登校前からグイグイいく
次の日の朝。
学園の最寄駅の改札で待っていると、小雪が足早にやってきた。まだ待ち合わせには電車三本も早い時間だ。
そんな彼女に歩み寄り、直哉は片手を上げてみせる。
「おはよー、白金さん。今日は俺が一番乗りだな」
それに小雪は顔を赤らめて「お、おはよ……」と小声で返すのかと思いきや――。
「ちっ……!」
実際に飛んできたのは威嚇のような舌打ちだった。
今のは照れ隠しなどではない。純度百パーセントの本気だ。
それがわかるからこそ、直哉は肩をすくめるしかない。
「なんだよ、朝一緒に登校しようって言ったのは白金さんだろ」
「ええ、そうよ。その通りだわ」
小雪はムスッとしたまま、首を縦に振る。
「昨日は笹原くんにペースを乱されちゃったけど、今日からは私の反撃が始まるんだから。そのためにも、些細なことだろうとあなたにアドバンテージなんてあげたくないの。だから早く来たっていうのに……もういるし」
「待ち合わせ場所にどっちが先に着くかなんて些細な問題じゃね?」
「だったらなんであなたも早く来ちゃったのよ!」
「いやあ、ちょっと恥ずかしいんだけどさ……」
直哉は頬をかきつつ、素直に打ち明ける。
「朝から白金さんと会えると思ったら目が冴えて。ついつい早起きしちゃったんだよ」
「……私に会えるから?」
「そうそう。遠足前の子供みたいだろ?」
「ふ、ふーん、そう。たしかにお子様ね。ふーーーん」
小雪はつんと澄ました顔でうなずいてみせる。
ただし口元はニヤついていて、そわそわしているのが丸わかりだ。
わりともう、読み取る必要がないくらいにはいろんなものがダダ漏れである。
(うーん。それを指摘すると絶対怒るよな。ここは黙ってよ)
直哉もそろそろ学習したので、余計なことは言わずにいた。
昨日もいろいろと分かりやすかったが、今日はもっと分かりやすい。喫茶店から出たあとのことを直哉はぼんやりと思い起こす。
あのときはちょうど、外に出ると日が沈みかけていた。茜色に染まる空のもと、街並みは買い物帰りの主婦や学生たちでにぎわいをみせる。
そんな景色の中に小雪が「それじゃまたね」と消えかけたので、直哉は慌ててそれを呼び止めた。
『ちょっと待って。そういや白金さん、家はどの辺?』
『四ツ森の方だけど……それがなにか?』
『あー、俺とは逆方向か。いや、遅くなったし送っていこうかと』
『けっこうよ。ただの同級生にそこまでしてもらう義理はないわ』
『いやでも、そろそろ暗くなるしさ。好きな子の心配をするのは男として当然じゃないか?』
『しゅ、き…………!?』
小雪の顔が音を立てて真っ赤に染まる。
しかしそのまま何度も深呼吸してみせてから、ふんぞりかえってみせるのだ。
『ふ、ふん。そんな浮ついたことが言えるのは今日までよ。見てなさい……明日から私の逆襲が始まるの。グイグイとアタックして、私なしでは生きていけないくらいに骨抜きにしてやるんだから!』
『いやでも、もう十分好きなんだけど? これ以上骨抜きにされたら俺、クラゲになるしかないんだけど』
『そういうのじゃなくて、私に逆らえないようにしたいの!』
小雪はぷりぷりと湯気を立てて怒る始末。
言ってることは暴君めいているが、いっぱいいっぱいな様子もあって一切怖くはなかった。
そんな彼女を直哉は冷静に分析する。
(うーん……なるほど。プライドと好意、あとちょっと好奇心ってところか)
直哉のことは好きだが、素直に言うのはプライドが許せない。おまけに先ほどから直哉のペースにハマっていて完全に面白くない。
だから何とか彼より優位に立つため、『籠絡』という手を選んだのだろう。
直哉を骨抜きにすれば、多少は自尊心が満たされる。こんなふうに直哉からグイグイ来られて戸惑うこともなくなる。
……おおよそ、そんな腹づもりだろう。
とはいえそれは直哉にとっては好都合。好きな子がグイグイとアタックしてくれるのだ。完全にご褒美である。
それがどうも小雪にはわからないらしい。自分の目的優先で、手段が完全に破綻している。
あまりにも子供じみているというか、ポンコツすぎるというか……。
『白金さんはかわいいなあ』
『……なんかそのニュアンス、心底腹立つんだけど?』
しみじみとこぼした直哉のことを、小雪はにらむ。野生の勘でイラっとしたらしい。