お茶会攻防戦
最後の方に告知があります。
いつもの茜屋古書店の和室にて。
ちゃぶ台の前にちょこんと正座して、朔夜は淡々とことのあらましを説明してみせた。
「そういうわけで……この前、助けてもらったの」
「へえ、そうだったんだ。すっごい偶然ねえ」
その隣で、小雪はニコニコと相槌を打つ。
妹が元気になったので、すっかり安心したらしい。
朔夜はちゃぶ台を挟んだ向こう側へ、ぺこりと頭を下げてみせた。表情はいつも通りにクールなものだが、目はどこか鈍い光を宿している。
「あのときのお兄さんが、まさか作家の茜屋先生だったなんて……本当にびっくりです。先日はどうもありがとうございました」
「えっ……あ、うん。いいのよ、別に」
それに、桐彦はややこわばった顔で応えてみせた。
社交的な彼にしては少々珍しい反応である。そのまま桐彦は頬に手を当てて苦笑する。
「それより、好きな作家がこんなのでごめんなさいねえ。あたしいわゆるオネエってやつなの。幻滅したでしょ」
「いえ、全然気にしません。そういう個性も素敵だと思います」
「あ、あら、そう……」
真顔で言う朔夜の勢いに呑まれ、桐彦は完全にたじたじになってしまう。
直哉はそれに気付いていたが、その場でツッコミを入れるような愚を犯すことはなかった。
ちゃぶ台の上にお客様用のティーカップとお菓子を並べて、にこやかに笑う。
「恩人に会えてよかったなあ、朔夜ちゃん。はい、これが今日のおやつな」
「ありがとう、お義兄様」
「クッキーかあ……」
大皿に山盛りになったクッキーを見て、小雪はへにゃりと眉を下げてみせた。
いつもなら目を輝かして喜ぶところだが、こちらも珍しい反応だ。だから直哉は補足しておく。
「ああ、大丈夫。おからで作ったカロリー控えめのクッキーだからさ。こないだのデートでテンション上がって暴飲暴食した結果、ちょっと反省してる小雪でも安心して食べられるぞ。でも三百グラム増えたくらいなら誤差だと思うけどなあ、俺は」
「余計すぎる気の回し方やめてくれない!? 増えた分も正確に当ててくるな!」
ふんっとそっぽを向きつつも、小雪はおからのクッキーを次々と口へ放り込んでいく。
どうやら素朴な味がお気に召したらしい。
ローカロリーも積もり積もれば脂肪になるというのに、そのあたりの計算がどんぶり勘定なところもまた可愛かった。
そんなふうにして小雪が食べるところを、直哉はのほほんと見守っていたのだが――。
「ちょっと、笹原くん。いいかしら」
「はい? なんですかね」
桐彦が『顔を貸せ』というジェスチャーとともに、隣の台所を示してみせた。
姉妹を残して男二人で台所に向かう。
ぴしゃっとふすまを閉めてから……桐彦は額を抑えて小声でうめいた。
「これは……まずいわよね」
「何がです?」
「何って、あなたなら見ただけで分かるはずでしょうが……」
心底癪だとばかりに直哉を睨めつける桐彦だ。
しかしすぐに気を取り直すようにため息をこぼし、直哉の肩をぽんっと叩く。
「でも一応聞かせてちょうだい。あの子……朔夜ちゃん、あたしのことどう思ってる?」
「そりゃもうばっちりとガチ惚れです」
「やっぱりかー!」
桐彦はこの世の終わりとばかりに頭を抱えるのだった。
それに直哉は小首をかしげるしかない。
「何か問題でも? 桐彦さん、今現在彼女なんかいないでしょ」
「恋人の有無に関わらず問題大ありなのよ!」
桐彦はわなわなと肩を震わせて熱く語る。
「二十三の野郎が十六……いや、十五かしら。ともかくそんなJKとフラグが立っちゃマズいでしょうが! 倫理的にも、条例的にも!」
「えー……別に七つくらい普通じゃないですか。年の差婚とか芸能人だとよくあるでしょ」
「じゃあ聞かせてもらうけど、同級生が小学五年生のロリと付き合ってたらどう思う?」
「…………引きますかね」
「そうそれ! それに近いものがあるのよ! まともな大人は子供の好意を受け取っちゃいけないの!」
「大人はいろいろ大変だなあ……」
こう見えてけっこう真面目なところもあるので、余計に思い悩むのだろう。
(俺としてはどこかの馬の骨とくっつかれるより、よっぽど安心なんだけどなあ)
完全に義兄目線で、直哉としては応援したい気持ちもある。
しかし桐彦の主張も一理あると思えたし……年齢が違うだけで、恋愛とはこんなにややこしくなるものかとしみじみ思う。
「俺は小雪が同い年でよかったなあ……何の気兼ねもなくイチャイチャできるって素晴らしいや……」
「やかましい! ここぞとばかりに惚気るな! バイト代減らすわよ!」
「理不尽すぎるでしょうよ」
とはいえ給料を盾に取られては仕方ない。
直哉はため息をこぼし、頭をかく。
「それで? 俺を呼び出したってことは何かさせたいんですよね」
「もちろんよ。今日の笹原くんのバイト内容は決まったわ」
桐彦は大きくうなずいて、直哉の肩をがしっと掴んだ。
「あたしを上手くサポートして、朔夜ちゃんの好感度をいい具合に下げてちょうだい。知り合いとしては尊敬できるけど、恋愛対象としてはNG……そんなラインになるように!」
「注文がざっくりしてる上に難易度がバカ高い……」
「好感度が読めるあなたなら平気でしょ。よろしく頼んだわよ!」
「はあ……」
そんな雑な作戦会議を経て、直哉と桐彦は和室に戻ることになった。
姉妹は仲良くクッキーと紅茶を楽しんでいて、戻ってきたふたりに目を向ける。
「お帰りなさい。何かあったの?」
「いや、ちょっとバイトの話をな」
「ああ、いつものやつね」
「いつもの?」
うなずく姉に、朔夜は小首をかしげてみせた。
そこにちょっとした好機を見出して、直哉は桐彦のことを指し示す。
「そうそう。この人、家事がからっきしなズボラ人間でさ。俺は家政夫として雇われてるんだよ」
「そ、そうなのよ。ひとりだとこの狭い家をゴミ屋敷にしちゃう自信があるわ!」
「へえ」
情けない一面を見せて、愛想を尽かしてもらう作戦である。
それに朔夜はこっくりとうなずいた。
そのまま表情を変えることなく、まっすぐ桐彦を見て言うことには――。
「私、お料理は苦手だけど他の家事全般は得意です」
「……はい?」
桐彦の笑顔がぴしりと固まった。
そんなことにはおかまいなしで、朔夜は続ける。
「掃除と洗濯、あと物の管理とか……そういうのはとっても得意。お姉ちゃんがちょっと抜けてる分、妹の私はしっかりした子になりました」
「ぬ、抜けてなんかいないし! まあでも、たしかに朔夜は気が利くのよね……気付いたらお部屋とか掃除してくれてたりするし」
「でしょ? そういうわけで、よろしくお願いします。先生」
「あはは……どういう『よろしく』なのかしらねえ……」
完全に獲物を見る目で見つめられ、桐彦はたじたじになるばかりだった。
姉とは対照的に、朔夜は真正面からグイグイ行っちゃうタイプらしい。
(あ、ひょっとして俺のせいか?)
身近な恋愛サンプルがこんなのでは、真似してしまうのも仕方のない話かもしれない。
そんな戦場を見て、小雪は微笑ましそうに笑う。
「ふふ、朔夜ったら好きな作家さんに会えてはしゃいじゃって。ところで直哉くん、このクッキーおいしいわね。また作ってくれたら、食べてあげなくもないんだからね」
「うん、小雪はかわいいなあ……」
「はあ? 今そんな話してないでしょ」
怪訝な顔をする小雪の頭を、直哉はよしよしと撫でた。
この場で状況が分かっていないのは、どうやら彼女だけらしい。知ってた。
続きは三日後とか四日後に。本章はそんなに長くならない予定です。
そして本作、書籍化決定です!!
これも応援くださった皆様のおかげです。
イラストはふーみ先生。GA文庫様より6月刊行予定です。どうぞよろしくお願いいたします。






