クーデレ美少女にグイグイいく
「ええ……どれだけ物好きなんだよ……こんな変人じゃなくて、白金さんならもっといい男捕まえられるだろ」
「自分を落とそうとしてる女の子に、他の男を勧めるのはマナー違反だと思うわよ」
直哉をじろりとねめつけて、小雪は小さくため息をこぼす。
「それに変人って言ったら私だってそうよ」
「白金さんが? なんで?」
「あなたも知ってるはずでしょ。『猛毒の白雪姫』っていう……私のあだ名」
小雪は自嘲ぎみな笑みを浮かべて、空のコーヒーカップに目を落とす。
「私はこの通りの性格だから。友達もほとんどいないし、近付いてくる人も稀。あなたに負けず劣らずの変人よ」
「うん、噂はかねがね聞いてたけどな」
「そうでしょ」
小雪はふっ、と髪をかきあげてみせる。
「まあ、あまりにも完璧すぎて近寄りがたいっていう理由もあるんでしょうけどね。まったく下等市民に羨望を向けられるのも大変だわ」
「はあ」
七割……いや、九割がた本気のセリフだった。
直哉が適当に聞き流していると、小雪はごほんと咳払いをして、勝ち誇ったような笑みを浮かべてみせる。
「そういうわけよ。私に釣り合うのは、同じくらい変人の男じゃないとダメなの。笹原くんはギリギリお眼鏡に適いそうだから、ためしに遊んであげるってわけ。光栄に思いなさいよね」
そうして目を細め、ぺろりと舌なめずりをする。小さな舌は鮮やかな赤色で、男を食らう毒蜘蛛を思わせた。
「絶対にあなたを落としてみせるわ。それで見込みがないなら、容赦なく捨ててあげる。ふふ……あなたみたいな澄ました男が私の元に跪く様、さぞかし滑稽で無様でしょうねえ」
「落としてみせる……か」
直哉はその言葉を噛みしめる。しばらく考え込んでから……ポツリと言う。
「いやでも……それは無駄かもしれないぞ」
「はあ? やってみなきゃわからないでしょ。なんと言われようと私は――」
「だって、もう既にちょっと好きになってるからな」
「へっ……?」
「違うな。だいぶ好きかも」
「は……いいいい!?」
小雪が裏返った声で叫ぶ。そろそろ周囲の客たちも彼女の反応に慣れたのか、ちらっと視線を投げるだけである。むしろどこかそっと動向を見守っているような気配すら、店内に満ちていた。
そんなことにはこれっぽっちも気付くことなく、小雪はぷるぷる震えながら人差し指を突き付ける。
「きゅ、急に何を言い出すのよ! ほかの男に行けとか言ったくせに……つまらない冗談はやめなさいよね!」
「いや、悪いけど本気なんだよな」
直哉は肩をすくめるだけだ。
そうして淡々と己の心情を打ち明ける。一切の嘘偽りなく、純粋に思ったままを、ありのままに。
「自分のために頑張ろうとしてくれる女の子がいるんだぞ。しかもとびきり可愛いし、一緒にいて楽しいし」
「かっ、かわ……!?」
「おまけにこんな俺を、変人だと認めた上で好きでいてくれる。それで好意を抱かない方がおかしくないか?」
「う、あう、ぐ、う……!」
酸素の足りない金魚のように、小雪は口をパクパクさせる。まともな言葉はわずかにも飛び出さず、ただ意味をなさない喘ぎ声のようなものだけがこぼれ落ちる。
これまで近付いてきた女の子たちは、みんな本当の直哉を知って離れていった。
それなのに小雪は知った上で、そばにいると宣言したのだ。まるで世界がぐるっと一変したような心地だった。
小雪の周りだけ光が舞って、まわりが何も見えなくなる。これが恋なのだと直哉は生まれて初めて知った。
そうなってくると、やることは一つだけである。
「そういうわけで白金さん。もしもこんな変人でもいいのなら、俺と――」
「ストップ!!」
小雪が片手をかざして直哉の発言を遮った。
彼女は強気の笑みを浮かべて――とはいえ口の端は引きつって、完全な涙目。おまけに声はかなり上ずっていた――淡々と続ける。
「ふっ……笹原くん、知性とデリカシーが著しく足りないあなたに助言してあげるんだけど……物事には順序ってものがあるのよ。私たちはもっとお互いのことをよく知る必要があるわ」
「いやでも、お互い好きならなんにも問題なくないか?」
「私は好きじゃありません! 何度言わせればわかるのよ!」
形のいい眉をキッと釣り上げて、小雪は吠える。
もちろん顔が真っ赤なので一切怖くはなかった。
「ともかく、くだらない冗談には一切耳を貸さないんだから。それ以上言ったら怒るわよ」
「いやだから……ああいや、なるほど」
直哉はぽんっと手を打つ。
「俺がやけにあっさり言うから不安なんだな。自分ばっかり好きみたいでさ」
「ぐっ……ちが……わなくもない、こともない、けどぉっ!」
「よし、それなら話は簡単だ」
直哉は身を乗り出して、テーブル越しに小雪の手を握る。
おかげで小雪は「ぴゃっ」と小さな悲鳴をあげた。みるみるうちに熱くなっていく小さな手を両手で包み込み、直哉はまっすぐ告げる。
「これからよろしく、白金さん。白金さんが俺を好きなのと同じくらい、俺も白金さんのことを好きだって伝えていくから。それから改めて返事を聞かせてほしい」
「だーかーらー…………!」
小雪はぷるぷる震えてから、ありったけの声を上げる。
「私はあなたのことなんて、なんとも思ってないんみゃかりゃ!」
「大事なところで噛む、ちょっと抜けたところもかわいいなあ」
「もうやだこの人ぉ……!」
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