思わぬエンカウント
その日の放課後。
直哉は小雪とともに商店街を歩いていた。
「そ、それでね、桐彦さんの本、ようやく最新刊まで読めたの。もうほんっとにワクワクドキドキしたし……特に最新刊に出てきた新ヒロインのアリスちゃんがかわいくて――」
小雪はつらつらと本について語る。
その声はすこしばかり小さめで、いつもより落ち着かない様子だった。
ひとしきり語ってから、小雪は背後をゆっくりと振り返る。
「朔夜は……どう思う?」
「……へ」
直哉と小雪のすぐ後ろ。
そこには朔夜がついてきていたが、ずっと無言のままだった。ぼんやり地面を見つめたまま歩いていて、声をかけられてもすぐには反応しなかった。
朔夜はきょとんと首をかしげてみせる。
「ごめん。聞いていなかった。なに?」
「なにって、『異世界の果てへ』の話だけど……朔夜好きでしょ」
「うん。好き」
「……新ヒロインのアリスちゃん、可愛かったわよね?」
「うん。かわいいね」
「…………私と直哉くんのこと、どう思う?」
「仲良しでいいと思う」
「…………そう」
小雪は前を向き直り、直哉に耳を寄せて訴えかける。
「ほら、朔夜ったらやっぱり変でしょ! いつもならこういう話を振ったら『もっと近くに寄れ』だの『式はまだか』だの言うくせに! 家でもずっとこんな感じで上の空なんだから……!」
「話には聞いてたけど、ほんとに重症みたいだなあ」
直哉もこっそり後ろを振り返り、朔夜の様子を伺う。
いつも通りの無表情といえばそうなのだが、今日はどこか心ここにあらずといった様子でぼんやりしている。
珍しく朔夜に、直哉も首を捻って小声で尋ねる。
「たしか先週、俺たちがデートした日から変なんだっけ?」
「そうなのよ。朔夜ったら帰ったら様子がおかしくて……絶対『ちゅーしたのかどうか』って聞いてくると思ったのに一切そんなこともないし」
「へー……」
深刻そうな小雪には悪いが、直哉はその単語におもわずそわそわしてしまう。
(ちゅー……いつかしてみたいよな)
前に小雪から頰にしてもらっただけで、唇のキスはまだ未経験だ。
この前のデートも暗くなる前に家まで送り届けて解散して、平和かつ健全に終わりを迎えていた。
煩悩を持て余す直哉だが、小雪の重いため息でハッとする。
「何かあったのかしら……心配だわ」
「だ、大丈夫だって。俺もなんとか力になるからさ」
「直哉くん……うん、ありがとう!」
小雪はぱあっと花が咲いたように笑う。安心してくれてよかったが――。
「でも、なんで俺のバイト先に連れて行きたいんだ? 別にかまわないけどさ」
こうして朔夜を連れて向かっているのは、直哉のバイト先である茜屋古書店だ。朔夜には行き先を教えていないが、ぼんやりしているせいか大人しくついて来てくれている。
「ふふん。だって、朔夜って桐彦さんの本が大好きでしょ?」
小雪は得意げに笑って、ぐっと拳を握ってみせる。
「好きな作家さんに会えば、朔夜もきっと元気になるはずだわ! こっそり会わせて、びっくりさせようって作戦よ!」
「……上手くいくといいな」
直哉はそれに曖昧な苦笑をうかべるだけだった。
落ち込んでいるときなどには、こうしたサプライズは効くことだろう。
だがしかし、朔夜の症状はそういうものとは別物だ。
(だってこれ、たぶん恋煩いってやつだもんな……)
朔夜の様子を見れば、直哉にはすぐにわかる。
ぼんやり物思いに沈んで、たまにため息。ほんのり赤く染まった頰と、どこか遠くを見つめる目。
どれもこれも典型的な症状だ。
(しかしいったいどこの誰だろうなあ。朔夜ちゃんのハートを射止めるなんて)
お相手に興味がわいたが、それを直接聞くのはあまりにもデリカシーがなさすぎる。
(いつか相談してくれたら嬉しいなあ)
なんてことを考えているうちに、バイト先に到着して――ちょうど表口から桐彦が出てくるところだった。
直哉たちの姿を見るやいなや、彼は相好を崩してみせる。
「あら、いらっしゃい。待ってたのよー」
「お邪魔しまーす」
「こ、こんにちは。あの、この間は遊園地のチケットありがとうございました」
「あらあら、いいのよそんなこと。それより、そっちの子が小雪ちゃんの妹、さん……?」
「朔夜?」
桐彦が首をかしげて、小雪も背後を振り返る。
果たしてそこでは朔夜が真っ赤な顔で固まっていた。目をまん丸に見開いて桐彦のことを凝視して――ハッと気付いたようにして勢いよく頭を下げる。
「この前は……ありがとうございました!」
「はい?」
「へ?」
桐彦や小雪がきょとんと目を丸くする中――。
「あ、そういう展開かこれ」
ただひとり直哉だけが、すべてを察してぽんと手を打ったという。
①
まだ書き溜めが満足に溜まっていないので、次はちょっと開きます。なる早でガッツリ溜めて戻って参ります!
②
懲りずに新連載を始めてみました。百合の間に挟まりたくない現代ラブコメです。
ストックが三十本くらいあるのでのんびり投稿していきます。下記リンクよりどうぞ。
ちなみに本作と同じ学校が舞台で、小雪が一組、直哉が三組、二組の生徒らの話になります。小雪たちがゲスト出演することはありませんが「どうかしてんなこの学校」と笑っていただければ幸いです。
③
連載中の別作品『イケナイことを教え込む(略)』のコミカライズ&原作発売日が決定しました。
活動報告に詳細を記載しますので、よろしければお確かめください。