偶然の遭遇
流れるプールは、館内のプールゾーンをぐるっと囲むように円形になっていた。
その内側に普通の二十五メートルプールや、子供用の浅いプール、ウォータースライダーや屋台などが配置されている。流れるプールを一周すると、他の様々なコーナーに目が移る仕組みだ。
中でもやはり流れるプールは盛況で、それなりに人が多い。
しかし芋洗いといった様子でもなく、ほかの客達と適度な間隔を開けて楽しめそうだった。
小雪は目を輝かせて声を弾ませる。
「気持ちよさそう! 早く行きましょ!」
「その前に。はい、これ」
「はい?」
準備しておいた品を手渡すと、小雪はきょとんと目を丸くした。
「浮き輪……?」
「そうそう。あそこで貸し出してもらったんだ」
さすがは大きな施設なだけあって、レンタルコーナーの品揃えは万全だった。
直哉が借りてきたのは大きな浮き輪だ。二人くらいなら余裕で入ることができる。
「これがあれば、カナヅチの小雪でも安心だろ」
「ま、まあたしかに……ね」
ごにょごにょと言葉を濁す小雪だが、観念したように眉をへにゃりと下げる。
「球技も陸上も得意な方だけど、水泳だけはどうしてもダメなのよね……何ていうか、水の中って怖いじゃない」
「気持ちは分からなくもないけどさ。ちなみにどれくらい泳げない?」
「えっとね、水に顔をつけて……十秒くらいなら我慢できるわ!」
「泳ぐとか以前の問題かー」
とはいえ、これも想定内のことだった。
小雪の手を取ってプールに足を浸す。水温はぬるめで、これなら長時間遊べそうだった。
直哉はにっこりと笑う。
「それじゃバタ足の練習でもするか? ほら、俺が手を持っててやるからさ」
「なんだか嬉しそうねえ……」
そんな直哉に、小雪はジト目を向ける。
「私が泳げないのが、そんなに面白いっていうわけ?」
「そうじゃないって。小雪がちゃんと言ってくれるのが嬉しいんだよ」
ゆっくり水に入る彼女を支えながら、直哉は満面の笑みを返す。
食堂でプールに誘ったときは、人の目があったため小雪は虚勢を張ってしまった。しかし、ふたりきりになったらこの通り、ちゃんと素直に打ち明けてくれる。それが直哉には嬉しいのだ。
「それって俺のことを信頼してくれる証拠だろ? 俺は言ってもらわなくても分かるけど、しっかり言葉にしてもらえるのは嬉しいものなんだよ」
「そうなの……?」
「うん。でも、できたら他の人がいる前でも、それくらい素直になった方がいいと思うけどな」
「ぜ、善処するわ……」
小雪は神妙な面持ちでこくりとうなずく。
まだまだ『猛毒の白雪姫』完全脱却には遠そうだが、直哉はいい兆しだと思えた。
「でも、今日は直哉くんにだけ素直になる、から……」
小雪は浮き輪で口元を隠しながら、上目遣いに言う。
「泳ぎの練習もいいけど……い、一緒に浮き輪で遊びたいな、って」
「もちろん。よろこんで」
それに直哉は軽くうなずいて笑ってみせる。
当然、小雪がそんなふうに望むことは分かっていた。それでもちゃんと言葉にしてもらえる幸せを、直哉はしっかりと噛みしめる。
有り体に言えば完全に浮かれていた。
小雪のことしか見えなくなっていて――そこで、どんっと誰かにぶつかった。
「おっと、すみませ…………」
「いえいえ、おかまいな……く」
おもわず振り返って頭を下げて、謝罪の言葉が尻すぼみになる。
ぶつかった相手も笑顔が凍りついた。
気まずい沈黙が続いたのはほんの一瞬のことだった。小雪が目を丸くして叫んだからだ。
「鈴原さん!? そ、それに伏虎くんも!」
「ど、どうもー……」
「……よう」
小雪と同じクラスの委員長――水着姿の恵美佳は半笑いで応え、そんな恵美佳に思いを寄せる少年――伏虎竜太の方は気まずそうに視線を逸らしてみせた。
続きは5月14日(木)更新します。
竜太は四章以来の登場です。『こいつ誰だっけ?』ってなった方も多いかと思います。申し訳ない。
毎日更新は、おそらく来月半ばくらいから。それまでは週二でお送りいたします。
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