夜空の告白
ふたりが慌てて向かったとき、観覧車は営業終了ギリギリだった。
そわそわ落ち着きのない直哉たちを見てなにを思ったのか、係のお姉さんはわざわざ前のカップルが乗り込んだあと、二つほどゴンドラを空けて案内してくれた。
「それではどうぞごゆっくり〜♪」
軽快なセリフとともにドアが閉ざされ、狭い密室にふたりきり。
往復十五分ほどの空の旅が、ゆっくりと始まった。
「わあ……きれい」
「そ、そうだな」
しばしふたりの間に会話はなく、三分ほど経ってゴンドラが高く登り始めたころに、ようやくぽつぽつとした会話が始まった。
小雪の言う通り、観覧車からの眺めは絶景だった。
足元の遊園地だけでなく、ずっと遠くの方にまで光が広がっている。地上の喧騒もここまでは届かず、まるで凪いだ海に漂う小舟のようだ。
ゴンドラに備え付けられた照明はごくごく弱いもので、ほとんど暗闇に等しい。
おかげで外の光が際立った。空に浮かぶ月がゆっくりと近づいてくる。
静かでゆるやかな時間。
だがしかし、直哉の心臓は今にも口から飛び出しそうだった。
小雪が正面ではなく、真隣に座っていたからだ。
手を繋いだままなのだから当然といえば当然なのだが、距離が近くてドキドキするし、手の汗もひどい。夜景を楽しむ余裕などほとんどなかった。
(いや、無理だろこれは……心の準備ができてないって……)
ここからパレードのあった正面ゲートまでは、徒歩で十分くらいの距離だ。そして、パレードが終わってから閉園までの時間は三十分。往復の時間と、乗っている時間を合わせると超過してしまう。
だから直哉はこの観覧車を諦めた。
小雪が迷子になって、この近くに偶然いたおかげで乗り込めたのだ。
ゆえに、この展開はさすがの直哉も予想できなかった。
もちろん何の準備もできていない。気の利いたセリフなどひとつたりとも浮かばずに、そわそわと居住まいを正すだけだ。
隣の小雪からも痛いほどの緊張が伝わる。
しかし、小雪は勇気を振り絞るようにして、震えた声をつむぎ出した。
「あ、あのね、私ね……」
「うん?」
「今日の最後にね……パレードを見るか、観覧車に乗るか、ぎりぎりまで迷ってたの」
小雪は膝に目線を落としながら、ぽつぽつと言う。
隣に座っているおかげで、泣きはらした目尻も、赤くなった鼻先も、震えた唇も、彼女のすべてがよく見える。外から差し込む人工の光に照らされて、いつも以上にきれいだった。
「でも観覧車だったら、ふたりっきりじゃない……? 心臓、もたないかもしれないな、って思って……」
「なるほどなあ……俺はそこまで考えなかったや」
「……ひょっとして、直哉くんが最後に行きたかったのって、観覧車?」
「そうそう。俺たち似たもの同士だな」
「……うん」
直哉がおどけて言うと、小雪はかすかに微笑んでみせた。
そのまままたしばらく沈黙が続いて――小雪が、またふたたび口を開く。
「あのね、私、がんばるから……言っても、いい?」
「……どうぞ」
小雪は体を傾けて、直哉のことをまっすぐに見つめる。
繋いだ手から震えが伝わる。直哉は勇気づけるようにして、その手をぎゅっと握った。
ゴンドラはもうすぐ頂上にたどりつく。
そんななか、小雪はかすれた声で告げた。
「私、あなたのことが好き」
「うん」
「はじめて会ったときから、ずっと好きだった。いっしょにいると安心するし、もっとずっと、いっしょにいたい。だから……」
小雪の目尻から、涙がひとしずくこぼれ落ちた。
顔をくしゃりとゆがめて、精いっぱいの力をこめて絞り出す。
「こんな、めんどくさい私でよかったら……彼女にして、くれますか?」
「小雪……」
それはストレートな愛の告白だった。
シチュエーションと合わせて破壊力抜群となったその言葉を、直哉はしっかりと噛み締める。
そうして――にっこりと笑った。
「それじゃ、次は俺の番だな」
「……へ?」
小雪が目を丸くする。
そんなことにはおかまいなしで、彼女の手を両手で包み込み、直哉は真っ向から攻める。攻守交代だ。
「好きだ、小雪!」
「ふぇっ!?」
小雪の顔が真っ赤に染まってぴしりと凍りつく。
そこに直哉は畳みかけた。
「素直になれなくて意地を張っちゃうところも、子供っぽいところも、面倒臭いところも、全部全部好きだ。最初は勢いで告白しちゃったけど、あのときよりもっと好きになった」
「ちょっ、ちょ……ま……!」
「だから、改めて頼む」
直哉は大きく息を吸い込んで、決定的な言葉を叫ぶ。
「付き合ってほしい! 俺の彼女になってくれ!」
「ちょっと待ってほしいんですけど!?」
それ以上の声量で小雪が悲鳴を上げた。
涙目の赤面で、まなじりをキッとつり上げて吠える。
「私が告白したんだけど!? なにをなかったように告白し直しててくれるわけ!? なんなの!?」
「いや、なかったことになんてしてないって。別に両方が告白しちゃダメなんて決まりはないだろ?」
「ぐっ……それは、そう、だけどぉ……!」
「で、俺の返事はもちろんイエスだ。小雪は?」
「うっ、うぐ……う」
小雪は口の端を震わせながら、視線をあちこちにさまよわせる。
いつの間にか、ふたりの乗ったゴンドラは頂上に着いていた。この上もない絶景が眼下に広がる。しかし直哉も小雪も、外の景色などわずかにも見ていなかった。
やがて小雪はうつむき加減で、ぽつりと言う。
「よろしく、お願いします……」
「うん。こちらこそよろしく」
「む、ムカつくぅ……!」
めでたくカップルとなったのに、ぷるぷる震える小雪だった。
上目遣いのまま、恨みがましい目を直哉に向けてくる。
「今日は私がびしっと決めるはずだったのに……直哉くんも告白するとか聞いてないし……なんなのよ、もう」
「え、嫌だった?」
「そんなわけないでしょ! わかりきったこと聞くんじゃないわよ!」
ますます目をつり上げて、惚気を叫ぶ小雪だった。
そのまま不貞腐れたように、ぷいっとそっぽを向いてみせる。
「ふんだ。直哉くんが余裕そうなのがムカつくだけよ。私ばっかりドキドキさせられてるみたいじゃない」
「そうかなあ。これでも心臓バクバクなんだぞ」
「むう……嘘くさいわね。どうにかして目にもの見せてやりたいわ」
「彼氏になんて言い草だよ」
小雪はジト目だが、直哉に余裕がないのは本当のことだった。
心臓はうるさく鳴り響くし、手汗はさらにひどくなっていた。だがしかし、同時に落ちついてもいた。
(これで恋人かあ……なんか、うん。すごいな……)
ただ思いを伝え合って、恋人になっただけ。
それ以外に変わったところは何もない。そうだというのに、あたたかなものが胸いっぱいに広がっていく。
その幸せを噛みしめるのに忙しくて――小雪が獲物を見つけた虎のように、きらりと目を光らせたのに気付かなかった。
「まあ、これからよろし――」
ちゅっ。
さらさらの髪と、なにか柔らかなものが直哉の頰に触れた。
おかげで直哉はその場でぴしりと固まってしまう。しばらくしてから錆び付いた機械のように、ギギギっ……と首を回す。
小雪は顔を真っ赤にして、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。その唇はつやつやしていて、夜景の光によって妙に際立って見える。
「ふ、ふん。どうかしら、これならドキドキしたでしょ!?」
「……めちゃくちゃドキドキしました」
そうとだけ言って、直哉は頰をさするしかない。
たしかにドキドキした。こんな不意打ちは卑怯である。
しかし小さな子供みたいなかわいいイタズラが成功して、ドヤ顔をする小雪を見ていると……ドキドキとはまた違った感情が溢れ出した。
直哉はわざとらしく小首をかしげて、にっこりとたずねる。
「だったら俺もやり返していい?」
「……は、い?」
今度はまた小雪が凍りつく番だった。
直哉がぐいっと顔を近づけると、ひっと短い悲鳴をあげて身をのけぞらせる。
「ちょっ、ま、まって! そういうのよくないと思う! ほんとに! ダメだってまってってば!」
「なにを言ってるんだよ、せっかく恋人になったんだぞ。せっかくなんだしイチャイチャしようぜー」
「いやーーー! むーーーーりーーーーー!」
夜空に高々と、小雪の悲鳴が響き渡る。
かくして直哉の仕返しが成功したかどうかは、ふたりと、夜空に浮かぶ月だけが知るところとなった。






