IQ低めの大作戦
それからなし崩し的に、四人で流れるプールを一周することになった。
学校外で会ったクラスメートに、小雪は相好を崩してみせる。
「ほんとに偶然ねえ。鈴原さんたちも来てたなんて」
「う、うん。デートの邪魔しちゃってごめんね?」
「そんなことないわ! 鈴原さんなら歓迎よ!」
これがただのクラスメートなら人見知りを発動してガチガチになっていたところだが、最近親しくなりつつある相手のためか、小雪は見るもわかりやすく上機嫌だ。一緒に浮き輪に入って、きゃっきゃとはしゃぐ。
ちなみに恵美佳の水着はシンプルながらに可愛げのある花柄だった。
メガネに三つ編みという地味目のオプションは変わらないが、意外とスタイルがいい。
そんな女子二人を、男子二人はやや距離を取ってゆっくりと追いかけた。
そっと竜太の顔を窺えば、尋常でないほど暗い顔をしていた。
不良だと噂されるほどの強面なので、かなり威圧感がある。しかしやがて耐えかねたように重いため息を吐き出して、申し訳なさそうな目を直哉に向けた。
「本当におまえたちのデートを邪魔するつもりはなくて……頼むから言い訳させてくれ」
「いや、分かるって。朔夜ちゃんに言われたんだろ」
直哉は肩をすくめて言う。
竜太が恵美佳のことを心配した結果、なし崩し的に白金会に入ることになったのは知っている。
それ以降も、恵美佳に付き合ってきちんと会合に顔を出していることも朔夜から聞いていたし――。
「朔夜ちゃんから、俺たちのデートの偵察を頼まれたんだろ。でもほんとはこれ、ただのデートだ」
「はっ、さすがは直哉だな……その通りだ。会長たちが気を利かせてくれたんだよ」
竜太は神妙な面持ちでうなずいてみせる。
彼が恵美佳に思いを寄せていることは、恵美佳をのぞく会員全員が知っていた。
どうせ朔夜が『いい機会だし、偵察を言い訳にしてふたりっきりで遊んできて。それでちょっとでも進展させて』とでも言ったのだろう。
そんな直哉の読みはドンピシャだったらしい。
竜太はしみじみとかぶりを振る。
「一字一句そのままだ。会長には足を向けて寝られねえよ……」
「はあ……ちなみに竜太から見て、鈴原さんは脈ありか?」
「まったく分からねえ……さっきから白金を遠くからこっそり見て『白金さん可愛い! 水着最高! 来て良かった!』しか言わねえんだもん、あいつ……」
「相変わらずのガチ勢だなあ」
プールの流れに身を任せ、そんな話を続けていると――。
「ちょっといい?」
「あ?」
そこで声がかかって顔を上げると、目の前には浮き輪でぷかぷか浮かぶ小雪だけがいた。
竜太はあたりを見回してきょろきょろする。
「あれ、恵美佳はどうしたんだ?」
「ちょっと水を飲んでくるんですって。ねえねえ、伏虎くん。聞いてもいい?」
「な、なんだよ」
「いつから鈴原さんと付き合ってたの!?」
浮き輪でついーっと泳いできて、小雪は目を輝かせて言うのだが――。
「たしかふたりは幼馴染みなのよね、私ったらそういう話に疎いから全然気付かなかったわ。もう、鈴原さんも言ってくれないなんて水臭……えっ、何この空気」
がっくり肩を落として沈み込む竜太を前にして、ぎょっとする。
そんな小雪に、直哉は苦笑して解説した。
「実はこのふたり……付き合ってないんだよ」
「えっ!? ふたりっきりでプールまで来ておいて、付き合ってないの!? どういうこと!?」
「ぐうっ……!?」
「俺たちもちょっと前まで似たようなもんだっただろ……」
あからさまにダメージを受ける竜太を気遣って、ツッコミを入れる直哉だった。
それから手短にふたりのことを説明する。もちろん白金会のことは伏せておいた。
すると小雪は難しい顔で顎を撫でるのだ。
「なるほど、鈴原さんが伏虎くんの気持ちに気付いてくれない……そういうことなのね?」
「ああ。これもデートだなんてカケラも思ってないみたいだし……もうどうしようもないっていうか」
「でも好きでも何でもない男の子とプールなんて来ないでしょ。きっと脈ありに違いないわ!」
「いや、どうだろなあ……」
小雪の励ましに、竜太は遠い目をしてぼやく。
推しを間近で見守るためなら、好きでも何でもない男とプールに行く……幼馴染みに対して、そんな確信を抱いている様子だった。
「どうなの、直哉くんから見て鈴原さんは脈あり? なし?」
「いやあ、ぶっちゃけ分かるけど」
直哉は頬を掻いて笑うしかない。
それくらい直哉なら見れば分かる。だがしかし、それを口にするわけにはいかなかった。
「こういうのって、第三者が勝手に言いふらしちゃダメなやつだろ。だから俺は口をつぐむよ」
「それもそうね……うーん、でもなんとか進展させてあげたいわ、鈴原さんにはお世話になってるし……」
浮き輪でぷかぷか浮かんだまま、小雪は腕を組んで思案する。
しかし不意にひらめいたとばかりに顔を輝かせるのだ。びしっと言い放つことには――。
「そうだ! 私たちがイチャイチャするところを見せつけて……鈴原さんをその気にさせるっていうのはどうかしら!?」
「……は?」
急に何か言い出した。
直哉はぽかんとするしかないのだが、小雪はしたり顔で続ける。
「私も直哉くんと付き合う前は、道行くラブラブカップルを見て、羨ましいなあ……とか素直に甘えられていいなあ……とか思ったものよ。鈴原さんが脈ありなら、私たちのイチャイチャを見て自分の気持ちに気付くはずよ!」
「白金、おまえ……」
ずいぶん乱暴な論拠に、竜太は呆れて……いなかった。
小雪の手をがしっと掴み、深々と頭を下げる。
「さすがは学年一位の秀才だ……! 是非とも頼む! 恵美佳の前でイチャついてみてくれ!」
「ふふーん、もちろんお安いご用よ!」
「恋ってIQを下げるんだなあ……」
たしか竜太も実家が動物病院で、それなりに成績優秀だったはずなのに。
続きは来週火曜5/19に更新します。
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