまま颯爽と肩で風を切り、駅へと向かったのだった。
回想終了。
駅の改札口から移動して、ふたりは学園へと向けて歩き出す。
まだ朝早くの時間帯のせいか、道を歩く人の数は少ない。
春先ののんびりした日差しが降り注ぐなか、小雪はごほんと咳払いしてみせる。
「ふん。先回りが失敗に終わったのは残念だけど……反撃はここからなんだから」
そのまま直哉の顔をのぞきこみ、小悪魔っぽく笑う。
かざしてみせるのは自分のスマホだ。
「手始めに……どうだったかしら、笹原くん。昨夜の私からの特別なメッセージ、ドキドキした?」
「……は?」
それに、直哉はきょとんとするしかない。
「何よ、その反応。昨日の夜、いろいろ送ってあげたでしょ」
「あ、ああ、うん。たしかに何回か来たけど」
立ち止まって、直哉もスマホを操作した。
すぐに小雪からのメッセージが画面いっぱいに表示され、それをもう一度まじまじと目を通してみる。
彼女の言う通り、昨夜はいくつかのメッセージが送信されていた。『明日は朝一緒に登校しましょ』という簡潔なお誘いと……。
「猫の写真と飯の写真で、なにをどうドキドキしろと……?」
「えっ、しないの!?」
さも意外とばかりに目を丸くする小雪だった。
いったいどんな性癖持ちだと思われているのだろう。
直哉は言葉を失うほかないのだが、小雪は真剣な顔でスマホをにらむ。
「おかしいわね……SNSでは猫とご飯の写真が一番無難で安定だって、妹が言ってたのに……」
「なんで妹さん、ネット炎上を恐れる漫画家みたいなアドバイスを……?」
どんな子なのか、非常に興味がわいた。
ともかくこれで謎がひとつ解決した。
目つきの悪い白猫の写真と、ふつうの一般家庭の夕飯写真がなんの前触れもなく無言で送られてきたので、さすがの直哉も意図が読めずに戸惑っていたのだ。
一応、彼女なりにコミュニケーションを取ろうとしてくれていたらしい。
(うーん……でもそういうことなら、たしかにドキドキするかも)
一生懸命な不器用さが、たまらなく愛おしかった。方向性はともかくとして、こんないじらしいところを見せられて好感度が上がらないはずはない。
しかしそんなことには小雪は気付く由もなかった。うんうん唸り続ける彼女にくすりと笑って、直哉はスマホの画面を指し示す。
「ところでこの猫、個性的で可愛いよな。白金さん家のペット?」
「うん? そうよ。まだ一歳で、すっごく甘えん坊なんだから」
「へえ。名前はなんていうんだ?」
「『すなぎも』よ」
「…………いい名前だな! なんていうか個性的で!」
「ふふん、そうでしょ。『すーちゃん』って家族みんな呼んでるわ。ほらほら、お昼寝してるところなんかも可愛いんだから。笹原くんには特別に見せてあげるわ」
「お、おう」
小雪は上機嫌でスマホを操作し、猫の写真をあれこれと見せてくる。
おかげで距離がやたらと近くなった。女の子特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、長い睫毛の一本一本に至るまでよく見える。
(やっぱ可愛いよなあ……)
猫の写真なんて頭に入るはずもなく、直哉は彼女の横顔にただただ見惚れてしまう。そんな折。
「あっれー、直哉じゃん」
「お?」
ふたりの背後から、女子の明るい声が響いた。