スキル継承者
「ふふ、でも気持ちは分かるわ。私も作者さんだって知ったときはビックリしちゃったし」
クッキーを食べながら、小雪は感慨深そうに言う。
それに朔夜がキランと目を輝かせた。
「そういえば、お姉ちゃんは茜屋先生とは何度も会ってるんだよね」
「そうねえ。直哉くんと一緒によくお邪魔させてもらってるわ」
「じゃあ率直に聞かせて。先生のこと、どう思う?」
「へ? どうって……うーん」
小雪は軽く悩んでから、さっぱりと笑って言う。
「やっぱりいい人よね」
「ふうん、そう」
それに朔夜は小さくうなずいた。
表情は一切変わらないし、はたから聞いているとかなり気のない相槌だ。
しかし直哉はそこからキラキラした喜びを見いだした。かなりテンションが上がっていると見える。
桐彦もそれに気付いたのか『ちょっと待って株を上げないで!?』と言いたそうな顔をする。
そんなことには一切気付かないまま、小雪はつらつらと語った。
「いつ来ても笑顔で出迎えてくれるし、話もニコニコして聞いてくれるし。それに私と直哉くんが遊園地デートできたのも、桐彦さんがチケットを譲ってくれたからなの!」
「なるほど、つまりお姉ちゃんたちの恋のキューピッドなのね」
「そういうこと。いい人でしょ? でも今は彼女募集中なんですって。モテそうなのに意外よねえ」
「へえ、そうなんだ」
朔夜はうんうんうなずいて、桐彦に向き直る。
「つまり私にもワンチャンあるってことね。これはますます攻勢を仕掛けるべきかも」
「いったい何のワンチャンかしらねえ……」
桐彦はやっぱりさっと目を逸らし、直哉を見やる。
その目はもろに助けを求めるもので……やはり長い付き合いなので、見捨てるわけにはいかなかった。
「え、っと……そうだ、小雪!」
「へっ」
そこで直哉は小雪の肩をつかむ。
きょとんと目を丸くする彼女に、そのままぼそぼそと告げた。
「そ、その……彼氏の前で、他の男を褒めるなんてよくないぞ。さすがの俺もちょっと嫉妬するっていうか……」
「へっ……!」
すると小雪の顔が音を立てて真っ赤に染まった。
それでも強がってか、咳払いをしてからつーんと澄ました顔をしてみせる。
「そ、それなら仕方ないわね。仮にも……か、彼氏ですものね。配慮してあげようじゃないの」
「うん。分かってもらえたならよかったよ」
直哉はそんな彼女に笑いかける。
桐彦への助け船という意味ももちろんあったが、嫉妬したのも本当のことだった。
なにしろ付き合いたてなので、そうしたことには敏感である。
(いつもの朔夜ちゃんなら、これで有耶無耶にできるはずだけど……)
姉と義兄とのイチャイチャを余すことなく堪能するのが彼女のライフワークだ。
いつもならこんなあからさまな萌えシーンをねじ込めば、無表情でカメラを出して激写しまくるはず。そう思って、朔夜のことをちらりと窺うも――。
「なるほど。そういうことなら分かった」
朔夜はカメラを取り出すことも、萌えを噛みしめることはない。
何かを納得したようにこくりとうなずく。
「お義兄様の前で言うのがダメなら、家で聞かせて。お姉ちゃんから見た先生のいいとこ、もっと教えてちょうだい」
「ええっ!? で、でも、直哉くんがダメって言うし……」
小雪は眉をへにゃっと下げて、直哉のことをチラチラ見ながら逡巡する。
しかし朔夜は諦めない。姉にぐいぐい迫って、桐彦の話をせがんだ。
(やっぱダメかー……)
けっして、姉カップルへの興味が薄れたわけではない。
単に優先順位の問題だった。今の朔夜の中では、桐彦が一番大事な事項なのだ。
つまり、どう足掻いたところで話を変えることは不可能である。
直哉は完全にお手上げの気分だったのだが、桐彦は違った。
取り繕うような笑顔を浮かべて姉妹の話に割り込んでいく。
「あたしの話なんて聞いたって面白くもなんともないわよ。それより朔夜ちゃんのことを聞かせてちょうだいな。あたしの本を読んでくれているのよね? 他にも好きなものとかある?」
「先生」
「うっ、ぐうっ……!」
朔夜に真顔で即答されて、桐彦は心臓のあたりを押さえてうめく。
見るもわかりやすい墓穴を掘った。
その隣で、小雪は「ほんとに先生の作品が好きなのねえ」なんてほのぼのと笑っていた。
(もうここまで来たら、永遠に気付かなさそうだな……)
朔夜が無事に桐彦をゲットして、交際宣言された折にようやく知りそうだ。
おもわず小雪のことを生暖かい目で見てしまう。
そんな中、朔夜はぽんっと手を打った。
「なるほど。先生はお義兄様と結託しているのね」
「へ?」
「わざと話をそらそうとしている。目的は私に諦めさせること。違う?」
「おお……察しがいいなあ」
「あなたの読心スキル、義理の妹にしっかり継承されてんじゃないのよ……!」
「何を諦めるの?」
桐彦は直哉をキッとにらみつけてくる。
一方小雪は話がよく分からないのか、きょとーんと首をかしげながらクッキーをもさもさとかじった。
様々な思惑が渦巻く中、朔夜は直哉に向き直ってじっとこちらを見据えてくる。
「お義兄様、親戚でもある先生の味方をしたくなるのはわかる。でも……」
そうしてごそごそと取り出すのは自分のスマホだ。
ぱっと表示された画面には、銀髪の小さな女の子が川辺で遊ぶ写真が映し出されていて――。
「私の味方をしてくれたら、私秘蔵のお姉ちゃん写真コレクションを見せてあげる。幼少のみぎりの、可愛いお姉ちゃんの写真がたくさんあるよ」
「桐彦さん! うちの義妹をよろしくお願いします!」
「あっさり寝返った!?」
直哉は迷うことなく正座して、桐彦に深々と頭を下げた。
「あなた身内を売るわけ!? せめてもうちょっと悩みなさいよ!」
「いやあ……小さい頃の彼女の写真とかいう、激レアアイテムと天秤に掛けたら……ねえ?」
「くそっ、付き合いたてのバカップルを舐めてたわ……!」
ぎりっと歯噛みする桐彦だった。
続きはまた来週木曜あたりに更新します。
当分は週一更新、発売が近くなってきたら一ヶ月ほど毎日更新します。たぶん。






